表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トリ×ネコ  作者: スズキリネン
第一話
2/7

結婚のお相手は 2

 トリ族の家はどこも変わった形をしていた。

 ネコ族も木の上で過ごしたりもするけど、家は地上にある。しかし、トリ族の家は樹上にあった。

 藁で吹いた屋根の下、窓から見える室内の床には、畳ではなく板が張ってある。壁にところどころ()め込んである色ガラスが月明かりに反射して、幻想的に煌めいていた。

 そんな中、クロはというと――。

 トリ族族長のお屋敷、その貯蔵庫と思しき場所で食べ物を漁っていた。

 思い返せばこの数日、休むことなくネコの里から走ってきたのだ。

 途中、ちょいちょい獲物を狩ったり、小川の水を飲んだりしてはいたものの、クロはお腹が空いていた。

 床に直接積んであった一番上の木箱から、リンゴをひとつ勝手にもらうと、服でゴシゴシこすってかぶりつく。


「うーん、果物もいいんだけど、お肉はないのかなあ」


 リンゴの芯を床に放り投げ、その辺の木箱を漁ってみる。

 しかし、お肉らしきものは見当たらなかった。

 身体がたんぱく質を欲していた。クロのしなやかな筋肉は、良質なたんぱく質があってこそだ。

 クロは身体の半分以上を木箱に突っ込み、黒い尻尾を真っ直ぐ立てて、箱の中をガサゴソ漁った。

 何個目かの木箱を漁り、目的のものが見つからず、やれやれと頭を掻いたとき――

 クロの髭が震えた。

 背後を確認することなく、跳躍する。


「あは?」


 ゾクリとしたものが背筋を伝った。身体をひねり、ストンと背の高い棚の上に飛び乗ると、庫内を見下ろす。

 先ほどクロがいた場所に、長身の男が立っていた。スラリとした体形に、濃茶の長い長い髪。切れ長の目には神秘的な色が宿っている。背には綺麗な翼が一対畳まれていた。

 こんな場所でなかったら、見惚れていたかもしれない。

 男の手には小刀が握られていた。狭い室内。立ち回るのにちょうどいいサイズだ。

 男はひたとクロを見据えると、油断なく口を開いた。


「とんだネズミがいたもんだな。ここがトリ族族長の屋敷と知っての所業か?」

「見ての通り、ネズミじゃなくてネコだよ。あんなのと一緒にしないでくれる?」


 ネズミが聞いたら怒りそうなことをいいながら、クロは内心冷や汗をかいた。

 目の前の男はクロに話しかけながら、周囲にも気を配っている。

 おそらく、他に仲間がいないか探ってるんだろう。そのくせ、隙が見当たらないのだから恐れ入る。

 正面突破は無理だと感じた。やってやれなくはないだろうが、里まで帰ることを思うと、下手に怪我はしたくない。

 クロは目の前の男に注意を払いながら、どこか抜け出せそうな場所がないか目を走らせた。


「逃げ道がないか探しているなら無駄だぞ。ここには入り口の他に、明り取り用の小窓くらいしかないからな」


 クロの耳がピクリと動いた。下にいる男を見下ろす。

 男がそんなクロを見上げ、ぞんざいにいい放った。


「大人しく下りてくるなら手荒な真似はしない。だが、妙な真似をしたら、そのときは観念してもらう」

「妙な真似、ねえ」クロは顎に人差し指を当てた。

「それってどうやって判断するの?」


 しばらく待ってみたが、男の返事はなかった。――って、おい。考えてなかったのか。

 先に聞いておいてよかった。男の言葉を真に受ける気はないものの、もしも信じて飛び降りていたら、グッサリやられていたかもしれないわけだ。

 どうやらこのヒト、一見まともそうに見えるけど、ちょっとあぶないやつらしい。

 クロが棚の上でじっと男の顔を見ていたら、男が不機嫌な声を投げて寄越した。


「どうせ逃げ場はないんだ。いいから下りてこい」

「いやいやいや、待って? いまの会話で“はーい”っておりてくヒトがいたら、一度そいつの顔を見てみたいよ」

「じゃあどうする? いつまでもそんなところにいるわけにもいくまい」


