㉕ ジョニーと非売品の指輪 ~ケストナーおじさんの語り~
「ある女の子をどうしても振り向かせなければならない」と相談に来たジョニーにモンゴメリさんは、
『美女と野獣の指輪』を渡します。
諸君、また会ったね。ケストナーおじさんこと、エーリッヒ・ケストナーだ。
僕は今、淡い桜色の扉の前にいる。
白い桜の花で飾られた看板には、『The Secret Garden』と書かれている。『秘密の花園』という意味だ。
ここを訪れるのも随分久しぶりな気がするな。
ノックする前に扉が開いた。
出てきたのは、まとめ髪に縁なし眼鏡をかけ、今日も鮮やかなラベンダー色のドレスが麗しい、モンゴメリ嬢だ。
「よく僕がきたのがわかったね。ひょっとして待っていてくれたのかな」
帽子を上げて挨拶がてら言うと、彼女はにこりともせず、
「風来坊がどこへ行こうがかまわないけれど、そうね、少し気がかりなことがあったものだから」
彼女にしては珍しく歯切れの悪い物言いをした。
中へ通してもらい、温かいコーヒーを頂戴すると、さっそく切り出さずにはいられなかった。
「君の言う気がかりとは、僕の、ルイーゼちゃんのことかな」
ルイーゼちゃんとは誰のことかって?
僕は親しい友人である夢未ちゃんともも叶ちゃんに、とあるおもしろい小説に登場する二人の女の子のあだ名をつけているのさ。
「残念ながらその通りよ。元気なおてんば娘のルイーゼ、もも叶のことが少しね」
やはりか。
「実は、僕が今日ここへうかがったのもそのことでね」
「察しがついているということは、あなたが出かけていたのは、やはりわんぱく坊やたちのところだったのね」
わんぱく坊やたちとは言わずもがな、僕の書いた傑作『飛ぶ教室』に出てくる男の子たちのことだ。
彼らの一人であるマーティンと、もも叶ちゃんのあいだに起こった予期せぬロマンスについて語るのは、別の本に譲ろう。
元気を失くしたリーダー、マーティンをほかのわんぱくたちが心配していたのも、少し前に述べたとおりだ。
「なに、あの子たちに任せておけば間違いはないとは思うんだがね。リーダーのマーティンに代わって今はジョニーが問題の解決に動いてくれている」
そう言うと、モンゴメリ嬢はこれだから男の人はと深くため息をついて、
「わんぱくたちの友情だって危機に立たされることもあると思うけれど」
聞き捨てならぬ台詞だ。
「いったいどうしてそんなことが起り得るんだい?」
「そうね。たとえば恋愛問題とか」
やれやれ、また僕の苦手な分野か。
天井を見上げてぼんやりしてしまうが、次のモンゴメリ嬢の一言は衝撃だった。
「少し前、そのジョニーがこの店に相談に来たの。
悪い女の子に騙されている親友のマーティンを救うために、その女の子にどうしても好きになってもらわなくてはならないと、そう言って」
「ちょっと、待ってくれたまえ」
マーティンが、悪い女の子に騙される?
それもその女の子に、ジョニーは好きになってもらおうとしているだって?
まったく登場人物たちの動きとは、作者の意図を超えてくれる。
「どうしてそんなことになったんだ。第一、その悪い女の子とは」
「わからない。ただ、相談にきた彼はとても真剣だったの。だから助けたかった」
モンゴメリ嬢はそこで一息つき、さらなる告白をした。
「わたくしは『秘密の花園』の商品の指輪を彼に渡したわ」
まさか。
「それは、『美女と野獣』のあの指輪かい?」
ゆっくりと彼女は頷いた。
なんということだ。
『美女と野獣』の本には指輪が登場する。
野獣が愛する美女に贈った指輪だ。
枕元に置いて寝ると、翌朝には愛する人のもとへ行けるという優れもの。
これを加工して『秘密の花園』ではなんと、この指輪を恋する誰かの指にはめただけで自分のことを好きになってもらえるという商品として扱っているんだ。
あまりに強い魔法なので、モンゴメリ嬢はこれを非売品とし、店を訪れたどうしても必要な人に指輪を譲ろうと決めたと聞いていた。
モンゴメリ嬢はゆっくりと言った。
「使うか使わざるかは彼次第よ。ただ念のためあなたの耳にも入れておこうと思っていたの」
「わかった。なにかあったら、すぐに手を貸そう」
僕は作家志望のジョニーのことを想った。
聡明な彼のことだから大丈夫だと思ってはいたが、事態はそう簡単ではないようだ。
恋愛関係は苦手だと言ってばかりもいられまい。
彼が巻き込まれていることを調べる必要がありそうだ。
僕は冷めたコーヒーを飲みほし、一人、頷いた。




