駆け込み乗車、お断り
余裕を持って家を出ればよいのだと、頭で解っていても、実際に行動するのは難しい。
あえてドタバタと、頑張って走っているのだと駅員に伝わるように、荒い呼吸で駅舎へと駆け込む。通勤用の半年定期券は直ぐに取り出せるよう、スマホケースに入れている。電車はまだホームに。ほっとしながら改札を通り抜け、小走りで一番手前の車両に乗り込んだ。と思ったら、落ちた。いや、完全には落ちていない。片足だけ、すぽっと太ももまで、ホームと車両の間に落ちた状態。先程の改札から、駅員が慌てた様子で駆け付ける。引っ張り上げてくれるのだろうとほっとする。駅員は自分のそばに屈み込む。何やら手に切符らしきものを握らされた。「?」と駅員の顔を見上げる。
「おめでとうございます。当電鉄初めての、駆け込み乗車による落下のお客様です。よって、特別列車、発車致します」
駅員は無表情に祝辞を述べて、すくっと立ち上がると、背筋を伸ばして、ピーッピッと笛を吹いた。まるでスローモーションのように、車両の扉がゆっくりと、しかし確実に、ピシャッと音を立てて閉まるのが見えた。視線を手の平に移す。子供のイタズラの方がまだマシではなかろうか。切符に書かれた赤い文字「地獄行」が目に焼き付いた。