① 栞町町興し企画、始めます!
栞町駅ビル6階、星降る書店前。
エスカレーターを上るとすぐ、そのお店は見えてくる。
ガラスの奥には、桜やリボン、ちょうちょに飾られた本のディスプレイ。
4月の土曜日。その小さな広間にわたしたち5人は集合していた。
「遅いわね。星崎さん」
腕時計を見つつ言ったのは、親友のせいらちゃんだ。
長い髪を大き目のおだんごでまとめて、白い百合の花飾りをつけている。あとはジーパンにパーカーのシンプルスタイルだ。
「だねー」
親友のもう一人、ももちゃんが相槌を打つ。ポニーテールを紫のバラのアクセでとめて、ロングの白いシフォンスカートに黒い花束柄のTシャツと、いつもよりちょっとだけガーリーなファッションだ。背中に背負った小さなリュックから、星降る書店専用の紙のブックカバーのかかった本がのぞいている。
「待ち合わせ一番についたから、様子見もかねてさっきまで書店の中にいたんだけど、星崎王子の姿はぜんぜん見えなかったし」
星崎さんは、わけあって両親と離れて暮らしているわたしをひきとってくれた、大好きな人。ここ、星降る書店を含めた、書店グループの社長さんをしている。
わたしは星崎さんが言っていたことを思い出しつつ、みんなに告げる。
「たぶん、レジの奥の事務室にいたんじゃないかな。今日はすごくお仕事が忙しいらしくて、やっと日中のお休みは取れたけど、朝早くに在庫の管理をして、夜はやっぱり戻らなきゃいけないって言ってたし」
「かわいいカノジョ待たせるなんて、先輩もだめだな」
神谷先生が言って……ちょっとだけどきっとする。
カノジョってわたしのこと。
神谷先生はせいらちゃんと両想いの塾の先生。
星崎さんを待っているわたしを元気づけるために冗談を言ってくれたんだってわかってても、ちょっとだけ期待しちゃう。
彼がわたしのことを、そんな風に見てくれることを。
だから、神谷先生の隣で、満開の桜の花と、『日本の春最高ウェ~ィ!!』という文字が中心にプリントされたTシャツを着たももちゃんのカレ、マーティンが、
「来たみたいです」
といったときにはもっと大きく心臓が音を立てた。
透明の自動ドアのむこうから、エプロンを外して黒いアウターにスキニー姿の星崎さんが歩いてくる。その後ろを、福本さんというぽっちゃりした男の社員さんが追いかけてくる。
「いいですか、夕方、ちゃんと帰ってきてくださいよ!」
社員さんが念を押すのを、いかにもいやそうに星崎さんが言う。
「……わかったよ」
「逃げても、栞町の果てまで追いかけますからね!」
「はいはい」
自動ドアが開いて、お互いに合図すると、星崎さんは福本さんと別れた。
「みんな、遅くなってごめんね」
わたしたちに向きなおって言う星崎さんに、食いつくように言ったのは神谷先生だ。
「なんなんですか、社員の人が逃げるなって釘刺すくらいいやな仕事って」
星崎さんの笑顔が若干凍りついて、きかれててか、と小さくつぶやいた。
ひとまず目的地まで歩こうと言うことで、エスカレーターにみんなで乗りつつ、話すことにする。
しんがりの星崎さんは、さっきと同じくらい小さな声で、
「……夕方、テレシオの取材が入っていてね」
「「「えーっ!」」」
思わず声をあげてしまう、わたしたち文学乙女三人。
「テレシオと言えば、『栞町テレビ局』の略で、ニュースからバラエティから、町民のお茶の間におもしろい番組を届けつづけているご当地テレビじゃないの!」
せいらちゃんが詳細な情報を言う。
「もしかして、駅ビルのフラワーショップ『グリーン・フィンガー』と町興しコラボ企画をしてる件で、取材を受けるんですか?」
そう言ったわたしに、星崎さんはうなずく。
「さすがは夢ちゃん。じつはそうなんだ」
「すごーい! 王子がテレビに出るのーっ!?」
ももちゃん、気持ちはわかるけど、エスカレーターで飛び跳ねるのは危ないっ。
じつは今日、みんなでこの駅ビルに集合したのも、町興しの一環で駅ビルが始めた『トクトクキャンペーン』を利用して、お得にトリプルデートするのをとおして、町興しに貢献しようって、星崎さんが呼びかけてくれたんだ。
「なんでまた受ける気になったんですか? 星降る書店星崎社長と言えば、イケメン書店員を取材する雑誌のオファーを五十回以上断ったって伝説になってるのに」
「龍介、お前はなんでそんなこと知ってるんだ」
ひとまずそうつっこむと、(ちなみに、イケメン書店員の記事についてはわたしも知っていた。星崎王子ファンクラブ会長としては常識の範囲内だよっ)
「……『グリーン・フィンガー』さんとうちの共同企画は、もとはと言えばオレが言い出したことだからね。引くに引けなかったというか」
うーんなるほど。
星崎さんって、本屋さんのおもしろい企画を考えるの得意だもんね。
「だったら、堂々とテレビに映ったらいいじゃないですか。どうしてそんなに憂鬱そうなんですか?」
うんうん。
マーティンがききたかったことをきいてくれる。
星崎さんは、苦虫をかみつぶしたように、
「あぁ。超やだ」
星崎さん! 口調が王子様キャラコードから外れちゃってます! 注意してください!
「だからなんでそんなかたくなに。顔面国宝を全町民に共有したらいいじゃないすか」
そう言う神谷先生に、星崎さんはうろんな視線を向ける。
「考えても見ろよ。自分が画面に映って、いかにも町の文化経済に貢献するご町内のさわやかなお兄さんという顔で登場し、『この企画を通じて一人でも多くの子どもたちが、本に親しむきっかけをつかんでもらえたら』とか、善人そのものの台詞を吐く姿を」
わたしたちはみんなで想像してみた。
うーん。
「絵になるなぁ」
ももちゃんが全員の意見を代表して言う。
「すてきだと思いますわ。なにが問題なのかしら?」
さらに続きを代表してくれたせいらちゃんに、星崎さんは苦笑して、困ったように、
「テレビ画面はおろか、その映像を脳内のスクリーンに再生した時点で、その上部が、ツッコミのコメントであふれかえってしまって」
……ん?
どゆこと?
「たとえばこんなふうな。『がんばっていい人ぶる黒社長笑止』とかいろいろ」
……星崎さん。
「王子、意外とウェブ動画見てるんですね」
ももちゃんがそこ? ってつっこみたくなるツッコミをし、
「そういうこと自分で言っちゃだめでしょう!」
神谷先生、またもやナイスつっこみです!
「わかっている! でもどうしてもだめなんだ。自分がまじめにキメている姿を想像するたびに、ツッコミに秀でた芸人をリスペクトする者の本性がでてきてしまって……」
うなだれて苦し気に言う星崎さん(星崎王子ファンクラブ裏情報の一つに、『マニアックな芸人さん好きで、夕飯後にテレビを見てひとりで笑っている』というものがあります……)。
「なんかよくわかりませんが、辛そうですね」
「王子キャラと芸人好きのジレンマ、というやつなのか……」
神谷先生とマーティンがそれぞれ反応を示したところで、ようやく、一階の『グリーン・フィンガー』が見えてきた。




