第一節 メンター 3話目
「ここからガレリアともなれば、相当に遠いわけだが……」
それにしてもレベル1を三人も引き連れての長旅なんて、初めての経験だ。
これまでも護衛クエストは何度か受けたことがあるが、それでも最低レベルは10、しかも護衛対象はたった一人だけだったからその一人だけを注意していれば問題なく事は済ませられた。しかしレベル1を、しかも三人も引き連れて始まりの草原からレリアンの街までの長旅となると、それ相応に注意を払わなければならない。
いっそのこと【転送】を試みようとしたが、ユズハ曰く「折角だから冒険したい!」と駄々をこねるばかりだったので、こうして徒歩でわざわざ向かっている。
『面倒なことになってきたな……』
本来の始まりの草原から続く野道を無視して近く林を横断するべく、俺は三人を引き連れて林道を歩いている。一番先頭を俺、そして列の最後にラストが立つことで前後の護衛をこなしている。
一応ダメ押しで威嚇スキルも駆使しているが、これでどうにかなるだろうか。
「……私達、どうなっちゃうんだろうね」
「知らねーよ。それに、このおっさんについて行く以外に道はなさそうだろ?」
「こらユズハ! 助けてくれる人に対してさっきから文句ばっかり!」
「まだ助けてくれるとは限らねーし、それこそ院長みたいに裏切るかもしれねぇしよ!」
レベル1とはいえ後ろでブンブンと拳を素振りされては、こちらとしても気が散るわけだが。
『……さて、これから先に進むにあたって、一つ約束して欲しいことがある』
「ななな、何でしょうか!?」
出会った時から薄々と感じているが、アリサは俺の言葉に対して異様なまでに過剰な反応をしている。確かにいきなり俺を信じろといっても無理があるが、ここまで警戒心をもたれてしまうと俺としてもあまり気分は良くない。
『そんなに気を張る必要は無い。ただ一つだけ、ここから先は俺の指示に従って欲しいだけだ』
「けっ、なんでおっさんの指示に従う必要がある?」
アラサーはもうおっさんなのか? いやもうおっさんか。もうそれでいいや。
『従わなかったら死ぬ。それだけだ』
我ながら少しばかりぶっきらぼうすぎる言い方のような気がするが、このくらい脅しつけるくらいは言っておいた方が良いだろう。
事実として既に彼女達は、本来のレベル1が通る道を外れてしまっている。仮に彼女達が俺やシステマが意図せずにここを通ったとなれば、何度も死亡を繰り替えしているという結果は間違ってはいない。
『……よし。今日はここで野宿だ』
「ここって……森のど真ん中じゃないですか」
『森だからこそだ。日が暮れ始めたら一気に日の光は届かなくなる。それに無理して夜に動き回る必要は無い』
ここら辺はクマもでるし、運が悪ければゴブリンの集団に鉢合わせる可能性もある。ゴブリンは知性が高く、俺のような高レベル者がいると察すると逆に避けていく傾向にある。だが一旦弱者がいると理解した奴等の獰猛さは……かなり恐ろしいものだ。
『それに夜にもなれば野盗も出てくる。既に相当歩いているだろうから、今日は大人しく休め』
そうして俺は手早く薪を拾い集めて火をつけると、簡易的なキャンプを展開してラストと共に仮眠につくこととなった――
◆ ◆ ◆
「――おい、起きろ!」
「うぅん、どうしたのぉ?」
「しぃー! 静かに起きろアリサ! ウタ!」
焚き火の火はごうごうと音を立てて燃えているが、肝心の火の番人は腰元に刀を挿げたまま、ぐっすりと眠りについている様子。そんな夜遅くになって、ユズハはそれまでの寝たふりから飛び起きて残りの二人をお越しにかかる。
「こっからずらかるぞ!」
「えぇっ? どうして?」
「一体何を考えているの? ここは森の奥よ? どっちに進めば良いのかも分からないのに」
