ゆきちゃんの消失V
回想シーン
破壊神がいつから存在していたかははっきりしない。ただ、人類が発生する以前から地球上に存在していたことだけは確かである。
全てを破壊できる力は、決して何かを創造することや、何かを守ることには使えなかった。そこにあるものを破壊する。ただそれだけ。
ただ、そんな破壊神にも「理解者」というのか、そういう存在ができてしまったこともあったのだ。
神の子を自称する若者が生を受ける3000年ほど前。ティグリス川のほとりに一人の少女が腰を下ろしていた。栗色で長い髪のその少女は憂鬱そうな表情で川面を見つめていた。
「……あの子何してるんだろ?」
そう呟いたのは、その様子を陰から見つめていた破壊神であった。
いつも自分が寝転んでいる場所が取られていたが、だからといって彼女と接触するわけにはいかない。間違えて殺してしまったら面倒だし、そんなリスクを負ってまで昼寝しに行くのも躊躇われ、でも特にやることないし、ということで取り敢えず様子を見ていよう、としたのだった。
だが、彼女は一向に動く気配がない。既に一日の一割も過ぎようとしていた。
暇だし、魚でも捕まえて食べようか。そう思ってその場を離れかけたときだった。
大きな鰐が川面から顔を出し、少女に襲い掛かったのだ。
考えるより先に体が動いていた。世界を破壊する力を持つ破壊神の前に体長5メートル程度の鰐など虫けらと同じだ。破壊神がその拳を当てると、その鰐は鮮血を撒き散らすピンク色の肉片となって粉微塵に吹き飛んだ。
あ。
やっちゃった。
返り血を全身に纏ったまま、破壊神は横に居た少女をちらりと見てみた。
全身を鰐の血で染め上げたその少女は、目を大きく見開いて破壊神を見つめていた。
「あー、えっと、」
何か弁明をしなくては、と破壊神は言葉を選び始める。
「あの、」
少女が口を開いた。
「助けてくれて、ありがとうございます。……えっと、貴女様は……?」
「……うーん、」
頭をポリポリ搔きながら自称した。
「破壊神……かな。」
少女は暫く言葉を失ったように立ち尽くしていた。だが、何かを思いついたように微笑すると、
「この先にある村を破壊して貰えませんか?」
「……はい?」
「あの村は私たちの村と敵対していて、早く潰さないと弱い私たちは皆殺しにされかねません。どうか、破壊神様にお力添えをいただきたいのです。」
破壊神は、人間たちとは離れて暮らしてきた。それ故、人の願いを託されるとか、期待されるとか、そういう経験がなかった。初めて触れる人からの期待は、それはそれは心地よいものだった。期待に応えてやろうと思った。期待に満ちた目が嬉しかったのだ。だから、破壊神はそれを快諾した。
日は傾いていた。夕焼けに照らされる中で、徹底的に破壊されつくした村に破壊神と少女は立っていた。
少女は「すごい」と呟きながら頭部を粉砕された死体や粉々になった土壁の家を眺めていた。
「ありがとうございました。私もすっきり死ねそうです。」
少女の言葉に破壊神は首を傾げた。
「どういうこと?」
「……今まで、嘘をついていてすみませんでした。」
「嘘って、何?」
「……この村、私の村なんです。あの頭がない死体が私の父です。」
破壊神は混乱した。その言葉の意味を飲み込むのに少しの時間を要した。
「なんで……!どうしてそんなこと!」
「私の母は私を産んですぐ死にました。父はそれを私が産まれたせいだと言い、私を憎んでいました。ずっと父から虐められていたんです。あそこに居たのも、父の監視がある村が居心地が悪くて逃げ出したからです。……神様に嘘をついて自分の村を滅ぼすなんて、私もとんだ悪党ですね。どうか、煮るなり焼くなりしてください。」
破壊神は言葉を失った。
「……初めてだった。誰かから期待されるなんて。例え嘘をついていたとしても、その期待が本物だったなら私はあなたを殺す気にはなれない。……だから……あのさ、」
こうして、破壊神と罪深き少女の奇妙な二人組が始まった。
彼女たちは似た者同士だった。ずっと孤独だった破壊神が彼女を求めたのは、初めて自分を必要とする存在に出会ったというだけではないかもしれない。
彼女たちは世界のあらゆる場所を冒険した。破壊神を破壊神たらしめるその強大な力は地球上を高速で飛び回ることを可能とした。
破壊神は彼女とともに世界を破壊して回った。道を塞ぐ巨岩を破壊した。空を裂く彗星を破壊した。人々を縛る無意味な柵を破壊した。
ただ、破壊神である彼女にも破壊できなかったものがあった。
彼女が破壊神であることである。
ある日、少女は言った。
「でも、貴女は破壊神だから。貴女と私は同じ場所を生きられない。」
そう言う彼女は、もう少女と形容するのが憚られるほど立派に成長していた。各地で手に入れた装飾品を纏った姿が美しかった。
「私は、もう十分生きた。あの時貴女と出会わなかったら、鰐に食われて死ぬはずだった。鰐に食われなくとも、あの日の私は日没とともに川に身を投げて死ぬつもりだった。とっくに死んでいるはずの私が今こうして愛する人と共に居られるのがおかしいことだったの。」
「……何が言いたいの?」
「私を、殺して。」
彼女の言葉を理解できなかった。
「貴女に殺してほしいの。これが最後の我儘。」
「……嫌だと言ったら?」
「だと思った。」
破壊神の腹に何かが刺さった。直後、破壊神の体の奥底から抑えきれない力が溢れ始めた。
「何したの……⁈」
「神の力を暴走させたの。世界を旅していれば、そんな面白いものも見つかるわ。」
悪戯っぽく言う。
「何をさせたい……ッ!」
「力を制御できなくなった貴女に殺してもらうの。……ああ、神を利用するなんて私ったら本当に罪な女ね。」
破壊を渇望する欲求が体の制御を奪おうとしてくる。神の力に対し、それを抑える理性は破壊神といえども人並程度の強度しかない。体から溢れる力を抑えるのも既に限界だった。
「ダメ……近づかないで!殺しちゃう!」
「それでいいの。」
「嫌だ!絶対に嫌!殺したくない!まだあなたと生きたいから、あなたを殺したくないから、あなたが好きだから、なんで?なんでこんなに殺したいの?ダメ、絶対にダメ、それ以上私に近づかないで……殺しちゃうからぁッ!」
人里離れた場所に大きなクレーターができた。星が落ちたわけでもないのに。
その中心には宇宙を破壊する力を秘めた破壊神がポツリと立っていた。彼女は元がなんだったのか見当もつかない塵を抱えて慟哭していた。
塵は風に乗って散っていくのだった。




