⑦ 青い城にご招待 ~もも叶の語り~
もも叶とカレの再会です。
星降る書店にて、あたしは絶賛ひま中だった。
漫画コーナーを漁りながら、頭に浮かぶのは親友の恋問題。
夢、今頃星崎さんと楽しんでるかな。
時計を見たら、午後三時。もう映画は終わってるよね。
ちらと肩からさげてるポシェットを見る。
そこには昨日モンゴメリさんからもらった香水が入ってる。
すてきな出会い、かぁ。
そうだ。
ちょっと大人の文庫本コーナーにも行ってみようかな?
かっこいい人と出会えるかも、なーんて。
外国文学のコーナー。
『青い城』が目に止まる。
背表紙のタイトルのすぐ下にL・M・モンゴメリってある。
夢と星崎さんが今日見た映画の原作だ。
昨日モンゴメリさんからあらすじ聞いたけど、おもしろそうだったな。
ロマンチックな物語って感じ。
手に取ってぱらぱらめくる。
ちょっと難しいところもあるけど、なんとかいけるかな?
考えていると。
「意外だな。そんなのも読むんだ」
どきっと胸が動いた。
振り返らなくてもわかった。
あの子だ。
怒鳴ってるおじさんから助けてくれた男の子。
気にしないふりをしてたけど、やっぱりずっとどっかで引っかかってた。
ウソみたい。
また会えた……!
あたしは平静を装って返事をする。
「あたしだって、ロマンスくらい読むよっ。この本なんて、主人公の女の人が、心の中に夢の青い城を持ってるってとこがすごいすてきだなって思ったんだ」
って、モンゴメリさんの受け売りだけどっ。
すると男の子は、すんなり頷いた。
「ヴァランシーは尊敬できる大人だ。メルヒェンガルテンの最北に所有している青い城でときどきパーティーを開いては僕らを招いてくれる」
ヴァランシーって確か、『青い城』の主人公の女の人の名前だったような。
パーティーに招いてくれるって、まるで知り合いみたいな言い方。
って、今この子、メルヒェンガルテンって言った?
「メルヒェンガルテンに、行ったことあるの?」
「うん。家の庭みたいなもんだよ」
この子って……??
「ねぇ、名前何て言うの?」
「マーティン」
さらりと言ってから、その子ははっとしてように口を押える。
けどもう遅い。あたしは大興奮だ。
「『飛ぶ教室』のマーティンと一緒だね!」
「あ、いや、その」
男の子は気まずそうに目を泳がせてる。照れなくてもいいのに!
「ええっと……親が、ケストナーのファンで、それで」
「うっそー、同じ同じ! あたしも!」
なんだか嬉しくなる。
「あたしの名前、もも叶って言うんだけどね、ミヒャエル・エンデっていう人の『モモ』っていう本を親が好きで、そこからきてるんだ」
「いい名前だね。君に合ってる」
やだ。照れちゃうよ。
モモは時間泥棒からみんなの大切な時間を取り戻してくれる、すてきな女の子なんだ。
「時間に追われていないところが、ぴったりだ」
……あの、それってどういう意味?
確かについさっきまで超暇してましたけど。
「よかったら、案内しようか」
茶色の目がほほ笑んでこっちを見てくる。
「青い城に」
ほんと!?
「あたし、ヴァランシーさんに会いたい」
「よし」
マーティンは、あたしの手をさっと握った。
どきっ。
やだ。また心臓が変になる。
「行くよ。もも叶」
彼が、『青い城』の本に向かって駆けだす。
手を引かれるままに、あたしの足もひとりでに動いて――。
気が付いたときには、あたしはものすごい豪華な広間にいた。
真正面には壁一面に大きなステンドグラスがあって、バルコニーに立つ女の人と、そこへ登って行く男の人が描かれてる。
高い天井からは明るいシャンデリアがいくつも下がっていて、周りには色んな色のドレスの女の人やタキシードの男の人が踊ってる。
これぞまさに夢の舞踏会。
見惚れていると、正面から青いドレスの女の人が歩いて来た。黒い髪を後ろで一つにまとめて、サイドに残した髪をふわっとカールさせてる。
「来てたのね、マーティン」
マーティンはひざを折ってお辞儀する。
「突然すみません、ヴァランシー」
この人が、ヴァランシーさんかぁ。
「いいのよ。ここはいつでもどなたでも大歓迎」
ちら、とヴァランシーさんがあたしの方を見たので、あたしもあわててお辞儀っ。
「特に、あなたにかわいらしい恋人ができた時には真っ先にお招きしなければと思っていたけれど、その日がこんなに早く来るとはね」
ひっ!
