第四節 ヴァンパイア 5話目
「…………」
帰り道の途中、俺の表情はとても険しいものだったのだろう。何せ隣で空を飛んで併走していたラストの表情が、まるで罰を受けた子どものように曇っていたくらいなのだから。
「……主様」
それでもラストは、勇気を持って俺に声をかけてくる。俺はしばらく思案を巡らせた後に、ラストの方を向いて少しだけ口角をあげる。
『気にすることはない。奴はいずれにしても始末してやらなければならなかった』
「いえ……何も尋問もせずに、ただ怖い顔で斬り捨てておりましたので……」
確かに彼女が普通の人間だったら、あの場で捕虜としてこちら側で取り押さえておくだろう。というよりも、それが常套手段だ。
しかし現実として彼女は何かしらの吸血鬼の眷属となってしまっている。そのせいで現実には終わりのないお使いクエストの奴隷と化していた――この事実、どう受け止めるべきか?
『よもや死亡よりも酷いものがあったとはな』
「主様……?」
『気にするな。少し考え過ぎていた』
理解に苦しむ。ただの無意味な作業ゲーなどあの制作者が最も嫌うものの一つだと聞いている。当然その考えはAIにも引き継がれているはずだが、今回のこれは一体何なんだ?
考えを纏めようにもまとまらず、それよりも先にウィンセントの方へと帰還する方が早かった。
そしてそこで待っていたのが――
『――シロさん、無事だったんですね』
「ええ、勿論。そちらは随分と深追いしたようで」
この戦いを終わらせるためには深追いせざるを得なかった。しかし軍を率いていたロルカを始末し、テクニカの塀を潰した今、完全に防衛成功――ん?
『……まだ防衛戦が継続しているな』
「つまり先程のものは全てただの先兵ということになりますね」
使い捨ての先兵か……だからこそ吸血鬼の眷属が混じっていたりするのかもしれないな。
『今日のところはどうする? このまま朝まで交代で見回りをするか?』
「それよりも彼女に定期的に探知魔法を展開して頂いた方が効率が良いかと」
「いつも思うのだが、何故貴様の言うことを聞かねばならぬ」
『分かった、俺からのお願いだ』
「主様からならなんなりと!」
ラストの態度の豹変に、俺とシロさんが苦笑いで目線を合わせる。いつものことだが俺の言うことしか聞かないのは嬉しいが、反面扱いづらいという複雑な気持ちだ。
『援軍は一週間後の予定だ。敵方も先兵の全滅に気がつけば少しは足並みを揃えるための準備期間をもうけるだろう』
「ではその間に、こちらの方も体勢を整えさせて頂きましょうか」
今回の防衛戦、最後まで俺達の手で完遂できれば相当の名声を得られるはず。そうなればギルドの復権にまた一つ近づくことができる。
そしていずれは――三代目の剣王に対抗できるまでの一大勢力にまで膨れ上がらせる。
「ひとまずこちらも兵力を消耗していますので、早朝から近隣をまわって兵士をかき集めてきます。百年前と変わりなければ、近くにドワーフ族の集落もあるはずなので、兵士としてはとても有力なものを集められるかと」
確かにシロさんならば既に今作でも相当の名声を集めていそうなものだし、引継ぎもありならスピーチスキルも活かすことができる。
『では兵士集めの方は任せます。俺とラストでこの場は保たせるので』
「では、期待しておいてください」
そういうとシロさんは早速指笛を吹いて馬を呼び寄せると、崩れた瓦礫の上をかけて去っていく。
それにしても早朝と言っていたが……まだ夜も明けていないというのに、あの人の早朝っていつのことになるんだよ。
『それよりひとまず仮眠を取らせて貰おう。ラスト、探知魔法だけ置いておけ。いざという時のために』
「承知しました」
これにて防衛一日目は終了。果報は寝て待てというが、今回ばかりは少しばかり疲れを取り除かせて貰おう。




