しょうもないことで争いが始まった、そんな天気のいい日
良く晴れた日だった。
イタリアの首都、ローマ。表通りから少し奥に入ったところの路地に面しているカフェである。観光向きな店があるわけでもないし、観光地と観光地の間を移動するにもここは絶妙に奥まった場所で、地元の人間以外はほとんど寄り付かない。でも、人気のない場所を好むような人間からは愛用されているようだ。
祇園寺結莉は、窓際の席でエスプレッソを飲んでいた。「機関」二代目総統に就任してからというもの、ずっと事務に追われていた(そして、破壊神の件もあった)ので、プライベートの時間は取れないでいた。今日になって、ようやく休日を取ることができたのだ。結莉の多忙っぷりを見かねた未玖がスケジュールを調整してくれたのだった。
北向きの立地のせいで、カフェの店内には陽の光は差し込まない。店内のランプと向こうの建物からの反射光で薄暗く照らされている。陽光が降り注ぐ路上とは対照的である。結莉は薄暗い場所が好きだ。いや、”好き”というと語弊がある。明るくて賑やかな場所よりはまし、というか。
今は「機関」の総統なんて地位に引っ張り上げられてしまった結莉であるが、もともとは引きこもりのオタク女である。薄暗い部屋でインターネットの海を彷徨っていた頃の感覚を思い出させてくれるから、今でも孤独になれる薄暗い場所が好きだ。一日中ディスプレイの前に居て、キーボードを叩き続ける生活。楽しくはなかったし、中身もなかった。充実とは程遠い生活だったけど、でも、気楽でちょうど良かった。総統なんて肩書よりも価値のあるものが、あの生活の中にはあったのかな。ということを結莉はぼんやりと考えていた。
あと三分の一ほど残っているカップを一気に飲み干した。さて、
「店の邪魔はしたくなかったんだけどな。」
そう呟いたと同時に窓が大きく破損した。結莉はというと、即座にテーブルの下に引っ込んでいたので無事である。
「伏せて!テーブルの下に隠れて!」
店内に居た数人の客に向かって叫ぶ。結莉はすぐに店の外に飛び出す。
「ごめんマスター!後で弁償する!」
オタクなら薄暗い部屋でインターネットするもんだと思っています。




