第五節 駆け引きと取り引きと線引きと 1話目
この世界において、俺が知っている有用な行商人は今のところ一人しか思いつかない。
「問題はそいつが今どこにいるかということだが……」
今更であるが、行商ルートまで聞いておくべきだったと後悔している。しかし首都ベヨシュタットで別れてからこれだけの日付で余所の国まで出られるとは思えない。
「マルタが次に向かいそうな場所を推理しなければ……」
「マルタ、と言いますと……?」
村の地主からエルフ族の住む森の買収を終えて、翌日には仕上がるであろう建築中の家の前で考え事をしていると、隣に立っていたラストが俺の悩みに首を突っ込んでくる。
『例の行商人だ。あの何かと問題ごとに巻き込まれている――』
「ああ……あの小娘ですね。それがどうされたのですか?」
ラストは少々むっとした表情をしているが、俺が目的としているのはあくまで奴の行商能力だ。できることならば首都とガレリアの間を集中的に行商してくれるようになるならば最高だが、恐らくあの様子だと集中的に同じ場所を行き来するような行商スタイルとは思えない。
「半分旅人みたいな動きをしているような奴を、そう簡単に捕まえられるとは思えないしな……」
「主様」
「ひとまず首都から馬で一週間圏内を目安に探した方が良いかもな。徒歩だと丁度それくらいの移動距離を既に歩いていてもおかしくはないだろうし」
「あの、主様」
「いや、流石に考えすぎか。道中も行商をしているとなると範囲は少し狭くなってもおかしくはな――」
「主様!!」
「何だラスト! 何度も呼んで、って――」
ラストに急かされるがままに後ろを振り返ると、そこにはとぼとぼと重い荷物を背負って歩く一人の行商人の姿が。
「……マジかよ」
思わず素で驚きの声をあげてしまったが、それほどまでに俺はこの状況に唖然としていた。まさに狙ってきたかのように姿を現わす行商人に一時はあっけにとられたが、これが最大のチャンスだと俺はその行商人のもとに駆け寄る。
『久しぶりだな、マルタ』
「あ! 黒侍さん! お久しぶりです!」
相変わらず大きな荷物を背負ったままどこへ行くのやら、と思いながら俺はマルタと再会の挨拶を交わす。
『首都から今度はどこに行くつもりだ?』
「それがですね! 最近ベヨシュタットの領地になったって噂のレリアンに向かおうかと思っていまして! 戦後間もない時期ならば、物資も飛ぶように売れるかと思いまして!」
それはまた随分と火事場的な商売法だな、と口からはでなかったが内心そう思ってしまう。
「黒侍さんはこんなところで何をしているのです?」
『この辺に家を建築中ってところだ』
「ということは、黒侍さんはここに住むことになるってことですね!」
『そういうことだ』
ひとまずレリアンに向かうということを知った俺は、そこで足止めが出来ないかと考えを巡らせる。そしてあわよくば首都とレリアンの往来だけをするように方針を変えさせることさえできれば、彼女を見失う可能性が非常に低くなり、首都に行くまでもなく行商を通して物資の恩恵を受けることもできるようになる筈。
『レリアンに向かうって言ってたよな?』
「はい! どうしました?」
『いや、丁度俺も用事があるからな。道中護衛をしてやろうと思ってな』
「本当ですか!? ありがとうございます! いやー、ベヨシュタット首都近辺は安全なのですが、そこから離れると少しずつ治安が……」
本当ならその辺も百年前に一度整備しきった筈なんだけどなー。ほんっと今の剣王は使えない無能ぶりが半端ないわ。
そう思えば思う程溜息が深くなってゆき、マルタからは何か気に触ることを言ったかと不安がられてしまった。
「えっと、その、ベヨシュタット自体は悪い国では無いんですよ! ただ――」
『いや、いい。分かっている。俺もそれで溜息をついただけだ』
ひとまず道中を一緒にしながら、改めてマルタが行商についてどういうスタンスを取っているのか、そこから推測しつつ方針を練っていこう。
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