第五節 駆け引きと取り引きと線引きと 4話目
「はぁぁ……やっぱりお店を持つっていいなぁ……」
街の広場に休憩所として用意されたベンチに腰を下ろすマルタの姿は、まるで恋する乙女のよう。なお、相手は人間ではなくお店である。
「私も早く持てるように、いっぱい稼がないと――」
『店が欲しいって言ったか?』
「うわわっ!?」
後ろから覗き込むようにしてマルタに声をかけてみると、思ったより以上に驚かせてしまったようだ。
ベンチからずり落ちた腰をさすりながら座り直すマルタの隣に座りつつ、俺は改めて以前消滅したこちらの支援で店を出す話を再度切り出してみる。
「え、えぇーと、ほんっとうに嬉しい話なんですけど、以前も言った通りおばあ様と約束したんです」
『一体どんな約束なんだ?』
俺の問いにマルタは同じくベンチに置いていた商売道具の数々の方を見やりながら、約束について語り始める。
「最初の遠出の際に持たされた物資を全て売り切ること。つまりこのリュックが空になった時が、私が一人前の承認として認めて貰えた証拠になるんです」
『成る程な……』
だとすればあのリュックの中身を買い占めることさえできれば何とかなるわけだが……問題は前回のような異民族の衣装のような高額商品がどれだけ紛れ込んでいるかが問題となる。
「流石のシロさんもそこまでして行商人を引き入れようとはしないだろうし……」
「おやおや、ボクの力が必要ですか?」
力というより財力といった方が正しいだろう。しかし建物の件とは違って、これはどちらかといえば俺の個人的な目的を達成するために引き入れることに重きを置いている。確かにギルドお抱えの商人がいた方が良いには良いが、その為にシロさんの資金まで出して貰うことは――
「いいですよ。では早速ですが、ここではなんですからギルドの建物の方で見せていただきましょうか」
「えぇっ!? でっ、ででででも! 中には高額商品が――」
「そうですね。比較的安価な消耗品などは言い値で買いますが、そちらの方は色々と交渉を重ねてお互い納得のいく値段で売買をしませんか?」
「なるほど……分かりました! 受けて立ちましょう!」
「受けて立つってなんだよ……」
おお、なんだかよく分からないが金融業界の人間として行商人と取引をする気が湧いてる感じか? めちゃくちゃ交渉重ねて値切ってやろうという気概しか見えないんだが。
それにマルタの方も俺と売り買いをした時とは違う、商売人として後が騒いでいるのか表情が活き活きとしている。
「……なんか、とんでもないことになりそうだな」
◆ ◆ ◆
場所は移ってギルドのアジト内の客室にて、一面に広げられた商品の数々を眺めながら、俺はラストと一緒にソファに座って二人の売買交渉を遠巻きに眺めていた。
「こちらの商品は質も良いことは確かですが、保存状態があまりよろしくない。見習いの貴方はご存じないでしょうが、これはこちらの商品に包んでおかなければ劣化が早まってしまいます。よって提示した価格より割り引いたこちらの価格で買い取ります」
「お客様からのご鞭撻、痛み入ります。そちらに関しては提示価格でお売りいたしますが、こちらの付呪された指輪に関しては一切使用もされていない代物であり、付呪師としても高名なマーロン=バートン卿の一品ですので一切値引きすることはで来ません」
言っていることが寸分たりとも分からない。ぶっちゃけここは二人に任せておくべきだったか。
いや、マルタの最後の説得の時には俺も加勢をして確実にギルドに引き入れるようにしなければ。それにシロさんが折角交渉してくれているのに放置も失礼だし。
「……退屈だ」
「でしたら主様、一旦別の部屋に場所を移して、私で暇を潰すというのはどうでしょう?」
『どうでしょう――って、提示内容がおかしくないかラスト。それ本気で言っているのか?』
キョトンとしても無駄だぞ、っていうかキョトンとする方がおかしいだろ普通そこは「冗談ですよ」って笑って誤魔化すところじゃないのか? それとも俺がおかしいのか? 変なところで色欲担当アピールしなくて良いからな?
