第二節 新たな戦術魔物 6話目
「ほらほらほらァ! さっきまでの余裕はどうしたのかしらァ!?」
「ぐ、が、ぎっ、このっ、七つの大罪でありながら人間の下僕に下っておいて、なぜそんな強さを……!」
相手が戦いの場を狭めたことを逆手にとって、得意の【刺突心崩塵】をばら撒いての範囲攻撃。本来であればジェラス側が行う筈であったであろうされたら嫌な行動を、ラストは狂喜に満ちた表情を浮かべて行っている。
「流石はあのビッチの妹、私の毒にも少しは耐えられるみたいね。結構なことだわ」
その光景はもはや嬲り殺しに近かった。反撃は全て【空間歪曲】の的確な発動で完封し、逆に相手の防御魔法は猛毒という状態異常を前に意味をなしていない。
『……改めて思う。よく俺達二人だけであれを御しきれたな』
「ええ、やはり七つの大罪は今作においても別格と言わざるを得ません。それだけに、ラースが行方不明になっているのが痛手ですが」
後方腕組彼氏面――という訳ではないが、こうなった以上手持ち無沙汰になった俺は腕を組んでそれを見守ることしかできない。
『さて、どうする? このままラストに倒させてもいいかもしれないが――』
「せっかくの七つの大罪級の戦術魔物、ボク個人としては手元に置いておきたいですね」
『だよなー……おーい、ラスト』
「ウフフフフ、アハハハハッ! って、遊んでいる場合じゃなかったわ……いかがされました、主様?」
悠々と振り向いて敵に背を向けているラストだが、その背中に飛んでくる魔法は全て【空間歪曲】によって防がれている。
「くっ、どうして、届かない……!」
『あー、ボコボコにするのはいいが、シロさんが身柄を預かりたいんだと』
「なぜです? こんなに危険な存在だというのに」
平然と攻撃全部完封している身で言われましても……。
『とにかく、だいぶ弱っているから後はこっちに任せてくれということだ』
「私の意見としては始末しておくべきだと思いますが……主様がそう言うのでしたら」
そうしてラストと交代するようにシロさんが前に出ると、ジェラスも一矢報いる機会と思ったのか、全力の炎のつぶてをシロさんに浴びせる。
「私の嫉妬の炎は全てを焼き尽くす! その一片たりとも残さぬように!」
「なるほど、永続スリップダメージですか。中々良いスキルです。ですがそれも当たらなければ意味がありません」
つぶての間をするすると抜け、どうしても避けられない分は使い捨てるつもりの盾で受ける。そして延焼が広がる前に盾を捨て、更に身軽になったシロさんは、再び直剣の先をジェラスの喉元に突きつける。
「この次は容赦なく喉を掻き切ります。そしてこれが最初で最後の質問です。ボクの下につきなさい」
「くっ……この程度の芸当で私を従えようなどとは――」
「そうですか。ではさようなら――」
一片の表情も変えることなく、シロさんは直剣を突きだそうとした。そこに一切の躊躇もないところから流石のジェラスも恐れをなしたのか、慌てた様子で降参の意を示す。
「ま、待ってください! 参りました! 降参します!」
それまで燃え盛っていた炎を一瞬で鎮火させ、両手を挙げる様子に今度こそ負けを認めたのだと思ったシロさんが剣をひいたその瞬間――
「っ、燃えなさ――いぎゃぁっ!?」
「あーあ、俺ほどではないとはいえ、あの人も抜剣スピードは速い方だってのに」
炎を放とうとした右手は派手に斬り飛ばされ、再びシロさんはジェラスの喉元に剣を突きつける。
「今、何かしましたか?」
「ひぃっ!」
先ほどと同じ状況。しかしジェラスの片方の手首からは血がとめどなく流れている。
「いえ、何もしていないのならいいのですよ。おや、こんなところに手が落ちてますね。落とし物ですか?」
――あー、始まったか。あの人の悪い癖。
「そ、それは……」
「貴方のものではない? そうですか。ではこの手は必要ありませんね」
