⑭ 物語ドレスで運試し
ヒロインと同じことが起こる『物語ドレス』とは?
やったぁ。
わたしは心で喜びを噛み締めた。
バレンタイン・パーティーに行ける! 恋物語の本が見れる! 新しいすてきなお話と出会えるかも!
「じゃ、さっそく衣装選びに行こう!」
せいらちゃんとももちゃんに言って、わたしは奥の扉へダッシュしようとするけど、
「ちょいまーちっ」
うぐ。
ももちゃん、襟首掴まないで……。
「このももの目をごまかせると思いなさるな、夢」
ももちゃんの目は白いテーブルにあった。
さっきまでわたしが座っていた席には、さっきつくったケーキをきれいにラッピングしたピンクの包みがある。
もちろんももちゃんの席にもせいらちゃんの席にも一つずつ、それはあるんだけど。
「夢だけ本命の袋二つってどういうこと?」
「あ。ほんとだわ」
ぎくっ。
せいらちゃんも、厳しい追及の目を向けてくるよ。
これは、逃げられないかな。
「あのね、わたし、今年のチョコは星崎さんと、もう一人あげたい人がいるんだ」
……言っちゃった。
ぐっと身構える。
「夢! いくら星崎王子に彼女いる疑惑が浮上中だからって、恋に保険はだめだよ!」
「っていうか、もうほかに好きな人できたの?! 夢っちってば案外切り替え早いのね!?」
うう。やっぱり。
思ってたとおりのこと言われた……。
ええい、ここはごまかすしかない!
「そ、そうなんだ。えへへ。本命がだめだったときの、保険、なんだ。あは、あはは」
う、我ながらぜんぜんうまくごまかせてないよ。
でも衝撃的発言ってことで、わたしのへたな演技もうまくカバーされたみたい。
ももちゃんもせいらちゃんもすっかり信じてくれたのが、痛い視線でわかる。
「ゆ~め~」
三角目になる怖いももちゃんの肩に、ぽんと手を置いてくれたのはせいらちゃん。
「ももぽん、よしましょう」
せいらちゃんは、どこか遠い目をして、
「片想いは楽しいことばっかりじゃないもの。心が揺れるときもあるわよね。夢っち、どうしようもなく悩んだら、あたしたちに相談するのよ」
せいらちゃん……。
わたし、思わずじーん。
って、これじゃほんとに浮気する寸前で悩んでるみたい!
そのとき、ベストタイミングでモンゴメリさんの呼ぶ声がしたんだ。
「なにしてるの? 最高にロマンチックなドレスがあなたたちをお待ちかねよ」
「ひゃっ! ドレス!」
「見たいわ~」
ももちゃんもせいらちゃんも、とたんに隣の扉の奥に走って行っちゃった。
あははは。
二人ともやっぱり、文学乙女だなぁ。
ひとまず助かったわたしはほっと胸に手をあてたの。
❤
うわ~ぁ。
その部屋に入った途端、わたしたち、そろって歓声。
赤いフラメンコのドレス、オレンジのナイトドレス、黄色いワンピースドレス……。
色とりどりのドレスが虹みたいにグラデーションになって並んでる。
「どれでも好きなものから手にとっていいわよ」
って、言われても。
たくさんありすぎて、どれから見たらいいのかわかりません!
黄色い袖とスカート、胸に赤いリボンのついたカラフルでポップなドレスが、マネキンンにかかってる。
わたしはサイズを確かめようと札を見て、ん?
そこにはこんなことが書いてあったの。
白雪姫のエピソード付き
「なんだろう、これ」
「それは今季入って来たばかりよ。白雪姫が着ていたドレスをリメイクした一品」
えっ。
「エピソード付きっていうのは、なんのことですか?」
見ていくと、どのドレスにも札はついていて、物語のヒロインの名前のあとにエピソード付きって書いてある。
モンゴメリさんが指を振った。
「ふふふ、それは『秘密の花園』からのささやかなおまけ。衣装をレンタルすると、その服を物語の中で使っていたヒロインとそっくりそのまま同じことがひとつだけ起こるのよ」
へぇ~。すてき!
顔を見合わせたわたしたちだったけど、モンゴメリさんは脅かすように大胆不敵に笑って、
「ただし、それがいいことかよからぬことかは、神のみぞ知るのだけれど」
「ええっ! 当たり外れがあるの?」
ももちゃんに、モンゴメリさんは頷いた。
「えぇ。くじみたいでおもしろいでしょう?」
「夢っち、ももぽん、ちょっと」
せいらちゃんの号令で、わたしたちはまるくなって相談タイム。
「ここで誰のドレスを選ぶかは肝心よ。運がよければ思いっきり楽しめて、へたしたらせっかくのパーティーが台無し」
「言えてる。よし、ここは自慢のくじ運で!」
腕まくりするももちゃん。
「待ってももぽん。ここはくじ運よりもっとあてになる戦法があるわ」
「へ?」
「お話のどのヒロインにどんなことが起きるか知ってる人に助言してもらうのが賢い方法だと思うの」
「そっか! さっすがせいら。頭いい!」
ももちゃんが、せいらちゃんが、そろってこっちを見た。
えっ。……わたし?
