ゆきちゃんの退屈 Ⅰ
IじゃなくてIです。IIが出るはずです。嘘じゃないです。ほんとです。(しつこい)
あの戦闘から一週間。何か不穏な動きは感じられない。まあそういうことは当事者には全く分からないところで動いているというのが世の常だが。
ゆきのおかげで傷は完全に消えた。ゆきも完全に回復して、異常なまでの愛嬌を発揮して「遊ぼうよ〜」とねだってくるので、全く勉強が捗らない。もともとまともに課題を提出できていなかったのだから、それはそれは目も当てられないほどの状況だ。
早く家に帰ってゆきと遊ばないと機嫌が悪くなっちゃうなーとか、お菓子で釣って宿題の手伝いしてもらおうかなーとか考えながら駅のベンチに座って電車を待っていると、左隣に座ってきた人が居た。
いつも通り居残りさせられて、下校のピークが過ぎたガラガラの構内にはたくさん空いた席があったので、不審な目でその人物を見る。
「やあ、久しぶりだね。」
「え?……あ、結莉さん?」
「覚えていてくれて嬉しいよ。」
そう、いつか私の部屋に飛び込んできたフシギ系生徒会長キャラなお姉さんの、結莉さんだ。
「うちの最高責任者の件ではお世話になったね。礼を言おう。」
「あー、あの時の……。そういえば、あれって一体何だったんです?全然理解できてないんですけど。」
「……ロゼッタは、うちの……『機関』のトップだ。『機関』設立以来、世界中の異常な現象を全て管理してきた。」
駅の時計は5時を指していた。
人類が知り得る、ロゼッタ・ラ・ロテッラと呼ばれる人間に関する情報が結莉の口から語られ始めた。
ロゼッタの出生記録は存在しない。だが、驚くべきことにロゼッタ・ラ・ロテッラと断定できる記録は1347年、教皇クレメンス6世の頃に登場する。
彼は女好きで知られており、宮殿では常に女性を歓迎していた。そんな頃、ロゼッタは彼の宮殿に出現した。
ロゼッタは宮殿に入った記録がなかったのにも関わらず、そこに居た。まるで何もないところから発生したように。
美しい金髪と整った顔立ちに惚れ込んだクレメンス6世は、言葉も話せずどこから来たのかも分からなかった彼女に、ロゼッタ・ラ・ロテッラという名を与え秘密裏に保護した。
ロゼッタは天才的な知能を発揮し、一週間で十を超える言語を理解したと言う。そして、その天才的な頭脳を当時流行していたペストの解決に利用できないかとクレメンス6世は考え、そして組織されたのが異常現象研究機関であった。ペストは悪魔の仕業と思われていたのだから「異常現象」と言われても仕方ないだろう。
クレメンス6世の没後、異常現象研究機関……「機関」は、様々な常識では理解しがたい現象、いわゆる「魔術」などと呼ばれる現象の調査にも手を伸ばし始めた。
それと同時に、「機関」はロゼッタ自身の調査も行っていた。ロゼッタが度々発揮した、「瞬間移動」を始めとした「能力」は明らかに常軌を逸していたからである。また、数十年経っても老いる様子が見られず、不老不死なのではないかと言われていたこともあった。
結論から言うと、現在の最新技術でも彼女の能力を解析することはできていない。
ロゼッタは数百年間「機関」のトップに君臨し続け、その間に「機関」は数万人程度の組織に発展した。
「機関」は異常現象を多数調査し、ほとんどは物理学では解明できないものの、それでもいくらかは発動条件などが調査され、超科学兵器として「機関」の武器等に応用されている。あの日、ロゼッタが使ったのもその一つであろう。
「機関」設立以来、ロゼッタは世界各地で「能力」を持った人々を捜索し、保護してきたが、不老不死はロゼッタただ一人であった。また、「能力」には個人差があるものの、ロゼッタを上回る人物は登場せず、事実上ロゼッタが「世界最強」ということになる。
そんなロゼッタは事あるごとに自分の「能力」を「弱い」と評価し、常に力を欲していた。もっと強い力を。絶対的な力を。
そんなロゼッタが「神」という存在を信じ続けたのはキリスト教徒というのだけが理由ではないはずだ。
彼女は「神」を信じ、「神」を調査し続けた。神話などのあやふやなものではなく、科学的に裏付けの取れる「神」の証拠を集め続けた。