そう言ってステータスボードから松明を取り出したシロさんは、本人目の前で斬り飛ばした腕を焼き始める。
「な、なんて酷いことを!」
「酷い? 悪いのはこの手でしょう? だったら罰を与えないと」
相変わらずこの人は表情一つ変えずに唐突なドS行動に走り出すよな。味方に向けられることはあまりないが、向けられた敵には同情せざるを得ない。
丸焦げになった手を足踏みして火消しをしながら、シロさんは同じ質問を再度、ジェラスにぶつける。
「さて、色々と話がそれてしまいましたね。改めて聞きましょうか。ボクの下につくのか、つかないのか」
「つ、つきます! つかせていただきます! なんならこの場で靴も舐めます! 舐めさせていただきます!」
いや、まじで靴を舐めさせるとかどういう癖だよ。そしてそれをにこやかな表情のままやらせっぱなしで放置するなよ。
「さて、これでジェラスはボクの戦術魔物になりましたね」
「主様はどうしてこのような男と組んでいるのでしょうか……」
『正直俺自身も不思議だよ……』
ひとまずこのままシロさんに預けておいて――いや、問題があるか。この性格だと単独になった際に裏切りのことも考えておかないと。万全な状態を相手にシロさん一人でやりあえるとは限らないだろうし。
『……単独だと問題を起こしそうだし、やっぱりギルドで預かる形の方が――』
「いえ、ボクの方で預かりましょう」
「ですよねー、って……は?」
思わず素でボケてしまったが、一体何をもってしてこの問題児を預かろうというのか。
『あのー、シロさん? こう言ってはアレですけど、ラストのように素直ならまだしも、いまだ腹に一物据えていそうなこいつをどうやって従えるつもりなんです?』
「それはこの道具を使えば解決する話です」
『……なんですか、その怪しい首輪は』
どう見てもまともな人間につけるものというより、奴隷とかそういう言葉がついてくるような危ない首輪を、シロさんはステータスボードから呼び出して手に持っている。
「これですか? これは最近ダンジョンに潜った時に手に入れた代物で、その名も鎮定の首輪と言います」
『鎮定の首輪……?』
説明によるとこの首輪をつけられた者が何かしらの反乱を起こそうとした時に、締め付けるようにして苦しめる首輪のようである。
「最悪窒息死まで追い込めるので、このように呼吸をする生き物ならば殆ど従えることができます。……本当はラースに使いたかったんですけどね」
『しかしそんな代物、中々珍しいんじゃないか?』
「ええ。ですが、まあ七つの大罪クラスを御しきれるなら使用もやぶさかではありませんよ」
本人が納得しているならいいが……当然つけられる方は納得しないわな。
「ちょ、ちょちょちょちょっとお待ちを! 私裏切ったりなどとは――」
「おや? 裏切ったりしないのであれば別にこの首輪はただの首輪ですよ?」
明らかに焦っているところから、やはりどこかのタイミングで裏切ろうとしていたようだが、この様子だとジェラスに対するドS行為は今後も継続されるようだ。
「で、ですからそのようなものをつけなくとも――」
「何を言っているのです、つけないと戦術魔物として正式に従えることができないじゃないですか」
「おやめください、ご慈悲を、ご慈悲を――」
「これでよし、と」
問答無用でつける辺り容赦ないなこの人。ラースと違ってこき使われるのが目に見えるぞこの調子だと。
『……ひとまず片付いたようだな』
後は酒場に戻って結果を報告で終わりか。ここまで苦労したのだから、報酬は契約時点よりたんまりと貰わなければ。
それと……一応仲間が増えたってことで良いのか?
「さて、これからキッチリと働いて貰いましょうか」
「ひ、ひぇえ~! お助けくださいましー!」
「駄目だ。主様に手を出した報いを受けるがいい」
『まったく、今回ばかりは同情せざるを得ないだろうな……』




