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トリ×ネコ  作者: スズキリネン
第二話
4/7

おうちに帰りたい 1

 結婚当夜。

 トリ族族長のお屋敷、その敷地内。

 母屋とは別に建てられた離れにある一室に、新たに夫婦となった一対がいた。

 片やネコ族族長の娘クロ、片やトリ族族長の息子ヒジリである。

 当然といえば当然だが、二人のあいだに甘い空気など微塵もなく、クロとヒジリはなるべく距離を取って布団の端と端に寄り、黙ったまま座り込んでいた。

 敷かれた布団は二組。同室はイヤだと懇願したクロへのせめてもの情けだった。

 とはいえ、あいだに仕切りのようなものはなく、結果、クロは枕を腕に抱き、警戒心もあらわに耳をピーンと横に張っていた。布団からはみ出した尻尾を見れば、毛が逆立ち、大きく膨らんでいる。ときおり、思い出したように板張りの床をばしんと叩いた。

 式の間中、クロはずっとむくれていた。それを見たトリ族側の列席者が、またずいぶんとぶすくれた嫁が来たものだと(ささや)き合っているのが聞こえたが、クロの知ったことではなかった。

 対するヒジリといえば、こちらもむっつり押し黙ったままクロの横で腕を組み、胡坐をかいていた。

 式に出席していたヒジリのことをよく知る身内の者たちは、高砂(たかさご)に座る新婦の不機嫌そうな顔と、その隣に座るヒジリの顔に入った縦三本の引っ掻き傷を見て、ヒジリがまたよからぬことをいったのだろうと思ったが、口には出さず、会って早々これかと笑いを(こら)えるのに苦心していた。

 式のあと、諸々終えて身を清め、着替えを済ませた二人は、夫婦は同じ部屋で寝るもんだ、とこの部屋に押し込まれていた。

 そんな二人のあいだを沈鬱な時間が流れる。


「……お前な」


 先に口を開いたのはヒジリだった。

 ため息まじりのその言葉に、クロの耳がピクンと動く。


「いつまでそうしているつもりだ?」


 ヒジリの問いに答えはなく、クロが再び、尻尾で床をばしんと叩いた。

 クロとしては、いいたいことは山ほどあったが、頭の中がぐちゃぐちゃで、これを口に出して説明するのは無理だった。

 そんなクロを見て、ヒジリがまた溜め息を吐く。

 クロがなにを怒っているのか、ヒジリなりに理解しているつもりだった。

 その件についてはきちんと謝ったし、こうして責任も取った。だというのにこの態度。いったい、これ以上、なにが必要なのかと、さすがに腹も立ってくる。

 クロからすれば問題はそこではなく、言い方であったり、それをいう場所に難があったりするのだが、これを口に出して説明できないため、ヒジリには、クロが怒っている原因がなんであるのか、皆目見当がつかなかった。

 クロは感情でものを考え、ヒジリは道理でもって話をしていた。そもそも問題にしている場所が違うのだ。噛み合うはずもない。

 この重たい空気に、いい加減たまりかねたヒジリが、クロに背中を向け、ゴロンと横になった。

 そのとき、クロに引っ搔かれた傷に手が触れ、つきりと痛んだ。ヘンタイ呼ばわりされたことを思い出し、いまだ後ろで警戒を解かないクロに、ヒジリの我慢も限界を迎えた。


「そんなに警戒しなくても、お前みたいなお子様に手を出したりはしないぞ」

 クロに背を向けたまま発した声が、つっけんどんになる。

 むっとしたクロがいい返した。

「……お子様じゃないもん」

 棘を含んだクロの言葉を拾い、よせばいいのに、ヒジリの口から悪態が衝いて出た。

「カントー平野がよくいう」

「――――! カントー平野にだって、起伏はあるもん!」


 なんのことをいわれているのか、即座に理解したクロがいい返した。

 そこで“山”といえない辺りがクロの哀しいところである。

 このとき、ヒジリはそうと認識していなかったが、ヒジリの放ったひと言は、的確にクロの自尊心を(えぐ)っていた。

 クロは自分の目がいつまでも青いことを、気に病んでいた。

 一部のネコ族を除き、青い目は“お子様”の代名詞である。

 そこへきて、このいわれよう……。

 クロは腕に抱えていた枕をそっと身体から外し、自分の胸を見た。

 これまで気にしたことはなかったが、ヒジリのいう通り、クロの胸は確かに起伏に乏しかった。

 クロは自分の短く切られた髪の先端を指でいじくった。

 シロのように、髪を伸ばせば多少は大人っぽく見えるかと思い、伸ばしたこともあった。しかし、このくせの強い黒髪は、伸ばせばてんでばらばらにはねっ返り、収拾がつかなくなる。

 クロは、いやが上にも自分に“女らしさ”が欠けていることを、自覚せざるを得なかった。

 クロにとっての“女らしさ”とは、それすなわち“大人”ということである。


 ――ヒトが気にしてることをーっ!


