第一節 メンター 2話目
「――ここら辺にいるという話だが、見当たらないな……」
「主様! やはりあんな怪しい者の依頼を受けることはなかったのでは!?」
確かにあいつは疑いをもってかからなければならない相手には間違いない。だが憎き敵だったとしても腐れ縁というべきか、今回は動いてやることもやぶさかでは無かった。
『心配するな。いないならいないで、すぐにこの場所を去るだけだ』
始まりの草原。ここはあらゆるプレイヤーが必ず最初に訪れる静かな場所。昼間は澄んだ青い空がどこまでも広がり、夜は満天の星が空一面を覆い尽くす幻想的な光景を目にすることができる。
多くの人間が踏みしめてできた一本道を正直にたどれば“白き町”ストラードへと真っ直ぐに到着ができるこの場所で、一体どうやって死亡することができるのか、甚だ疑問ではある。
『まあいい。少しばかり捜索していなかったらすぐにストラードへと戻ろう――』
「あっ! 人だ! 人がいるよウタちゃんユズハちゃん!」
「本当だ。ねえ、話しかけてみない?」
「あぁーん? 折角危険な冒険にでるってのにいきなり第一村人発見ってか!?」
別に俺は第一村人でも何でも無いんだが……それよりも、周りに他に誰も見当たらないということは、こいつらが例の三人ということでいいのか。
一人は他に人がいることが嬉しいのか、俺を見つけるなり指さしして喜んでいる。見た目としては中学生くらいだろうか、感情がそのまま表に出てきそうなくりっとした目のロングヘアの少女。
もう一人のショートヘアの少女は恐らく一人目よりも一つか二つ年上なのだろう、この状況にも冷静さを持っているのか、俺の姿を見ても特に喜ぶ様子など見せずむしろ警戒をしているようにも思える。
そして最後の一人、髪を短く後ろで束ねているこの少女だけが俺に対して謎のファイティングポーズを取っており、ショートヘアの少女よりも更に敵対的にも思える。
「なんだおっさんは! 顔が見えないぞ!」
『むしろ見えないようにしているんだが……』
「ひぇえ……この人よく見たらフードで顔見えないし変なキーボードで喋ってるし、危ないかもー!?」
「だから言ったでしょアリサ。院長さんが来るまでここで待ちましょう」
「……なんだこれは」
こんな少女三人のために俺は駆り出されたというのか。我ながら呆れて物も言えない。
そしてラストは予想の通り同性の存在に敵対心を露わにしてしており、同じレベルで言い争いを始めようとしている。
「小娘の癖に、主様に向かってなんて口の利き方なのかしら!」
「なんだよおばさん! やんのかコラー!」
「おばっ……この麗しい見た目がおばさんに見えるとは、目が腐っているのかしらぁああああ!?」
敵対心が高い者同士、まさに今ここで通算何度目かは分からないものの死亡フラグが立とうとしている。
『兎に角、何だ、その……一旦お互いに落ち着こう。話が進まない』
「そうね。ユズハ、ここは落ち着こ」
『ラストもいちいち相手にする必要は無い。ここは俺が話をつける』
互いに矛を収めさせながらも、俺とショートヘアの少女がこの状況の整理を行っていく。
「自己紹介がまだだったわね。私は……このゲームだとウタって名前でやってる。そこの髪が長い子がアリサ。そして彼女がユズハ」
『俺はジョージという名だ。この世界の運営から何度も死を繰り返している三人がいると聞いて、最初の町まで案内するためにここに来た』
しかしながら三人は首をかしげるばかりで、一度もこのゲームで死んだ覚えはなく、たった今ゲームを始めたばかりなのだと主張する。
「何を言っているのかは知らないけど、そもそも私達はたった今このゲームが始められたばかりなのよ。ユズハが面白半分で院長さんの部屋のヘッドギアを被ろうなんていうから――」
「うっせぇな! あたしは別に一人でも構わなかったんだけど! それにその気になればこんなのすぐに脱いで止めて――ってあれ? スカッてなるんだけど?」
