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恋せよ文学乙女  作者: ほか
第2話 人魚姫の運命はお断り!
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③ 今、この瞬間

 わたしは、今住んでる栞町に引っ越してくる前、暮らしてたマンションにいた。

 大きなテーブルにの上にはお雑煮と、ごはんと卵焼き。豪華なおせち料理も乗ってる。

 お母さんが備え付けのキッチンでお茶を淹れてくれてる。

「お母さん、あけましておめでとう」

 新年を一緒に迎えられたことが嬉しくて、わたしはテーブルについた。

「夢未、おめでとう。お雑煮つくったから食べなさい」

「いただきます」

 わたしはお雑煮の中のおもちをお箸でつかんだ。

 おいしそう。

 そこではっとしてわたしは隣を見た。

 隣でうつむいてるのはお父さんだ。

「お父さん、あけましておめでとう」

 お父さんが顔を上げた。

 わたしは凍りつきそうになった。

 あのときと同じ顔――つりあがった目に曲がった口をしてる。

 お父さんがわたしの肩をつかんだ。

 どんっ。

 肩に、衝撃が来る。

 誰かが、呼ぶ声がする。

 夢ちゃん。

 夢ちゃん――。

 目を開けると、星崎さんが部屋に入ってきたところだった。

「夢ちゃん、大丈夫だった?! わりとすごい揺れだったから」

 わたしは返事ができなかった。

「最近多いよね、地震。……夢ちゃん?」

 声がでない。 

 息ができない。

 星崎さんがかけよってきて背中をさすってくれる。

「大丈夫。もう怖いことはなにもないから」

 しばらくそうしてくれて、やっと息と声が戻ってきた。

「夢を、見たんです。お父さんの夢で」

「うん」

 それ以上、なんて言ったらいいかわからなかった。

 お父さん、すごく怖かった。

 殴ってきたときと一緒だった。

 一度は一緒に暮らそうって言ってくれたけど、それでもまだ怖いなんて。

 そのことが、悲しかった。

「いいよ、言わなくて」

 目を伏せて、星崎さんは言った。

「だいたいわかる」

 その言葉に少し、ほっとした。

「ほしいものはある? ミルクでも温めようか」

「あの、星崎さん。お願いが、あって」

 すごく心細かったんだと思う。

「うん。言ってごらん」

 だからわたしはつい、言っちゃったんだ。

「今日、一緒に寝たら、だめですか」

 夜初めて入る、星崎さんの部屋。

 ベッドに入るわたしのとなりには星崎さんが座ってる。

 めがねをかけて片方の手で本を読んでる。

 もう片方の手は隣で寝てるわたしの手を握ってくれてる。

「あの、星崎さん」

「ん?」

「どうして、星崎さんは、わたしにこんなに親切にしてくれるんですか」

 本から顔を上げて、微笑む。

「夢ちゃんには、人を応援させる力があるんだよ」

 そう言われたのは嬉しかったけど。

 ほんとうに、それだけなのかなぁ。

 そう思っていたら、低い声がした。

 それに、って。

「……他人事だと思えなくて」

 あれ。

 星崎さんの横顔、なんか辛そう。

「星崎さんにも、辛いことがあるってこと……?」

 思わず口に出していた疑問に、星崎さんは答えてくれた。

「そりゃ、いろいろあるよ。世の中には、そういうことだってたくさんあるからさ」

 きゅんと心が縮こまる気がする。

 そうなんだ。

 わたしなにも知らないで、甘えてばかりだったけど。

「でも今は、幸せだよ」

 手を握ってくれる力がこもる。

 さっきとは別の意味で心がきゅんとする。

「以前あった辛さを忘れるコツは、今この瞬間に集中することなんだよ」

 星崎さんがまっすぐわたしを見る。

「ね、夢ちゃん。今ここには、お父さんはいない。この部屋には夢ちゃんの他にはオレしかいない。だから」

 星崎さんの表情がいつもに増して大人っぽく見える。

 えっ。

 だから、なに?

 もしかして。

 きゃっ。

 思わず勢いよく布団をかぶる。

「どうしたの? また怖くなった?」

「星崎さん。そんな。『オレだけを見てろ』なんて――」

 一瞬間があって。

 布団の上から笑い声が降って来た。

「安心していいよって言おうとしたんだけど」

 ……えっ。

 どうしよう。

 恥ずかしすぎて、布団からもう出ていけないっ。

「そうだね。そっちのほうがよかったかな」

 星崎さん、おもしろそうに言ってるしっ。

 わたしはまだ握っている彼の手にそっと力を込める。

 もう、心の震えは感じなかった。


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