だが、それで分かったのは「神」は見つからないということだった。しかし、ロゼッタは諦めない。「神」は眠っているだけかもしれない。だったら待ってやろう。「神」がこの世界に降り立つその日まで。その手で「神」を解体し、その力の秘密を知り尽くすその日まで。
「……そして、神は覚醒してしまった。」
「…………」
結莉は話し続けて喉が渇いたのか、自販機に目線をやる。
刹那、声をかけてきた女性がいた。
「あ、結莉さんこんなところに居たんですか。勝手に会議から抜け出すのやめてくださいよ。少しはトップになった自覚を持ってください。」
説教するような口調、しかしどこか気弱そうな雰囲気でそう言った女性は、付け加えるように「早乙女未玖」と名乗り、
「初めまして、立花縁さん。」
「え、なんで私の名前知ってるんですか?」
「あ、結莉さん説明まだだったんですか?」
未玖は大きなハンドバッグから微炭酸のジュースを取り出し、結莉に手渡しながら聞く。
「うん、ロゼッタについてこちらが知ってる情報を教えてたからね。」
ジュースのペットボトルは結莉が蓋を開けた瞬間勢いよくプシューという音を立てた。結莉がその柔らかそうな唇をペットボトルの口につけ、彼女の喉が動き始めたのと同時に未玖が笑顔で、それじゃあ私から説明しますね、と言った。
「現状、私たちがいくら捜索しても神……ゆきさんには接触できていません。そこで、あなたのことをゆきさんはかなり信頼しているようなので、ゆきさんとコンタクトを取るにあたっての窓口になってほしいんです。」
結莉がペットボトルから口を離し、蓋を閉めた。
「あの、よく分かんないんですけど……」
「どこがですか?」
未玖が食い気味に聞いてきた。完璧な笑顔が圧を感じさせる。
「えっと……窓口って、具体的にどんなことをしたらいいんですか?」
「主に、連絡ですね。こちらからゆきさんに伝えたい情報をゆきさんに伝え、その逆も然りです。」
「でも、私だってゆきに会いたい時にすぐ会えるわけじゃないですし……」
「それでも、0よりは0.1でもある方がましです。どうぞよろしくお願いします。」
頭を下げられると、どうも弱い。
「え……あ、」
はい、と答える前に横から割り込んできた存在があった。
「そんな面倒なことしなくていいよ。直接の方が色々とやりやすいしさ。」
パーカーのフードを被ったゆきが縁の右隣に座ったのだ。
「なんで……どこから聞いてたの?」
「曲がりなりにも宇宙を作りたもう女神様なのだぞー?地球上で起きた出来事くらい全部把握してるよ。」
なんだろう。ゆきのことがすごく怖く見えてきた。
「あなたが……ゆきさん。」
未玖は驚いたような顔でゆきを見つめる。
「ああ、早乙女未玖さんね?よろしくー。」
「な、なんで私の名前を!」
「そりゃあ全人類の名前くらい把握済みだっての。」
ゆきの全力のドヤ顔に縁は小さく「チートかよ……」と呟くだけだった。
結局電車を一本逃してしまった。どこかで聞いたことがあるけど曲名が思い出せない曲を鼻歌交じりに歌うゆきと2人で歩く帰り道は暗くて静かだった。
ゆきと結莉の会話を思い出す。
『じゃあさー、結莉が私を呼んだら暇な時に行くってことで。』
『それはありがたい。よろしく頼む』
『そんじゃね。』
『一つ、聞きたいんだが。』
『何?』
『失礼かもしれないが、その、なんであなたは縁と一緒に居るんだ?なんで縁を選んだんだ?』
『うーん……なんとなくだけど、縁と居ると何もない時間でも暇じゃなくなる気がするんだ。縁と一緒だと、どんな時間も退屈じゃなくなるの。』
ゆきが私と一緒に居るのは、暇じゃないから。暇つぶしができるから。……私はゆきにとってただの暇つぶしなのかな。既に138億年という私には想像もできないくらいの長い時間を無駄にしてしまったのに、その上暇つぶしという形でゆきの時間を潰してしまっていいのかな。
その疑問は、消えない染みとなって縁の胸の奥深くに残った。
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