下げた頭から火が出そうになる。
頭を上げてマーティンを見ると、あれ。
マーティンもちょっと顔赤い?
「か、彼女に、パーティーを、見せてあげても、いいですか」
ちょっとちょっと、恋人っていうの、否定しないの?
ここはあたしが誤解を解かなくちゃ!
あれ。
なんで。
声が出ない。
ひょっとしてあたし、ちょっと嬉しいの……?
首を傾げていると、ヴァランシーさんの後ろから肩を叩いて、男の人が姿を現した。
灰色の髪とすみれ色の目がいたずらっぽく笑ってる。
「賑ってるね。城の管理人さん。いつでも君の管理は完璧だ」
誰? このイケメン。
マーティンが耳打ちしてくれる。
「彼はバーニイ。ヴァランシーの旦那さんだよ」
へぇ~。
「バーニイ。来ていたの?
このお城が気に入ってくれたのなら、あなたも管理をしてみる? 会場をお花で飾ったりこうしてお客様をお招きしたり、結構楽しいわよ」
バーニイさんはおもしろそうにわたしとマーティンを見た。
「なるほどね。初々しい恋の誕生の場面を拝めるとは、いかにも君好みの仕事だ」
だから違うってば。もう。
でも、やっぱり、嫌じゃなかったり。
「ぜひやってみたいね。
僕にこの城を一任してもらえるのなら、やりたいことがあるんだ」
「なにかしら。楽しいことならば大歓迎よ」
「さぁ、君のそういうご期待には添えるかな」
そこでバーニイさんは後ろからヴァランシーさんを優しく抱きしめて、耳元で囁いたの……!
「城を閉鎖する。
すべての扉に鍵をかけて君を閉じ込める」
「まぁひどい。それではせっかくのお城が台無しだわ」
そういいつつヴァランシーさん、伏せた目がうっとりしてる。
「僕の青い月明かりさん。この心に厳重に鍵をかけてくれた君に、それくらいの返礼をしてもかまわないと思うけど」
ヴァランシーさんはバーニイさんの頬にちゅって唇を寄せた!
きゃーっ。
「マーティン、今の見た?」
小学生には、刺激強すぎです。
マーティンも眩暈がするみたく、額を押さえてる。
「大人だ……」
「男の人は、女の子に対してあれくらいは言えるようにならなきゃだめだからね。今から勉強しときなよ」
あたしは人差し指を振りながら言った。その指が、マーティンの手で押し返される。
「無茶だよ。あんなこと言えるもんか。第一、書き取りや算数じゃあるまいし、勉強ってどうやって」
あーぁ、だめだね。
これは一から教えないと。
きらんとあたしのいたづら心に火がついた。
「じゃ、手始めに、あたしを捕まえて閉じ込めてみるってどう」
マーティンはちょっぴり怒ったように言った。
「もも叶、からかってるのか。いくら元気で強くても君は女の子だ。捕まえられないはず、ないだろ」
ふっふーん。
それはどうかね。
「じゃ試してみる? いち、にっ、さん、ハイスタート!」
手を叩くと、あたしは走り出した。
「あっ。もも叶! ずるいぞ。待てっ」
あたし達は、カラフルなドレスやタキシードの合間を縫ってかけっこした。
絶対、捕まらないもんね~。
あたし達はお城を出て、走り続けた。
青く氷のようなお城が建っているそこは崖のようになっていて、すぐ下に夕焼け空とピンク色に染まる海が見える。
「情けないなぁ。まだ追いつけないの~?」
「女の子なのに、足が速いんだな……っ」
すっごく楽しい。
「でも、逃げ切るためには、周りをよく見る事も必要だ」
え?
あたしは立ち止まった。
崖はそこで行き止まり。
その下は深い海だ。
ぱっと後ろから抱きすくめられる。
「つかまえたっ!」
どきっ。
あたしはそのままぴたっと静止。
動けない。
心臓だけがばくばくいって、なんにも言葉が出てこない……!
マーティンがあわてたように手を放す。
「ごめん……。その、今のは、つい」
落ち込んでるマーティン。
なにか言わなきゃ!
あたしはにっこり笑った。
「ううん。いいの! びっくりしたけど、嬉しかったから」
マーティンが驚いたようにばっと顔をこっちに向ける。
そのほっぺたが真っ赤で……。
あ。
ようやく、我に返った。
なに言ってんだあたしーっ!
抱きしめられて嬉しいなんて。
気まずい。
気まずさ百パーセント!
心の中で右に移動し左に移動しもだえてると、
「帰ろうか」
マーティンが手を差し出していた。
「送るよ」
あたしは何も言えずに、その手を握った。
それしかできなかったんだ。