第一節 百年ぶりの再会 3話目
『――あれから随分と変わったみたいだな』
「ええ。何せ百年もの時が過ぎているのですから……」
それにしても百年も時間が経過しているとなると、それまで俺やギルドメンバーが作り上げてきたものがどうなっているのか気になるところ。ここから外に出るにしてもまずは計画立てておかなければ、不用意な動きは他のプレイヤーにつけいる隙を与えることになってしまう。
『“殲滅し引き裂く剱”は、一体どうなっているんだろうな』
前作で俺達がログアウトする際には、残ったNPCに俺達が作り上げたギルドを継承させている。あれから百年、あのギルドはまだあるのだろうか。
『そもそも俺以外のメンバーとか、先行体験版でこっちに来ていたりするんだろうか』
可能性が一番濃いのは……シロさんくらいか。後の四人はもうネトゲなんてするような質じゃなさそうだし。
『さて、オープニングじゃベヨシュタットはまだ存続しているらしいが……どうしたラスト?』
先程の態度とはうって変わって妙に俺の腕をとり密着してくるラストだったが……ああ、思い出した。
「ふふふ、主様ぁ……」
確かにそうだった。完全に忘れていた。久方ぶりだがこいつの性格、というより性癖を完璧に忘れていた。
「くんかくんか……うふふふふふ……」
流石は最強格の戦術魔物、【七つの大罪】の色欲担当とでもいうべきか。本来ならば敵を魅了し心を操るという精神面からも攻め立てることができる攻撃型のモンスターだが……性格にかなりの難がある。
『久々とはいえちょっと距離が近すぎないか……?』
「何をおっしゃっているのです主様! 私は、百年もずっと――」
『あー分かった分かった。それで満足するなら右腕くらい貸してやる』
「えへへ……うへへ……じゃあ早速――」
ちょっとまて右手を胸にしまい込もうとするどころか指先をどこにあてがおうとしてるんだこの痴女は!?
『次にそれをしたら二度と腕を貸さないぞ!』
「うぅ……分かりました」
一見おしとやかそうに見えてその実、このように積極的にボディランゲージをしてくるというべきか、かなり性に対し訴えかけてくるような性質をしている。
ステータスを全て魅了に割振ったような存在、それが幻魔・ラストだ。
『油断も隙もない……ん?』
ここはダンジョン最深部。普通の人間ならばここまで来るのに相当の鍛錬を積んでレベルを上げておかなければならない場所。
そこに突然として、複数の人間の気配を察知。つまり、誰かがこの幻獄最深層・ミラージュに足を踏み入れているということ。
「主様、お下がりください」
『いや、ウォーミングアップには丁度いいだろう』
幸いにもまだ俺には国のシンボルカラーが割り当てられていない。つまりどこかの国に与していることで得られる不利有利が無いという状況。つまり国同士の因縁を考えずに自由に戦えるということ。
『どっちにしてもここに来るということは俺のラストに用があるってことだろ? それを黙って見過ごす訳にはいかないな』
それこそ想定していた寝取られ案件になりかねない。だったらここで始末した方が万倍も精神衛生上良い。
「今、主様が……“俺の”とおっしゃってくださった……ぶはっ!」
オイコラそこの痴女。ちょっとした言葉尻で鼻血を出すな。緊張感を持て緊張感を。
『……どうやら引き継ぎ組のようだな』
レベル1でここまで来るのは自殺行為に等しい。俺ですらスキルが一通り揃ってきたレベル90になってからしか潜ってないのに。
しかもその時は超効率厨のシロさんと二人で攻略してやっとのことだったからなぁ。そしてその時のラストに俺がとどめを刺したせいで、現状が成り立っているわけだが。
「では、私はどういたしましょう?」
『まずは俺に対一でやらせろ。鈍ってはいるが当時のカンストレベル到達者を舐めて貰っては困るからな』
前作でのカンストレベルは120。当時のカンストプレイヤー率は確か0.01パーセント以下だったか? それだけデスペナルティが重たいというのもあるのだろうが。
そしてこの武士という職業。使える武器は刀や槍など東洋の長物系だけだが、自分を強化する各種スキルや技、そして何より全ての職業で唯一、この職業だけが多彩な即死技を覚える。俺が刀王として恐れられていたのは、この多彩な即死技を備え持っていたことが一因でもあるのだろう。デスペナルティが重たいゲームで、即死技程怖いものは無いからな。
このように職業のメリットを挙げるとゲームバランスぶっ壊れな職業に思えるかもしれないが、そこは前作同様にバランスが上手くできているようだ。
そして各種レベルアップに伴う各種成長パラメータについてだが……一応戦闘になる前にさらっておくか。
レベルアップごとに割り当てることができる成長パラメータは、全部で六種類。
STR(筋力)strength 物を持てる最大積載量。武器の取り扱い。物理的攻撃力にも適用。
DUR(耐久力)durability 物理耐性。身体的バッドステータス耐性。
INT(知力) intelligence 魔導書解析の速さやTP最大量アップ。発想力。
MIN(精神力) mind 魔法耐性。精神的バッドステータス耐性。
PRO(器用さ) proficiently 手先の器用さ。武器の取り回し。俊敏さ。
LUC(運) luck レア泥率アップ。クリティカル率アップ。
基本的に近接職は筋力と耐久力にステータスを振るのが定番だが、俺の場合耐久力を底上げしなかったためにそこらの銃を持つ歩兵よりも素の防御力が低い。だがその代償として刀をより上手く取り扱うための器用さにステータスを大きく割り振っている。
これだけでもいわゆる紙装甲とやらになるのだが、更に防御力を攻撃力に転換する特殊技など、使い方次第では敵にも自分にも一撃必殺という状況に陥らせることもできるピーキーな職業を選んでいる。
そんな超上級者向けの職業で戦場を生き残れるのが、俺の細やかな自慢でもあるのだが。
「……来たようだな」
「……ここだ。ここに確か超強え戦術魔物がいる筈――って、先に人がいんじゃねぇか!?」
『残念だったな。俺が先約だ』
先頭の男が驚愕の表情で俺を発見する。拳に返り血がこびりついているところから、相手は拳を主体とする戦いをするようだ。職業は最低でも拳闘士のランカーと予測できる。恐らくは元デューカーに仕えていたプレイヤーだろう。そして拳を武器にする男が連れているのは斧を装備しているところから戦士と、後は魔道士の計三人か。
「一人か……おい、そこをどきな。いくらここまで一人でこれたからといって、三人がかりに勝てるとでも思ってんのか?」
『そっちこそ分をわきまえたらどうだ? 回れ右で帰るなら俺も手を出さないでおいてやる』
「なんだと……?」
先頭に立っていた男は俺の挑発に苛立ったのか、わざわざ前へと詰め寄ってくる。
それに対して当然ながら俺は腰元の刀の柄に手を添えて、一番基本の技の構えをとる。
「抜刀法・壱式」
攻撃範囲まで三メートル、二メートル、一メートル――
「――居合」
「――っ!? な、ん……・だ……と」
ヂャキン、という金属音が一回なっただけで、後は全てが終わっている。
『下らん……』
抜刀、斬撃、そして納刀――これらが人間の感知できない速度で行われているのだから、実質的にガードは不可能。
先頭の男があっけなく倒されたことで残りの二人に動揺が走るが、もう既に遅い。
『俺はチャンスをくれてやった……お前達がそれを、棒に振っただけだ』
俺は残りの二人を前に再び腰元に手を添えると、そのまま縮地という移動技で一気に距離を詰め、そして残りもまた同様に一閃の元に屠り去っていった――