「お願い夢。誰のドレスを選んだらいいか教えて!」
「ドレスが出てくるお話っていったら外国の物語。その道じゃエキスパートの夢っちが頼りなの」
エキスパートだなんて、照れちゃうな。
ここは責任重大だ。よぅし、考えてみよう。
「まず、ジュリエットやオフィーリアのドレスは絶対だめ」
「なんで?」
「物語の最後に死んじゃうんだ」
ぞぞーっと、ももちゃんが青くなる。
ふっと声がして見てみると、モンゴメリさんが口元を押さえて震えてる。
どうしたんだろう?
「夢っち、ほかに気を付けるべき点は?」
せいらちゃんの声で我に返って、わたしはうーんとまた考える。
どんなエピソードがふりかかってくるかはランダムなんだよね。
ということは。
「じゃぁ、タグにアン・シャリーって書いてあるのは避けたほうがいいかもね」
わたしが言ったのは、『赤毛のアン』の主人公のこと。
友達をワインで酔っぱらわせちゃったり、お姫様ごっこで乗ったボートが沈んじゃったり、髪の毛を黒く染めようとしてグロテスクな緑にしちゃったり。アンのまわりは失敗だらけなんだもん。
「な~る」
「参考になるわ」
そこへ、今までこらえてたみたいな、高らかな笑い声がした。
あ、しまった。すぐそこに、『赤毛のアン』を書いた人がいたんだった。
その人、モンゴメリさんはまだ小さく笑ってる。
「確かにそうね。でもいいことだってあるわよ。アンは勉強家だもの。いい学校に入るために一生懸命勉強するとかね」
勉強ってワードにももちゃんがいちはやく反応。
「やっぱやだ~。あたし、アンのはよそうっと」
「あら。こんなのはお気に召さない?」
そう言いながらモンゴメリさんがわたしたちに見せてくれたのは、茶色くて袖の膨らんだリボンがいっぱいのドレス。
かわいい! クリスマスにマシューおじさんがアンに買ってくれたドレスだね。
「超ラブリー。ドレスって言ったら赤とかピンクのイメージ強かったけど、こういう落ち着いた色もかわいい」
目の中にハートを浮かべるももちゃんに、モンゴメリさんはもう一着ドレスを取り出した。
「大人可愛いドレスに挑戦したいのなら、こちらもおすすめよ」
それはまるで、モンブランみたいなドレス。
薄い茶色のスカートに、マロンクリームみたいな白い生地が、真ん中で二つに分かれる形で重なってる。
真っ赤なバラと、白いゆりのコサージュが乗った、アールグレイみたいな色の丸い帽子がオプションでついてるんだって!
引き寄せられるように帽子とドレスを手に取って、身体にあてると、ももちゃんは姿見の前に立った。
ドレスの色は派手じゃないけど、それがかえってももちゃんの大きな目や睫、ピンクっぽいほっぺたを余計上品に見せてる感じ!
得意げにモンゴメリさんが手を打つ。
「ぴったりね」
「ももぽんすてき!」
「うん、すごく似合ってるよ」
「そ、そうかな? これにしちゃおっかな~」
まさに幸せになってほしい物語の中の女の子!
そこまで考えてわたしは大切なことに気が付いた。
「ももちゃん、そのドレスのタグ、見せて」
はっとして、ももちゃんはいそいそとドレスの襟の内側を探る。
「そうだったわ。そこ確認しないとね」
せいらちゃんも一緒になってタグをのぞいてる。
ふぅ、危ないとこだった。
どんなにかわいいドレスでも、それが悲劇のヒロインのものだったら大変。
大切なももちゃんがひどい目に遭っちゃうかもしれないんだもん。
「『若草物語 ジョーのエピソード付きドレス』」
わたしはほっと息をついた。
『若草物語』は、アメリカの四人姉妹のほのぼのした物語。次女のジョーは行動力のある、小説家志望の女の子。お話の中に、お姉さんのメグと舞踏会に出かけるシーンがあったはず。特に危ないエピソードなんかはなかったと思うけど……。
「あ」
ない、こともなかった。
「ももちゃん、そのドレス、焦がさないように気を付けて」
「へ?」
ももちゃんはなに言われたかわからないって顔。
「お転婆なジョーは、暖炉の前に立ってドレスを焦がしちゃうの。それでせっかくの舞踏会でカーテンのかかった小部屋に隠れてなきゃならなくなる」
ももちゃんはぷっと吹き出した。
「そんなことなら大丈夫だって。今時、会場は暖房でしょ」
うーん。それもそっか。
「それに『若草物語』ならあたしも読んだけど、最後には確か楽しい舞踏会になったんじゃなかった?」
それは、そうなんだけどね……。
「だから、夢にも選んであげたよ。はいこれ! 絶対、優雅な美人になるから」
ええっ?
