㉓ 夢のお父さん ~もも叶の語り~
マーティンに会おうと名作の部屋に向かったもも叶の前に、思わぬ人物が……。
万を持して、あたしは『名作の部屋』の前に立っていた。
鉛筆型の部屋を包む薄紫のカーテンとオレンジの扉。
そのドアノブに手を掛ける。
マーティンは、どうして別れ話なんか切り出したのか、ちゃんと訊く。
そのうえであたしの気持ち、伝えるんだ。
一歩踏み出そうとした、そのとき。
「君。すまないが、少しよろしいかな」
誰やねん。文学乙女の一大事に。
顔を向けて、あたしは思わず一歩後ずさりそうになる。
そこにいたのは、スーツ姿のがっしりしたおじさん。
夢のお父さんだったんだ。
夢を何回も殴ったことがあって、今は離れて暮らしてる。
すぐ怒鳴ることはあたしも経験して知ってる。
少し前本を焼く炎がこの栞町を襲った時、火のもとはこのおじさんの心だったんだ。
あのときは火を消すために、あたしも夢も大変だったんだから。
あたしはできるだけ背筋を伸ばして、答える。
「なにかご用ですか」
「いや。用というか、その」
おじさんは少しためらうと、あたしの目を見て、言った。
「夢未がどこにいるか、教えてほしいんだ」
ぴぴぴっと、頭の中に警報発令。
絶対、だめだ。
答えは決まってたけど、同時にちょっと同情した。
おじさん、すごく悲しそうで、断ったら消えちゃいそう。
前のくそおやじぶりがうそみたいだよ。
とはいえ、どうしよう。
困ったすえ、あたしは腹を決めた。
「教えられません」
目をつぶってぐっと身構える。
怒鳴られたって、例えグーで殴られたって教えない。
ところがいつまで経っても大きな声もパンチも襲ってこなかった。
あたしはそっと目を開ける。
「そうか。そうだろうな。わかった。悪かったよ」
おじさんは力なく微笑むと、くるりと背中を向けて、この階の自動ドアの方へ去って行った。
途中振り返って、あぁそれからと、一言言い残した。
「夢未と友達になってくれて、ありがとう」