「――なるほど、貴方の言い分も分かりました。でしたらこちらとこちらの装備セットという形でこの値段でどうでしょう?」
「むむむ……分かりました! 取引成立です! 後は――」
「――うん?」
ある程度商談が纏まったところで、俺の目にとまったのは一振りの刀だった。
『なんだ、それは?』
「えっ? これですか?」
シロさんが次に取引するものを決めている間、マルタは質問に答えるべく俺が指を指した刀を持って近くまで歩み寄ってくる。
「これは……私もよく分からないんですよね。多分おばあ様からはこういうなまくら刀でも売ることができるようにって意味だと思うんですけど」
『因みにいくらだ?』
なまくらならばそこまで大した金額にもならないだろう。
「えぇーと、確かおばあ様がいうからには、一、十、百、千――」
……おいおいおいちょっと待てちょっと待て。一体何回指を折るつもりだ?
「……ざっとこれくらいです!」
「……払えるかぁ!!」
家何軒建てられる金額だと思っているんだよ!? そんななまくら刀にそれだけの価値を見いだせる奴なんているのか!? いたとしたらどれだけそいつは金持ちのボンクラ野郎なんだよって話だ!
「まさかこの小娘、最初から主様を嵌めるために……! 主様がハメるのは私だけということを、その身をもって――」
『ひ、ひとまず落ち着けラスト。それと、お前のいうハメるの意味が違う気がする』
「ふーむ、困りましたね……」
俺のツッコミが注意を引いたのか、それまで別の商品を手に取っていたシロさんが、マルタが手に持っているなまくら刀を手に持って、その刀身を鞘から抜きだしてジッと見つめる。
「……これは、見るからになまくらとしか言い様がありませんが……引っかかりますね……」
前作では武器にこだわるあまり自作武器にも手を出していただけのことはあるのか、シロさんの目は疑いようがない。しかし当の本人はというと、ただそれだけに高値をふっかけているというのは引っかかりを覚えるらしい。
『どういう意味です?』
「いえ、たまにあるんです。高額のなまくらだと思われたものがいざ錬成した結果、とんでもない高レア装備に成り代わるってことが」
『つまりこれがその可能性があると?』
「ええ、まあ……大抵はその通りのなまくらが多いですが」
つまりこれは一種の賭けに近いのだという。シロさんは先に錬成してから買い取るかを考えたいと言ってみたが、マルタはあくまで今の状態で売ることが商人としてのプライドらしい。
「そちらの手で錬成するのでしたら、買い取ってください!」
「どうしたものでしょう……確率は小数点以下と思っていた方が精神衛生上いいと思いますけど」
『しかしこれも買い取らないと、全部売れたことにはならないだろうし……』
一旦二人には他の商品の売買を再開して貰い、俺はその間に長考に長考を重ねた。
「主様……」
『……ラストはどう思う?』
自分一人で考えるのにも限界があると、俺はふとラストに聞いてみる。
「私は……そうですね……」
ラストもまた自分のように深く考え、そしてしばらく黙った後に、こう言った。
「……私は昔、何もせずにジッとした結果、長い年月の間後悔を重ね続けたということがありました。もしあの時、勇気を持っていたらって、今でも思う時があるんです」
「…………」
いつもとは違う、妙に神妙な面持ちに俺も静かに耳を傾け、その目をしっかりと見つめ返す。
そして一つ気になることが。彼女の言っている、“あの時”とはいつのことなのだろうかと。俺と出会ってからのことなのか、それとも前のことなのか。いずれにしても俺には心当たりがなく、その言葉は言葉以上に意味深長に聞こえる。
「…………」
「ですから、こういう時は、私はいつもやってから後悔するようにしてます」
『……よし、分かった。買おう』
ラストがそう言うのであれば、それが正しいのだろう。俺はソファから立ち上がって、なまくら刀を手にとって改めてマルタにこう言った。
『これを買う。お前の言い値でな』
やらずに後悔するよりは、やって後悔した方が良い。ラストの考えに、今回は乗らせて貰おう。