ももちゃんがいつの間にか持っていたそのドレスは、マリーゴールドのお花みたい。
ラメが散りばめられたあざやかな黄色いドレスの首元には、たくさんの細かいレースがついてる。
黒いミニバラのついたカチューシャと、同じバラが真ん中について、白いリボンがクロスしているチョーカーがついてる。
ももちゃんはわたしの身体にそれをあてる。
わたしにはちょっと大人っぽい気がするけど。
「いいえ。こちらも十分、魅力を引き出せているわ。十六才のメグのドレスを、小学生くらいの子が楽しめるようにしたものなの」
えっ。
モンゴメリさん、今メグって言った??
「ですよね、モンゴメリさんもそう思いますよね」
「待って、ももちゃん」
『若草物語』の一番上のお姉さんのメグは、舞踏会をとっても楽しみにしてる、おしとやかな女の子。それだけじゃない、すごい美人さんなんだ。
「もともとがきれいな人のドレスなんて、わたしとても」
「なに言ってんの。夢はかわいいよ。時には背伸びだって必要。ね?」
ももちゃん、言い切ってるけど。
「それでなくたって夢の狙いは年上の王子なんだから」
ももちゃんっ。それ言わないでっ。恥ずかしい。
わたしたちが話してると、突然。
「むふ、むふふふふ」
な、なに? この声。
奥の方から聞こえるみたいだけど。
「なに怪しい笑い声出してんの、せいら」
見ると、せいらちゃんが水色のドレスを抱えてにやにやしてる。
あぁ、びっくりした。会話に加わってこないと思ったら、一人でドレス選んでたんだ。
ちなみにせいらちゃんの選んだドレスもとってもきれい。飾りは少ないけど、生地自体が独特。透明な水色なんだけど、見る角度によって銀色にも紫色にも見えるの。まるで湖みたい。飾りもシンプルな銀のネックレスとイアリング。そして、透明に透き通った、靴。
わたしもももちゃんももう、そのドレスが誰のものかわかっちゃった。
「これ着てパーティーに出て靴を忘れてくれば、好きな人が届けてくれるかも。そしてうまくいけば……ぐふふ」
「心の声思いっきり出てるよ、せいら」
ももちゃんが笑ってつっこむけど、モンゴメリさんはまだ微笑んでる。
「大いに結構よ。物語ドレスはあくまでどんなことが起るか物語に任せて、予測もつかない展開を楽しむものだけれど。ほんとうに彼の愛を掴みたければ、なにかが起きるのを待ってなどいられないものね」
「さっすが天才女流作家! わかっていらっしゃるわ。このシンデレラのドレスで彼の心を……ふふふ」
せいらちゃん、気合入りすぎだよ~。
「だけどさ、せいらのそんなに好きな相手っていったい誰なのさ」
ももちゃんが言うと、せいらちゃん急に赤くなって、もじもじ。
「ももちゃん。せいらちゃんも、まだ打ち明ける準備できてないかもだし」
「そっか。そうだよね」
わたしが言うとももちゃんはあっさりごめんと舌を出した。
「でも、文学乙女チームは秘密厳守だし、教えてくれたらきっと力になれると思うよ」
せいらちゃんはしばらく黙ると、ぎゅっと、湖色のドレスを抱きしめた。
「わかった。今度二人に紹介するわ。いつかは知ってもらいたいって思ってたの」
ももちゃんがわたしに向けて手のひらを差し出してくる。
わたしはその手にぱちんっと自分の手を重ねた。
やったね。
モンゴメリさんが手を二度叩いて、まとめてくれる。
「衣装も結束も固まったようね。それぞれのドレスが、あなたたちにすてきなバレンタインプレゼントを運んできてくれますように」
❤
みんなで物語ドレスを試着して、すっごく盛り上がって、その帰り道。
星降る書店の前でももちゃんとせいらちゃんと別れたわたしは、そのまま栞町の駅に向かったの。電車に乗って花布っていう駅で降りる。
レストラン街やデパートの入った大きな駅を抜けて、20分くらい歩くと、坂道に大きな家がいくつも建ってる場所に着くんだ。
足を止めたのは、白くて大きなマンションの前。
街路樹が並んだ大きなエントランスを抜けていく。
足が、震えるのがわかる。
マンションの部屋のポストが並んでる。
303号室、あった。
ここに、その人は住んでる。
星崎さん以外にもう一人だけ、バレンタインおめでとうを言いたい人が。
わたしはそこにそっと、ピンクの包みで包まれた小さな『物語星座のケーキ』を投函したんだ。