状況に追いつけずにひたすらに疑問を呈するアリサと、突然の脱走に驚きを隠せないウタ。しかしユズハの直感は訴えていた。
このフードの男に、ついて行くべきではないと。
「冷静に考えたら院長の時だってそうだったんだ。結局あたし達に手を差し伸べてくれる人なんて、誰もいやしないんだ――」
――孤児院に入る前、ユズハの家で日常的に行われていたのは家庭内暴力だった。毎日酒に溺れては、理由のない拳が彼女に振り下ろされてきた。
ある時遂に近隣の住民からの通報で警察沙汰となって、ユズハは支配的な暴力からようやく解放されることになった。そして次に彼女が過ごすことになったのが、叔父の家だった。しかしそこでも、彼女は裏切られた。
性的虐待を受けそうになり、家を飛び出した先にようやく見つかった平穏の場、それが彼女達の言うところの院長が経営する孤児院だった。それまで鬱屈していた彼女の感情はそこでようやく発揮され、持ち前のわんぱくな性格を発揮して多少のいたずらをしていようが、怒られることもない数ヶ月間を過ごしていた。
しかしそれもまた、僅かな時間でしか無かった。預かる者の無責任さを責めるべきか、あるいは誰かの優しさにただ甘えたかったという彼女の想い自体が、甘い考えだったのか。それは誰も知ることができないだろう。
「――とにかくここから逃げよう。どうせあいつも信用ならねぇに決まってる」
「で、でででも本当にどこに行くの!?」
「どこへでもいいだろ。ほら、急ぐぞ」
こうしてフードの男が眠っている間に、三人は姿をくらませることとなった――
◆ ◆ ◆
――男の元を離れてから、どれくらいの時間が経っただろうか。時間を計ろうにも時計の類いなどもっておらず、ましてや地図など所持していない。まさに無一文のままレベル1のまま、三人は夜の野道をとぼとぼと歩いていた。
「怖いよぉ……やっぱり戻ろうよぉー」
「ばーか、もう相当離れてるっての」
「しっ、静かにして!」
ウタが口元に人差し指を当てながら、二人の会話を注意する。
「何かいる……!」
咄嗟に茂みの中へと入り、進行方向をこっそりとのぞき見ると、遠くからランタンの光と共に男が五、六人こちらへと向かってきている。
「何だあいつら……」
「分からない。けど見つかったらヤバいかも」
彼女の予想の通り彼らはプレイヤーの中でも夜に好んで動くパーティ、スカベンジャーと呼ばれる野盗の一種だった。昼間に大きな戦いがあった場所か、あるいはモンスターが寝静まっている時間である夜を狙って残骸の収集や暗殺を好んで行う集団であり、そのようなプレイヤーの気性も、あまり良いものとは言えない。
「どうしよどうしよどうしよ――」
「しーっ! 静かにしろって! バレちまうだろ!」
おびえるアリサの口を必死に押さえながらやり過ごそうとするユズハ達。しかし彼らはスカベンジャーと呼ばれるだけあって、そこらの冒険者よりも遙かに豊富な探知スキルを備えている。
「……おっ? この辺か……?」
――そんな探知スキルを前にしてしまっては、いくら茂みに隠れようが、丸裸も同然である。
「そこかっ!!」
「きゃあっ!!」
剣の一太刀で茂みは切り裂かれ、隠れていたはずの三人の少女の姿がスカベンジャーの前に露わになる。
「なんだよ人間か? 紛らわしい」
「しかもレベル1って……おっ、でも三人とも顔可愛いじゃん」
「確かに顔面レベルはたけーなオイ。……なあ、良いこと思いついたんだけどよ」
繰り返すようだが、スカベンジャーと成り果てるプレイヤーの多くの品位は地の底に落ちているに等しい。それは戦いから、戦場から逃れて怯えてきたプレイヤーの本質をそのままに、欲深さだけを如実に表しているからだ。
そしてその情欲は、何も物品だけに向けられるものでは無い。
