③ 今、この瞬間
わたしは、今住んでる栞町に引っ越してくる前、暮らしてたマンションにいた。
大きなテーブルにの上にはお雑煮と、ごはんと卵焼き。豪華なおせち料理も乗ってる。
お母さんが備え付けのキッチンでお茶を淹れてくれてる。
「お母さん、あけましておめでとう」
新年を一緒に迎えられたことが嬉しくて、わたしはテーブルについた。
「夢未、おめでとう。お雑煮つくったから食べなさい」
「いただきます」
わたしはお雑煮の中のおもちをお箸でつかんだ。
おいしそう。
そこではっとしてわたしは隣を見た。
隣でうつむいてるのはお父さんだ。
「お父さん、あけましておめでとう」
お父さんが顔を上げた。
わたしは凍りつきそうになった。
あのときと同じ顔――つりあがった目に曲がった口をしてる。
お父さんがわたしの肩をつかんだ。
どんっ。
肩に、衝撃が来る。
誰かが、呼ぶ声がする。
夢ちゃん。
夢ちゃん――。
❤
目を開けると、星崎さんが部屋に入ってきたところだった。
「夢ちゃん、大丈夫だった?! わりとすごい揺れだったから」
わたしは返事ができなかった。
「最近多いよね、地震。……夢ちゃん?」
声がでない。
息ができない。
星崎さんがかけよってきて背中をさすってくれる。
「大丈夫。もう怖いことはなにもないから」
しばらくそうしてくれて、やっと息と声が戻ってきた。
「夢を、見たんです。お父さんの夢で」
「うん」
それ以上、なんて言ったらいいかわからなかった。
お父さん、すごく怖かった。
殴ってきたときと一緒だった。
一度は一緒に暮らそうって言ってくれたけど、それでもまだ怖いなんて。
そのことが、悲しかった。
「いいよ、言わなくて」
目を伏せて、星崎さんは言った。
「だいたいわかる」
その言葉に少し、ほっとした。
「ほしいものはある? ミルクでも温めようか」
「あの、星崎さん。お願いが、あって」
すごく心細かったんだと思う。
「うん。言ってごらん」
だからわたしはつい、言っちゃったんだ。
「今日、一緒に寝たら、だめですか」
❤
夜初めて入る、星崎さんの部屋。
ベッドに入るわたしのとなりには星崎さんが座ってる。
めがねをかけて片方の手で本を読んでる。
もう片方の手は隣で寝てるわたしの手を握ってくれてる。
「あの、星崎さん」
「ん?」
「どうして、星崎さんは、わたしにこんなに親切にしてくれるんですか」
本から顔を上げて、微笑む。
「夢ちゃんには、人を応援させる力があるんだよ」
そう言われたのは嬉しかったけど。
ほんとうに、それだけなのかなぁ。
そう思っていたら、低い声がした。
それに、って。
「……他人事だと思えなくて」
あれ。
星崎さんの横顔、なんか辛そう。
「星崎さんにも、辛いことがあるってこと……?」
思わず口に出していた疑問に、星崎さんは答えてくれた。
「そりゃ、いろいろあるよ。世の中には、そういうことだってたくさんあるからさ」
きゅんと心が縮こまる気がする。
そうなんだ。
わたしなにも知らないで、甘えてばかりだったけど。
「でも今は、幸せだよ」
手を握ってくれる力がこもる。
さっきとは別の意味で心がきゅんとする。
「以前あった辛さを忘れるコツは、今この瞬間に集中することなんだよ」
星崎さんがまっすぐわたしを見る。
「ね、夢ちゃん。今ここには、お父さんはいない。この部屋には夢ちゃんの他にはオレしかいない。だから」
星崎さんの表情がいつもに増して大人っぽく見える。
えっ。
だから、なに?
もしかして。
きゃっ。
思わず勢いよく布団をかぶる。
「どうしたの? また怖くなった?」
「星崎さん。そんな。『オレだけを見てろ』なんて――」
一瞬間があって。
布団の上から笑い声が降って来た。
「安心していいよって言おうとしたんだけど」
……えっ。
どうしよう。
恥ずかしすぎて、布団からもう出ていけないっ。
「そうだね。そっちのほうがよかったかな」
星崎さん、おもしろそうに言ってるしっ。
わたしはまだ握っている彼の手にそっと力を込める。
もう、心の震えは感じなかった。