 確かに男のいう通りだ。しかし、クロはにやりと笑った。

 明り取り用の小窓。

 正面の棚に目を向ければ、木枠で切り取られた四角い穴から外の灯りが洩れてきている。ネコを舐めてもらっては困る。

 クロは全体重を前にかけ、棚を前方に倒しながら、正面の棚に飛び移った。

 棚に乗せてあった物がばさばさ派手に落ちながら、下にいた男に向かって倒れ込む。不意をつかれた男が慌ててその場を飛び退いた。ほんの一瞬、クロから気が逸れる。

 クロにはその一瞬で充分だった。

 男が再度クロを見たときには、クロは小窓の前にいた。

 男を見下ろし、舌を出す。


「じゃあね~」

「なっ――おい! 待て!」


 ネコの肩の可動域は広い。頭が通れば大抵の場所は通り抜けられる。

 クロはなんなく小窓をすり抜けると、外へ身を躍らせた。



 * * * * * *



「はー、変な奴もいたもんだねえ」


 こんな夜分にヒトの屋敷の庭をウロついているクロも、充分変な奴なのだが、自分のおかしさに気づかないのはクロに限った話ではない。


「ここはさっさとあの絵に描いてあったヒトの顔を見て、ずらかったほうがよさそうだ」


 またいつ、さっきの奴に出くわすかわからないし――そこまで考えて、はたとクロは気がついた。

 自分の部屋で見たあの絵を思い出す。顔からパーツが飛び出した福笑いのような顔。


「あの絵のヒトに会ったとして、どうやって確かめたらいいの!?」


 結婚の話が出たとき、母から名前を聞いたような気もするけど、そのときのクロの頭の中は、ふざけんなの文字でいっぱいだった。つまり、まったく聞いていなかった。かろうじて覚えていたのが“トリ族族長の息子”ということだけ。

 クロは額に手をやると、その場にへたり込んだ。

 己の浅はかさに嫌気がさす。

 ここまできて、ようやくそのことに気づくとは。顔も知らない、名前も知らないでは、本人に会ったとしても確かめようがない。

 耳を澄ませば、捕吏(ほり)の鳴らす笛の音がここまで届いた。これでは、例え名前を知っていたとしても、その辺のヒトを捕まえて案内してもらうわけにもいかない。

 ちょろっと来て、見て、帰るだけのはずが、とんだことになってしまったものである。

 クロは急に疲れを感じた。肩に重たい石でも乗っているような気分だ。


「……はあ、帰ろうか――って思ってたとこなのに」


 クロは身体を横にねじると、背後に迫った刃を、手元に隠していた爪で弾いた。

 金属同士がぶつかる硬質な音が高く鳴る。クロは素早く後転しながら地面に手をつき勢いよくジャンプ、距離を取りつつ立ち上がると、襲ってきたヒトに目を向けた。


「またあんたかあ」


 半ば想像していたとはいえ、ピタリと予想が当たってしまい、うんざりしたクロの口からため息が漏れた。


「さっきもそうだったけど、後ろから狙うなんて卑怯にもほどがあるんじゃない?」


 狩りをする際、獲物の背後を取るのは基本だが、クロはあえて文句をいった。

 目の前にいたのは、先ほど貯蔵庫でちょっかいをかけてきた男だった。

 さっき手にしていた小刀とは違い、いまは刀を持っている。

 あれで諦めるとは思っていなかったけど、なにも本当に追ってくることはないのになと思った。

 対する男は、自分の一撃を防がれたことに驚いていた。

 丸腰の相手に本気を出すのも大人げない。一応、怪我をさせないようにと刃を寝かせ、平打ちに打ち据えようと振り下ろした刀は、ものの見事に弾かれた。弾いたのは紛れもなく金属だ。

 まじまじとクロを見る。


「……暗器か?」

「さあねえ」

 わざわざ手の内を明かす必要はない。クロはぺろりと指を舐めた。

「どこまでもふざけた奴だ」


 地を蹴ったのは同時だった。

 クロとしてはもはやここに用はないし、とっとと帰りたかったが、変に背中を見せようものなら、なにをされるかわからない。だったらちょっとからかって、隙を見て逃げたほうが、まだなんとかなりそうだった。

