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第三節 足がかり 1話目

 朝食を済ませたその足で市場へと向かう。人だかりの中をはぐれないように進みながら、俺はひとまずラストの衣服を見繕うために衣料品店を探すことに。


「すっげー、あの人超美人の奴隷連れてるぜ?」

「どこかの貴族かな? それにしても前を歩く男には何のオーラも感じないけど」

「羽虫風情が、言わせておけば……!」

『落ち着けラスト。馬鹿共が何か喚いているとでも思っていればいい』

その気になれば町一つくらい簡単に壊滅できるような存在が、この程度の言葉にむきになることはない。

「しかし……」


 この言葉の後に、ラストが言いたいことも分かる。前作、つまり百年前のベヨシュタットではそもそも表立った奴隷制度など無かった。故にボロボロの服装の人間を見たとして、同情して何かの施しをすることはあれど、平然と奴隷扱いすることは無かったはずだが。


『無視していろ……ん?』


 ラストに無視するように支持した直後に、無視できないような存在が前を阻む。


「おい、見れば本当に質の良い奴隷連れてんじゃねぇか」

「確かにな。譲って欲しいくらいだよな、俺達に!」


 見るからに柄の悪い大男二人が、行く先をその大きな体躯で防いでいる。


「チッ……」


 一昔前のベヨシュタット領地内でこんなマナーの悪いゴミ屑なんて見たことが無かった筈だが、いったいどうなっているんだ? 今が何代目かは知らないが、剣王は何をしているんだ。


「まったく、この国も堕ちたものだな……」

「何をブツブツ呟いていやがる。さっさとその奴隷を置いて失せろっつーの!」


 男がそう言って俺の襟首を掴もうとしたその瞬間――


「抜刀法・壱式――」


 ――居合いあい


 男の手首は宙を舞い、辺りには動揺が走る。


「うわぁあああああいてぇえええええ!!」

「兄貴!? くそったれ! 何をしやがる!!」

『何をしやがるはこっちの台詞だ。随分と舐めたマネをしやがって』


 ラストに落ち着けといった矢先にまさか自分の方が先に激情に突き動かされるとは、我ながらなんともみっともない。

 しかしそれほどまでの舐めきった態度をこの男は取ったのだ。この場で斬り捨てられたとしても何も文句を言わせるつもりは無い。


「てめえ、覚悟はできてるんだろうなぁ!?」

『それもこっちの台詞だ』


 野良での決闘、これも本来ベヨシュタットでは禁止されていた行為。しかし今周りに集まっているのはそれを物珍しさに見る野次馬や衆愚のみ。

 ――本当に、この国はどこまで堕ちたのやら。


『……まあいい。さっさとかかってこい』

「上等だ! やってやろうじゃねぇか!!」


 二人の男の内、先程手首を吹き飛ばした方は片手でも持てる粗末な短刀を握りしめ、もう片方は曲刀を握ってこちらに向けて敵意を高めている。


「俺の手首を、ぶっ殺してやらぁ!!」

「うらぁあああああああああっ!!」

「抜刀法・弐式――」


 ――双絶空そうぜっくうッ!!


「アバッ!?」

「げっ!」


 飛び道具技である絶空を二発、それぞれ男をひと太刀で胴体を真っ二つにしてその場に転がしている。


『馬鹿が……喧嘩を売る相手を間違えたな』


 静かに納刀をし、死体を一瞥して背を向けていると、全く予想していなかったところから声をかけられる。


「そりゃおめえさんの方だぜぇ?」

「ん……? 『どういう意味だ』」


 流石に殺傷沙汰になるとは思っていなかったのか、さっきまで集まっていた野次馬が皆一同にして無関係を装っている最中、その人波の間から一人の男が気軽に声をかけてくる。


『……誰だお前は』

「ちょっとお節介焼きなおじさん、ってところかな」


 年は俺よりも一回り上なのだろう、あごひげを生やしてはいるが雰囲気や言動に年相応なものを感じ取ることができず、かといって今斬り伏せた相手よりは技量も度量もあるように感じる。


「俺の名はボリス・カルマン。気軽にボリスと呼んでくれ」


 服装からして旅人というよりは、この近辺を警備して回ってる憲兵ガードマンといったところであろうか。金属のプレートの鎧に身を包み、背中にはレアリティレベル40程度の直剣ブロードソードを背負っている。


「……ちょっと、自己紹介くらいしてくれたって良いじゃない」

『知らぬ人間に名乗る名前はなど無い』

「またまたー、お堅いことを」


 この状況で自ら名前を名乗る方がおかしな話だ。市場のど真ん中でいきなり殺傷沙汰など、普通の憲兵なら捕まえに来たに違いないからな。

 警戒する俺とは対照的に、ボリスと名乗る男の方はというとよりフレンドリーになろうと、苦笑を浮かべて更に距離を近づけてくる。


「まっ、いいけどさ。その方が賢明っちゃ賢明だからな」

『一体何が言いたい』

「端的に言うと、あんたが今斬り殺したこの二人、ここの港を取り仕切っている子爵様と繋がっているってこった」


 ボリスはそう言ってご愁傷様といわんばかりに笑うが、笑いたくなるのはこちらの方だった。


『この程度の人間を手元に置いている子爵など、たかが知れている』

「おーおー、怖いもの知らずだな。これから先、背後には気をつけた方が良いかもだぜ?」


 そう言ってボリスは特段俺達を捕まえようともせずに、まるで何事も無かったかのように他の憲兵が持ってきた麻袋に死体だけを回収して、その場を去って行く。


「……主様、私のせいで――」

『気にするな。衣服を買いに戻るぞ』


 恐らくは刺客でも放ってくるのだろうが、都合が良い。



 ――逆手にとって弱みを握り、今のベヨシュタットの中心部へと潜り込んでみるのも一興かもな。

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