第二節 肩慣らし 1話目
ラストが過ごしていた場所、幻獄最深層・ミラージュは地理的には旧ベヨシュタット領地内、テクナッチ港という港の近くの森林奥深くに存在する。入り口はただの洞窟に思えるかも知れないが、奥に進むにつれ墓場のような陰鬱な雰囲気が漂い、アンデット属が最初の関門として待ち受ける。
それをうまくぐり抜けた後、今度は一気に石造りの洋館のような雰囲気へとがらりと変わり、そこではウンディーネやスライムなど、不定形のモンスターを多く見るようになる。
そして最後には魔族という、俗にいう悪魔と似たような造形をするモンスターが待ち受け、その最深部にラストが君臨しているという、下層に潜っていくにつれて徐々に難易度が上がっていくタイプのダンジョンとなっている。
無論、最深部のラストに限っては旧作におけるNPCだけが到達できるレベル限界と同じ150のため、普通のプレイヤーなら三桁いっていたとしてようやくチャレンジを考えるかどうかというレベルの難易度だ。
『しかしながら、相変わらずうっそうとした森だ』
「申し訳ありません主様。なにぶん私はあの奥にて一生を過ごすつもりでいたものですから――」
『気にするな。俺だって百年のブランクがあるんだ』
外は真っ暗な夜だが、先程のような引き継ぎ組を朝まで待ち受けるにしても手持ちの物資に限界がある。ひとまずラストを連れて急いで外に出た方が賢い選択肢に思える。
『それにしても失敗したな……完全にゲームが終わっていると思っていたから長旅の準備なんて整ってないぞ』
所持していた貴重な装備類は全て遺品としてラストに持たせていたが、こうして基本的な冒険に必要なコンパスなどは一切捨て置いてきてしまっているのが仇となったか。さっきの奴らもログインして状況整理をするなりひとまず、といったようで物資に乏しいことは確認できている。
『所持金はステータスボードを見る限り引き継げているから、一旦港町に出て物品を揃える必要があるな』
資金があるなら十分。特に問題もなさそうなら港町に家を一軒買っても問題ない。港からなら“白き町”ストラードへの馬車の一台や二台出ていても何らおかしくはない。
『真っ直ぐ歩いている限り、こちらの方角であっているはずだが……ん?』
上を見上げ、目立つ星の位置を基準に真っ直ぐと歩き続けているから方角のズレに問題はない。
そんなことを確認して再び進行方向に視線を落とすと、ランタンの明かりがチラチラと木々の間から揺らめき見える。そしてその後を追うように、パチ、パチと電気がショートするような火花が発生している。
『追われているのか……?』
俺が言える立場じゃないが、この辺りを深夜に移動をするとは中々に難しいことをしているように思える。
「確かこの辺りはパルスサーペントが生息していたはずです」
パルスサーペント。確か口の中に電気気管を持つ大蛇だったか。普通の蛇なら毒で獲物を仕留めるが、このパルスサーペントは電気ショックで一瞬にして意識を飛ばし、その後ゆっくりと丸呑みにかかるという序盤では割と危険なモンスターに分類されている。
『ならそれで間違いないな。あの独特の静電気のようなエフェクトはあいつしかいない』
今の俺からすればパルスサーペント程度、軽くいなすことができる。
『丁度いい。助けるついでに何かしらの情報が、あるいはもしかしたら港まで同行できるかもな』
そうとなれば縮地でもって急がなければ。そうして俺は足の裏に加速装置をつけたかのように地面を滑り、方向転換の為に木の幹を蹴って即座に光と光の間に割って入る。
「ふぇえっ!? な、なな、何ですか!?」
『下がってろ。助けてやる』
大きな荷物を背負っているためか背姿から様子を確認はできないが、少女の驚いた声を聞く限りでは確かに戦闘ができるようには思えない。
『ひとまずそいつの保護に回れ、ラスト』
「はっ!」
全身黄土色の蛇……やはり予想通りパルスサーペントか。しかしそれにしても予想の二倍は大きい気がするが……。
「き、気をつけてください! その蛇はこの近辺でも森の主と言われているらしいです!」
『ご忠告どうも』
ということはレアポップモンスターか。変なところで運を使ってしまった気がするが、まあそんなことよりも――
「――どうした? 襲い掛かってこないのか?」
「シュルルル……」
逃げる相手を追いかけるのは得意なようだが、こうして面と向かわれると逆に警戒するのか?
「まあいい。抜刀法・壱式――ッ!?」
こちらの構えを一瞬の隙と考えたのか、大蛇は大口を開けて真っ直ぐに飛びかかってくる。ステータス的な問題というよりは自身の現実の反射神経の衰えとでもいうべきか、この時とっさにできたのは回避だけ。
「チッ!」
「主様!」
『大丈夫だ、気にするな』
舌打ちしつつも返事をキーボードで返すことはできたものの、やはりまだ色々と鈍っている。
本当ならそのまま牙導裂罅でねじ切って殺すことができたはずなのに、とっさに出てこなかったのが悔しい。
「更に勢いで抜刀したままだから、抜刀法が――いや、あったか」
大蛇は俺のことを動きが素早いだけのそこいらの雑魚だと判断したのか、再びかみつこうと身体をかがめてこちらに狙いをつけてくる。
『残念だが、遊びはここまでだ』
抜刀状態でも抜刀法は使うことができる。今にも飛びかからんとする蛇を前に、俺は刀をくるくると回し、今度は抜刀状態で出せる技の構えへと移行する。
「フシュルルゥ……シャァアアアアッ!!」
「抜刀法・肆式――」
――断鋼。
「ブジュッ!?」
抜刀法の中でも肆式は特殊なもので、壱式から参式まである抜刀法よりも素の攻撃力が高めに設定してある。その代わりに絶対にトドメを刺すことはできず、必ず体力が1残るようになっている。
「ブジュ……グジュ……」
しかしながら俺から音速を超えるスピードで脳天から叩き割られてしまえば、いくら大蛇であろうともHP1にまでは減ってしまうことは確実。
俺は静かに納刀し直すと、自らの集中力を高めてクリティカルヒットとなり得る一撃に備える。身体には自然と黒々としたオーラが纏われ、次なる一撃が致命の一撃になることを知らしめている。
「抜刀法・参式――」
――裂牙烈風。
「ギッ!?」
――ほんの一瞬。黒い刀身が残した残像が幾重にも通り過ぎ、辺りには同じ黒い暴風が吹きすさぶ。
しばらくの静寂の後、納刀の際の金属音だけが響き渡る。
同時に大蛇の身体はバラバラに切り裂かれ、その場には無造作にぶつ切りにされた肉塊がボトボトと落ちていった。