ユズハは得意げにヘッドギアを外すための動作を両手で行うが、空を掴むばかりで何もできずにいる。
「えっ? えっ? どういうこと?」
「だからさっきから言ってるでしょ? 何度も説明させられてるコッチの身にもなってよもー」
本日三度目の登場となるシステマだったが、物わかりの悪い三人を前にして明らかにふてくされている雰囲気を出している。
「まさか本当にログアウトできないなんて、ゲームの演出だと思っていたのに!」
「だから何度も言ってるでしょ? クリアできるまでこのゲームは終われないって。それにこの際だから出血大サービスで現状を教えてあげるけど、ユー達の言う院長さんとやらは絶対に助けに来ないことだけは伝えておくヨ!」
「ええっ!?」
「おいおいおい、どういうことだよ!? 院長が助けに来ないってどういうことだ!?」
よほどゲームとは関係ないところで詰まっているのが堪えたのか、一刻も早くこの場から引き剥がそうとするシステマの思惑が見え隠れしている。
しかしその為にこの小さな少年から放たれた言葉は、三人にとってとてつもなく重い言葉に他ならなかった。
「――現実世界でのユー達がいる孤児院の院長、ミー達がユーの身体の回収に行くなり喜んでユー達を手放してくれたよ」
「どういうことだよそれ!? あたし達を手放したって、意味分かんねぇし!」
「……詳しい説明を貰えるかしら」
いや本当に詳しい説明が俺にも欲しい。全くもって話についていけない上に、こいつ等自体が何かしらの地雷に見えてきたぞ。
「簡単に言えば、ユー達は見捨てられたって事だネ。しかも予定通りといった様子で」
「……えぇーっと、全く分かんないんだけど……どういうことなんだろうね、ウタちゃん」
本当は一番このアリサという少女が状況を理解しているのだろう。しかしそれはまさに彼女にとっては否定したい現実であり、とぼけて済ませたい一番の絶望なのだろう。
「そこの小さい男の子の言う通り……あの孤児院から、私達は捨てられたって事よ」
しかしウタと名乗る少女はそれを冷静に、ゆっくりと事態を飲み込んで言葉をかみ砕き、他の二人へと事実を伝えた。
「う、嘘だろ……? あの優しい院長が、あたし達を見捨てるわけ――」
「そもそもユー達は既に開始から通算8回も死亡しているし、その間に丸一日以上経っている訳だから、助からないのもそろそろ事実としてうけいれたらどうかな?」
この瞬間に、やはりシステマはシステマなのだと気を引き締めることができる。どれだけ人間らしく振る舞おうが、本当であれば残酷なはずのひと言をいとも簡単に言い放つことができる。それがシステマなのだということを改めて思い出させられる。
「ユー達はこのゲームの体験版のプレイヤーとして、これから先一生この世界で過ごしていくんだ。万が一ゲームクリアをすれば現実世界に戻れるかも知れないけど、その時孤児院とかどうなっているかまではコッチで責任はとれないかな」
「嘘……そんなの嘘……どうして? 私達が勝手にヘッドギアを被ったから怒ったのかな……?」
「……そんなことはなさそうだったよって今スタッフから返答が来たよ。何でも考え無しに行動するユズハが勝手に被ることを期待していたらその通りだったってサ」
その場に膝をつき、ガクリとうなだれたのはユズハだった。まさか自分のわがままのせいで、二人をとんでもないことに巻き込んでしまっていたとは思いにもよらなかったのだろう。
「ご、ごめんよ二人とも!! あたしのせいで――」
「もう遅いわよ。こうなったからには仕方ないでしょ」
気丈に振る舞うウタだが、両手の握りこぶしが震えているのは間違いない。
『……ひとまず三人はこっちで預かろう。最初の町に降ろすよりは、レリアンに直接向かった方が良さそうだしな』
「じゃ、後はよろしくー」
上手く話がまとまったとでも思っているのか、システマは改めて俺に押しつけるような形でその場から姿を消していく。
『……さて、どうしたものか』
まさかいきなり重たい話を聞かされるとは思っていなかったぞ。




