第二節 新たな戦術魔物 5話目 Keep in Jealousy
『――ジェラス、だと?』
「聞いたこともない名前ですね」
俺はこの場で唯一目の前のシスター服の女を知っていそうなラストの方に顔を向ける。するとラストは普段とは違う敵意が漏れ出したような顔つきで、目の前の敵について語り始める。
「百年前、主様が戦ったエンヴィーの妹……それがジェラスの正体です」
『……成る程な』
まさか嫉妬と嫉妬で姉妹だったとは、驚きだな。
それにしても……前作でエンヴィーと接触した時は全くそのような雰囲気すら匂わせる事が無かったが、まさか後付けで設定が加わったのか?
「いずれにしても七つの大罪に準ずるような力を持っていると考えて問題なさそうですね。後はどうやって片をつけるかですが」
『そうだな』
妹だろうが姉だろうが嫉妬担当はそこまで戦闘に特化していないことは前作から推測できる。だとすればシロさんの手を借りずとも俺一人で充分。
そうして俺が刀をゆっくり引き抜いていると、何を考えているのかジェラスは無防備に歩き出し、そして俺の目の前まで近づいてくる。
「ッ!?」
「ご安心を。私は試してみたかっただけなのです」
相手の考えも読めぬまま硬直してしまった俺に対し、ジェラスは笑みを浮かべたまま両手を伸ばして俺の首に巻き付くように抱きつこうとしてくる。
「なっ――」
「そう警戒せずとも、触れた感触から私が敵対心を持っておらぬことをご存じの筈……」
艶めかしくも妖しげな、この心を乱すような仕草はまさに昔一度だけ受けた魅了の感覚に似ている。
何もしないまま棒立ちの俺の身体を、まるで値踏みするかのように触れていくジェラス。そしてそれを傍目に見て苛立つ者が一人。
「主様に……主様に汚らわしい手で触れるなッ!!」
「あら? その割には主様とやらはまんざらでもない様子だけど?」
「主様! そいつの魅了に騙されてはなりません!」
そうはいってももう少しだけ様子見をしても問題は無いかのように思える。事実身体を触れられているだけでダメージも何も無いし、いざという時に割り込んでくれる筈のシロさんも何も反応無しということは、この行為自体には何も意味が無いようにしか思えない。
しかしラストはまさに嫉妬の炎に燃えているというべきか、いつも以上に取り乱した様子でどうするべきかと戸惑っている。
「どうしましょう……主様が……! こうなったら力尽くで……!」
ラストが強攻策にでようとしたその瞬間、むしろそれを待っていたといわんばかりにジェラスはラストの方を向いて挑発的な笑みを浮かべ、そして金色の目に赤い輝きをともし始める。
「そうよ……そのまま内に秘めた怒りのままにかかってきなさい。そうすれば――」
『……成る程な』
「ッ!? しまった――」
ようやく相手の動きが読めた俺が取った行動は、ジェラスを斬り捨てることではなく振り払い、真っ先にラストの元へと向かい、そして力強く抱きしめることだった。
「あっ、えぇっ!? あ、主様……?」
一瞬にして顔を真っ赤にするラスト――というか、普段からそれくらい恥じらいとか会った方が可愛いと思うんだが……まあいい。
『これで嫉妬心は晴れたか? ラスト』
しかし随分と回りくどいやり方だと、俺はラストをしっかりと抱き寄せながら呆然とするジェラスの方をむき直す。
『【嫉妬の炎】……それがお前の狙いか?』
「くっ……何故私の魅了が効かない!?」
それはタイラントコートを着ているからとしか言い様がない。全属性耐性が最高クラスのこの防具を着ている限り、あらゆる状態異常や属性攻撃が俺に届くことはない。
『対象者にとって最も琴線に触れる人物を虜にして、嫉妬の炎で自滅させる……エンヴィーよりも回りくどい女だ』
「ちっ……こうなったら実力で――」