「ちょっと俺等で楽しんだ後、後腐れ無いようにサクッとやっちまおうぜ」
「確かにそれ良いな! こいつらは悪い記憶を無くせるし、俺達は良い思いをできるしWin-Winじゃん!」
「な、なんだよお前等!! あたし達に手を出すんじゃ――ぐはっ!」
勇敢にも刃向かおうとしたユズハだが、それも顔面への拳の一発で黙らされてしまう。
「うるっせえなぁレベル1の癖によぉ。てめえ等は黙って俺達のオモチャになってりゃ良いんだよ!!」
「ぐっ……ちぐしょぉ……! なんで……あたしばっかり……」
全ては不条理でできている。それは現実世界に限ったことではなく、この仮想世界にすら存在する。ユズハはただただ、男になすがままにされるのをじっと我慢することしかできないだろう。
「そういうことだからよ。俺達も弱い者いじめをしているつもりはねえんだが、レベルが低い自分を恨めよ」
そうして男の手が伸びようとした、その時――
『――ああ、その通り。低レベルの癖に舐めた真似をしたお前等が悪い』
「なっ――がはっ!?」
最初に手を伸ばした一人の男の腕が斬り飛ばされて宙を舞う。続いての斬撃で今度は細切れとなった男がその場に崩れ落ちていく――俺の目にはその光景が鮮明に映っていた。
「ひぃっ!?」
『伏せていろ。すぐに終わらせる』
全く、ラストの探知魔法と縮地での移動が無かったらどうなっていたことやら。随分と寝覚めの悪い朝になっていたはずだ。
「な、なんだよてめえ! いきなり横やり入れやがって!!」
『悪いがこの三人は俺の庇護下にある。お前らの言い方で言うなら、手を出したお前らが悪い』
「くっそこいつ……なっ!? レ、レベル125!? なんでそんな奴がこんなところをうろついているんだよ!?」
「フザケんな! 低レベルを相手に雑魚狩りとかどんな神経してるんだよ!!」
あれだけウタ達にイキッておいてどの口が言ってんだ? といいたいところだが、こいつの言うことも一理ある。
『確かに雑魚狩りになってしまうな、俺としても恥ずかしい話だ。何せ大半どころか殆どが――』
――俺よりもレベルが下の雑魚しかいないのだから。
「抜刀法・参式――」
「ち、ちくしょおおおおおおおおおおおお!!」
――裂牙烈風。
『フン、経験値の足しにもならん雑魚が』
「主様かっこいいー!」
折角かっこよく決めたのに、茶々を入れている形になってしまっているぞラスト。おまけにこの後振り返るのがちょっと恥ずかしい感じになるから背中に抱きつくのも止めてくれ。
『大丈夫か?』
「どうして……」
『どうしてって、逆に聞きたい。どうして勝手に動いた?』
俺としてはとても単純な質問のつもりだったが、返ってきたのは答えではなく両手で目をこすりながらすすり泣くという対応に困る反応だけ。
「だ、大丈夫ユズハちゃん!?」
「……あたし、あたし……!」
『落ち着け。俺がいるからもう心配するな』
結婚していない俺だが、親戚の同じ年代より……いや小学生か、あれは。とにかくこうしてやると確か落ち着くはず。言葉の通りに安心させるために、俺はユズハの頭を易しく撫でた。
「うぐっ、ひっぐ……」
よほど怖かったのか、あるいは我慢していたのか。ユズハは俺のコートが濡れることなどお構いなしにぎゅっと抱きついてくる。
それに続くかのようにウタもアリサも、我慢していたものを解放するかのように俺の方へと群がってくる。
「ごわがったぁああああ!」
「そんなこと、私だって……ふえぇえええん!」
「えぇええん! うだぢゃんが泣いだぁああ!」
一人なんか別の理由で共鳴して泣いてないか?
「主様に抱きつくだなんて……私だけの特権なのに!」
『いやそういう雰囲気じゃないだろ……しかし――』
――また野宿をするにしても薪集めからやり直しか、やれやれ。




