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恋せよ文学乙女  作者: ほか
未来編 文学乙女はお年頃
431/435

⑧ 未来の国 side:もも叶

 次に目覚めた場所は白の空間だった。

 白い天井とカーテン。

 左手がやたらと熱いと思ったら、傍らにいる彼が握りしめていたのだった。

 相変わらず泣きそうな顔して。

「マーティン。……どうしたの? なにがあったか、知らないけど、見放された犬みたいに。情けないな。しっかりしなよ」

 声をかけたとたん、うつむいた彼の目がぱっと見開かれて、

「もも叶……気づいたのか?」

 よかった。

 そう言って、あたしの左手を額に押し当てて、黙り込んでしまう。

 と思ったら、三秒後、ぱっと顔をあげた。

「なにがあったか、覚えてるか?」

 質問に答えるにはしばらく時間がかかったけど、こみあげてくるかすかな吐き気が記憶を呼び覚ました。

「あたし、家で、吐き気と寒気が同時にして、その場に倒れて。で……マーティンに電話かけて。それから……どうしたんだろ」

「よかった。記憶もはっきりしてる」

 ゆっくりとベッドから起こした身体をいきなり抱きしめられる。

「ひゃっ」

「もも叶」

マーティンが顔をあたしの方に深くうずめる。

「このまま、泣いていいか」

「うん、だめだね」

 あたしは、彼の頭を起こした。

「状況説明が先」

「……それも、そうだ」

 しぶしぶ、頭を起こして、彼が説明してくれる。

「職場できみから着信があった。けど、電話口は無音で。僕はすぐさま、マンションにかけつけた。倒れているきみを見つけて、救急車を呼んで、この病院で、検査をしてもらった」

 ごくん、と唾をのむ。

「……それで?」

「命に別状はないときいて、ほっとした」

「……ふむ」

 一つ、解せない点がある。

「でも、じゃぁ最近頻繁だった気持ち悪さはなんだったんだろ?」

 つぶやくと、彼がみるみるうちに、真っ赤になっていく。

「それは……」

 こほんと咳払いして、目を泳がせ、言う。

「その、もも叶にここで、正式に、頼みが」

 あー、じれったい。

「病気の宣告でもなんでもすぱっと言ってよ! もったいぶられたらよけいびびるでしょ。こういうときマーティンってだめだよね」

 そう言ってやると、またもや耳を垂れた犬のように彼は全身で落ち込みを表現する。

 でもさすがにいつまでもそうしているわけにはいかないと悟ったらしい。

 右を左を見回して、あたしの耳元に口を寄せる。

 秘密のようにかすかな声だったけど、はっきり聴こえた。

「僕の、子ども、産んでくれるか」

「……はひ!?」

「いたっ」

「あ、ごめん」

 思わず、彼の手を握りつぶすくらい強く握ったことに気づく。

 じわりと視界がにじんで、彼の胸にもたれる。

「もしかして、いやだったのか」

「ばか。わかってるくせに」

「……」

 背中をなでる感触がする。

 ずっと夢だと、彼にもさいさん、話してきたんだ。

 新しい家族をむかえることを。

「でも、マーティンは?」

 思わず言った言葉に彼は首をひねる。

「その。いいの? いっしょに親になるのが、あたしで」

 マーティンは、黙って、胸ポケットからスマホを取り出した。

 そこに映っている、フォーマルなドレスやスーツの人々の中には、マーティンと噂になった女性たちの顔もある。そして中心にあるのは、見覚えのある一枚の水彩画。

 あたしは息を飲んだ。

「あたしの描いた『未来の国』」

「仕事でやむを得なく参加したパーティーで、最近感動した絵のことをきかれて、ついきみの絵のことを話したんだ。ないしょにしてくれって言われてたから、作者が妻だとは言わなかったけど」

 淡い未来の国の色が、涙でにじんでいく。

「もも叶の絵は、優しくて、小さいのもへの愛情にあふれてる。女性に人気があるんだ。そこで知り合った歌手やデザイナーの人たちが、ほんとうにこの作者は無名なのか、詳しく教えてくれって言いだしたんだ。絵を買い取りたいって人までいたんだぞ」

 そしてちょっと肩をすくめて。

「そのことについて話してるところを、週刊紙の記者に見つかって。ほんと、ごめん」

 ベッドの掛布団をつかんで、目を押し当てた。

 一瞬でも彼を疑った自分をしっぺしたい。

「……マーティンのお仕事仲間の人たちが、そう言ってくれるなら。本気で描いてみようかな」

 そう言うと、やれやれと言うように彼が告げた。

「さいしょからそうすべきだ。もも叶には才能があるって何度も言ってるだろ。僕の見る目は確かだ。足りないのはやる気だけなんだ」

「一言多いよ」

「もも叶、話が終わったところで、あらためて、泣いてもいいか」

「だめ」

 甘えるように、顔をその胸にこすりつける。

 むかしから変わらず、あたたかい胸に。

「あたしが泣きたいときは、マーティンはなだめる役なの。たとえそれが、うれし泣きでもね」

 ゆっくりと、背中に置かれた手が上下する。

 あきらめた笑いの声が、ふってきた。

「それも、そうだ」


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