 男が横に振った刀を、にょきっと伸ばした爪で弾く。

 右手で払い、左手でカウンターを狙う。届いた、と思った爪は、しかしなにも引っ掛けてはこなかった。器用に(かわ)した男が走り抜けざまこちらを向く。

 クロは屋敷の壁を背にして立った。

 二人その場で動きを止め、静かに見合う。

 男が声をかけてきた。


「お前、名前は?」

「ヒトに名前を聞くときは、まず自分から名乗れって習わなかった?」

 そういうと、男がおかしそうに笑った。

「……ヒジリだ」


 ヒジリ……クロが心のなかで復唱すると、ヒジリと名乗った男が目で訊いてきた。

 クロはぺろりと舌を出すと、事も無げにいい放った。


「教えてあーげない!」


 そういって踵を返すと、身の丈以上もある壁をひらりと超えてその向こうへ姿を消す。

 クロは屋敷の壁を乗り越えると、早々に樹から飛び降りた。地面に足をつけた瞬間、手近な茂みの中へ飛び込み、薄闇に紛れてトリ族の里を出る。

 目的は果たせなかったが、気晴らしはできた。

 ネコの里に戻ったら、シロに面白い男がいたと土産話をしてあげよう。

 それはほんの少しの油断だった。

 目の端を黒い影がよぎる。

 とっさに身をよじって躱せたのは、クロの超人的な身のこなしのなせる業だった。

 完全に避けたと思ったはずなのに、お腹の辺りの布が浅く裂ける。

 刀で切りつけてきたのかと思ったら、そうではなかった。意趣返しのつもりだろうか。クロはチッと舌打ちした。


「あんたもなんか隠してんの?」

「さあ、どうだろうな?」


 地上に降り立った男の足元が不自然に(えぐ)れている。最小限の動きでクロへと向き直った男が不適に笑った。

 避けたと思ったヒジリの蹴りがクロの服を裂いたのだ。この場合、靴の先になにか仕込んでいると考えたほうが自然である。

 クロはじり、と後退った。

 幸い、ここはもう森のなか。樹木の生み出す濃い闇が、クロの姿を隠してくれるだろう。

 クロは身を翻すと、一目散に駆けた。身を低くして音も立てずに全力で走る。

 ある程度、トリ族の里から離れれば、ヒジリとかいう男ももう追ってはこないだろう。

 逃げ切る自信はあったのだけど……。

 クロは髭に違和を感じ、直感のまま右に跳んだ。直後、クロのいた場所にカカカッと羽が突き刺さる。見た目は柔らかそうなのに、その羽軸(うじく)は硬そうだ。

 ヒジリはどうやら飛び道具まで持っているらしい。

 クロは逃げる速度は落とさず、後ろに向かって叫んだ。


「もー! あんたしつこい!」

「お前が大人しくしないのがいけないんだろう!」

「捕まるとわかってて、大人しくするヒトなんかいるわけないでしょ!」

「違いない」


 声は耳のすぐ後ろで聞こえた。

 えっ、と思う間もなく抱きつかれる。


「いい加減、神妙に――」


 そういったヒジリの声が途絶えた。

 むにゅっとした感触がヒジリの手に伝わる。確かめるように何度か揉んだ。


「お前――」


 さてここで、トリ族についての講釈に、しばしお付き合い願いたい。

 トリ族は分業がきっちりしていて、外で働くのは男、家を守るのが女、と昔から決まっている。

 子供が無事に巣立ったあとも、ひとりで食っていけるようになるまで、男がしっかり働いて、面倒を見る。トリ族の男は甲斐甲斐しかった。

 妻は一人と決めたら浮気はしないし、家族のために身を粉にして働く。

 育児の終わった女たちは次の子を身ごもるまで、家をしっかり守りつつ、ふらっと出かけては遊楽に耽る。育児のあいだ、家にこもりっ放しになるから、憂さ晴らしをしたいんだろう。とはいえ、女たちが里から出ることは、まずない。


 そんなものだから、ヒジリは自分たちの習慣に当てはめ、里を出て、こんなところまでやってきたクロのことを男だと思っていた。

 クロの体型もよくなかった。

 スイカやメロンとまでいかずとも、服の上からわかるくらい、もう少し膨らみがあればこんな間違いは起きなかった。

 理解の及んだヒジリが声を張った。


「女か!」

「――っこの、ヘンタイ!!」


 涙目になりながら、クロはにょきっと爪を伸ばすと、ヒジリの顔を思いっきり引っ掻いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