「そうはさせませんよ」
動こうとしたジェラスの喉元に、シロさんの直剣が突きつけられる。
「少しでも動こうものなら首を刎ねます。ちなみにこの直剣は聖属性を纏っていますので、悪魔の貴方にとってはとても効果があるものでしょうね」
「おのれ……貴方とて自分ではなくあの男だけが寵愛を受けていることに嫉妬していたはずなのに……!」
その言葉に、俺とシロさんはほぼ同時に首をかしげた。
「嫉妬……? はて?」
『あー……悪いがその人、物品のレアリティとか数値とかにしかときめかないぞ』
「おやおや、そんな言い方はないでしょうジョージさん」
いや事実そんな感じでしょうに。とまあ冗談はさておき、あの人が着ているセイクリッドコートも最低限の属性耐性はついている。ラストレベルならともかく、普通の魅了程度なら無効化されてもおかしくはない。
「ではジェラスについて、どうしましょうか?」
『そうだな……ラストは少なくとも気に入らないだろうし――って何をやっている?』
「はぁああああん……主様からギュッて抱きしめて貰えるなんてぇ……」
あ、駄目だこりゃ。完全に意識が別方向に向いていらっしゃる。
『……ひとまずラストは俺の方で何とかできそうだから、どうせならジェラスをシロさんの戦術魔物として配下に加えてたらどうです?』
ラースもいない今、戦局を大きく変えることができる戦術魔物として手駒にいても問題無いだろう。
そう思って戦闘状態を解除しようとしたが――
「ったく、黙っていれば貴方達、もう私を手駒にしたつもりかしら……?」
「っ!?」
直剣を突きつけ有利をとっていたはずのシロさんが距離をとるとほぼ同時に、ジェラスの全身が炎に包まれる。
「ちょっとばかり遊んでからラスト諸共始末しようと思ったりしたけど、面倒くさいから時短でやらせてもらうわ……」
炎を晴らして姿を現したのは、先ほどと同じ姿でありながらも、その身にまとう雰囲気と顔つきは七つの大罪に劣らない緊張感をもたらしている。
「改めまして、七つの大罪に連なる者であり、嫉妬を司る次女、ジェラスと申します。手短ではありますが、早々に死んでくださいませ……」
日本妖怪の絵巻物にも書かれることがある人魂に似た炎。それらがジェラスの周りをいくつも飛び交い、そしてあらゆるものに火をつけ始める。
「まずは逃げられないよう……」
「おやおや、退路を断たれましたか」
シロさんは悠長に言っているが、事実として離脱の道はすべて炎の壁で防がれ、周りぐるりと炎の輪に包まれている。
それも徐々に狭まっているようにも見えるところから、この戦闘は時間制限がついているようだ。
「それではじっくりと、ミディアムレアになるまで、嫉妬の炎で燃えていただきましょうか」
「おお、怖い怖い」
『実際どうするんだよシロさん。わざわざ自分を含めて退路を断つあたり、戦闘に自信があるようだが。それに時間制限もついている』
「ええ。まずはそちらをどうにかした方がいいでしょうね」
『それじゃあ俺がまず――』
「ここは私にお任せを、主様」
まずは周りの炎をどう処理しようかとシロさんと考えていたところを、間に割って入ったのはラストだった。
「この私が、あの小娘を躾けて差し上げますわ」
「あらあら、誰が一番手で来るかと思えば、姉さんのお知り合いのおばさまではありま――がっ!?」
それまでになかったような冷酷な表情で、ラストは最初の一撃で毒針をジェラスの喉笛に向かって飛ばす。
「まずはその無礼な口を黙らせるところから始めましょうか――」
ここ最近立て続けにおばさん呼ばわりされているのが効いているのか、今の表情をしたラストに俺は勝てる気がしない。
『……ここは』
「ええ、彼女に任せるとしましょう」
俺もシロさんも、その迫力にまずは見に回ることとなった。