 曲げた片肘を枕代わりに頭を乗せ、寝転がるヒジリの背中に生えた翼を見ていたら、またもや怒りが再燃してきた。布団の上で、優雅な流れを作っているヒジリの髪が目に入る。まっすぐ伸びたその髪が、絹のような見事な光沢を放っているのもまたクロの癪に障った。

 ぼすん。

 気づいたときにはヒジリめがけ、手に持っていた枕を投げつけていた。ヒジリの背中に当たった枕が音を立てて布団へ落ちる。

 驚いたヒジリがクロを振り返った。

 ヒジリが振り向いたときには、クロは窓を開け放ち、(さん)に足をかけているところだった。

「おい!」見咎めたヒジリが反射的に身体を起こす。

「お前嫌い! ついてくんな!」

 クロはそういい残すと、桟を踏み越え窓の外へ姿を消した。

 部屋に残されたヒジリは再び布団の上に寝転がると、厚みのある上掛けを肩まで乱暴に引き上げた。

「勝手にしろ!」



 * * * * *



 朝起きたとき、シロは部屋の隅で丸くなる、クロを見つけて驚いた。

 昨晩、クロはシロたちがいる母屋とは別の棟で寝ていたはずである。

 シロは最初、クロは自分たちとは今日でお別れだから、寂しくなってこちらに来たのだと思っていた。寝間着姿だったクロに、予備で持って来ていた服を渡す。

 二人の着替えが済んだ頃、襖の向こうから見計らったように声がした。


「シロさま、お食事のご用意が整いました」

 どうやら呼びに来てくれたらしい。シロはクロに声をかけた。

「クロ、朝食ですって」

 しかし、クロはつんと顔を背けた。

「あいつの顔なんて見たくもない!」


 いうが早いか、シロが止める間もなく、さっと立ち上がる。

 声のした襖のちょうど反対側。クロは一足飛びに障子のところまで行くと、スパンと両手でスライドさせて開け放った。その奥にあるぬれ縁から飛び降りる。

 二人が寝泊まりしていた部屋は、太い枝によって支えられていた。クロはその太い枝から伸びた枝葉を伝い、屋敷の庭まで下りると、あっと思う間もなく、木塀(もくべい)を乗り越え行ってしまった。

 クロのいう“あいつ”とは、昨日、クロの夫となったヒジリのことで間違いないだろう。

 シロは今朝の出来事を思い出し、大きく息をついた。


 シロはいま、朝餉(あさげ)の席にいた。

 トリ族族長の一家に加え、式に列席したシロの父母を含むネコ族の面々が、綺麗に並べられた足つき角膳の前に座り、朝食を食べていた。そのなかの一人、むすっとした顔で焼き魚に箸をつけるヒジリに目を向ける。

 クロのあの様子といい、ヒジリのこの不機嫌な顔といい、おそらく、二人のあいだでなにかあったに違いない。

 ヒジリの隣に座るトリ族族長の次男坊ユウマが、本来ならクロが座るはずの空いた席を見て、嘆息した。


「……兄上、義姉上は?」

「知らん!」



 * * * * *



 結局、シロたちの見送りに、クロは来なかった。

 トリ族の里を出る際、茶虎模様の尻尾を細かくピクピク動かしながら、シロとクロ、二人の父が文句をいった。


「まったく、あいつは見送りにも来ないで……」


 口調は怒っていたが、尻尾の動きを見る限り、心配しているのは明白だった。

 なんだかんだいったところで、クロのことを可愛がっている父親である。

 その頃のクロはといえば、里の中心から一番離れた高い場所、樹木から跳ね出した見晴らし台の上にいた。落下防止のための柵などはなく、クロはその縁のところで胡坐を組んだ足に両手を揃えて置き、ピンと背筋を正した姿勢で座っていた。

 緑の濃いその場所で、トリ族の里から遠ざかる父たちを見送る。

 その姿が豆粒くらいになり、見えなくなっても、クロは父たちが消えた尾根の向こうに目を向けていた。

 ここにはもう父母はおらず、シロもいない。これまでのように、里で過ごしたみんなとも気軽に会うことも出来ない。

 独り取り残されたクロの胸中に、急に寂しさが込み上げた。

 クロはこの先、このトリ族の里で暮らしていくことになる。クロの脳裏に、昨晩のヒジリとのやり取りが思い出された。どう考えてもうまくやっていける気がしない。

 昨日はまだよかった。シロがそばにいた。しかし、これからはなにかあっても、昨日のようにシロのところへ行くことも出来ない。

 クロは急に居場所がなくなったように感じた。

 そんなクロの口から、小さな声がニャーと洩れた。

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