第三節 曲者ぞろい 7話目 Play My Crown Off
「実に面白い。先に聞いていた通りだな」
『ああ、こっちとしても面白い。まさか刀王様と刃を交えることができるとはな』
当然ながら皮肉も込めて発言するが、相手はそれを言葉そのまま敬意として受け取っているようで、フフンと少しばかり自信と余裕を見せている。
「そうは言いつつまぐれとはいえ一撃目を受け止められたようだな。だが、次はそうはいかないぞ」
まぐれだと? この俺を――初代刀王を相手にして?
「面白い……まぐれかどうか、もう一度やってみろ」
皮肉を挑発で綺麗に返されてしまったことで多少の苛立ちが俺の中に生じたのか、キーボードを使わず直に怒気を交えて言葉を言い放ってしまう。
「もう一度、さっきの技を試してみろ」
「さっきの技をもう一度か……面白い。刀王のみが扱える神技、神滅式を破るつもりか?」
やはり神滅式だったか。ネタは割れたみたいだが、これで真っ向からやりあったところでこちらの不利は変わらないのは確か。
だが俺も対策を練っていないわけではない。かつて己自身のコピーと戦うことがあったとして、真っ先に対策を立てたのが神滅式なのだから。
「さて、どうしたものか……」
「無駄だ。いくら隙を見つけようと、私の抜刀の方が圧倒的に早い」
それはその通りで、同時の抜刀で神滅式に勝てる見込みは一切ない。ならばどうするべきか。
答えはシンプル。荒野のガンマンの早撃ち対決のように、相手の意表をついて神滅式発動前に抜刀しきるしかない。
俺は腰元に手を添えたまま、体に漆黒のオーラを纏う。殺界と呼ばれるこのスキルは、集中力を極限まで上げ、抜刀スピードを限りなくゼロにする。しかしこれだけではまだ対神滅式を相手に追いつけない。ゼロコンマ以下のスピードと完全なゼロ秒との差は決して埋まらない。
だからこそ、意表を突く一手が必要になってくる。
しばらく二代目の周りをぐるぐると回り、様子をうかがう。二代目の方はというと、神滅式という絶対的な力を過信しているのか、刀に手を添えているものの、即座に抜刀できるような緊張感を保てていない。
ここで必要なのはわずかな隙。それを見せるまでは、絶対にこちらからは仕掛けられない。
そうしてぐるぐると歩いている中で、俺はふと足元の小石を二代目の方へと蹴りとばす。
「――っ!」
俺ではなく小石に反応したその瞬間――その先を一瞬とはいえ目で追ってしまい、余計な意識を割いてしまった二代目の油断を俺は逃さなかった。
「――抜刀法・参式」
「なっ!? させるか! 抜刀法・神滅式――」
――裂牙烈風ッ!!
「――居合ッ!!」
わずかながらに初動は俺の方が早かった。だがそれを加味してもその後の神滅式の発動から俺の抜刀に追いつくのは流石というべきか。
しかしほぼ出し抜くような形とはいえ、先に抜刀できた時点で俺の勝ちだ。
「なっ!?」
ギィイン! という刀が弾かれる音が一つ鳴り響き、続いて複数の斬撃が二代目の体に刀傷を刻んでいく。
「がはっ!!」
「ふん、こんなものか……所詮は紛い物だな」
焦って繰り出した一度の斬撃に対し、複数回の斬撃。打ち消しあうのは一つだけで残りはすべて己の身で受けるしかない。
『貴様も集中を切らさずに合わせるように参式を使えていたならば、勝負は分からなかっただろうに。これからは相手を甘く見ないことだな』
「ぐっ……くそっ……」
二代目が手に持っていた刀から、限界を示すかのように弱々しい紫電が僅かに走っている。そしてついに刀を持つ力もなくなったのか、手からすり抜けて落ちていく。
一応殺界状態で相打った場合も考えてそのまま空間断裂の発動も考慮していたが、この分だと必要なさそうだ。
『最初の勢いはどうした? 俺を倒すはずではなかったか?』
神滅式を攻略されたことで完全に負けを認めたのか、膝を折ってそのままへたり込む弐代目を見た俺の感想は、正直に言って失望のひと言に尽きた。
抜刀法・神滅式は魅せ技ではなく実践的な技。バランス調整のためにTP消費は空間断裂と並んで大きいからこそ、考えて使わなければならない。
「神滅式を知っているような戦い方……いったいどこの国のものだ……」
『さぁて、どこの国の者だろうな』
少なくとも本人は現時点でのこの腐った国に本気で所属はするつもりは無いだろうとだけは言っておこう。
――かつてこの地で武士として、プレイヤーの成長到達点であるレベル120に至ったのはただ一人だけ。
そんな俺がどの流派にも属せず、ただ一人追及し続けたことで最後に到達できた抜刀法。それが空間断裂だった。斬ったという結果を、TPが続く限り永続的にそこに残し続ける――ゼロ秒で斬ったという結果を押し付ける神滅式とはまた違った抜刀法の境地を、俺は身に着けている。
斬撃が残り続けるということ――それすなわち設置された攻撃判定であり、迫りくるものを斬り捨てる防御判定ともなる。例えゼロ秒の斬撃が来たとしても、既にある斬撃を無視することはできない。
まずは隙をついての斬撃。相打ったとしても空間断裂による斬撃の盾が残り、それがある限り神滅式が真っ先に届くことはない。これが今回考えた俺の二段構えの神滅式への対策だった。
しかし俺の素性が明かされていない以上情報収集の点からとどめを刺されることはないだろうという点と、ここまでの雰囲気で隙をつくことができそうだからとやっていたことだが、本来なら即座にラストの手を借りて【空間歪曲】の纏っておくのが本当の正解だ。
しかし改めて過去の自分は随分と恐ろしいスキルを身に着けていたものだ。知っていなかったら真っ二つの死体になっているところだった。
『……さて、後学の為にスキルにかまけている未熟な二代目刀王に対して、初代刀王が良い物を見せてやろう』
ここまで設置技として使用してきた空間断裂も、抜刀法によって攻撃に転じさせたらどうなるか、その恐ろしさを。
「抜刀法・壱式――月華美刃!」
はるか上空へ向けた大振りの一閃。次の瞬間頭上に広がる空間が、夜空が真っ二つに引き裂かれる。これを仮に城へと向ければ、大挙として押し寄せる人間に向ければどうなるか――本来ならば遠くまで斬撃できる技に上乗せすることでどうなるか、推して知るべしといえるだろう。
「なっ……!?」
納刀を終えれば、全て元通り。ちなみにこの切り上げ技、まともに当てれば空中へと斬り飛ばすだけの技だが、これに追加で空間断裂を付与すれば、真っ二つにされた死体が血の雨とともに落ちてくるという結構惨い抜刀法だ。
「こ、こんなことが……!?」
『まったく、二代目にして神滅式にあぐらをかいているような奴を据えるとは……ベヨシュタットも本当に終わっているな。こうなっては初代名乗るのが恥ずかしくなるくらいだ』
「えっ……? 今なんと?」
「はぁ、先ほどから何度もおっしゃっていただいているというのに……覚えの悪そうな馬鹿面をしている貴方にも教えてあげましょうか? この方こそが皆が口々にするあの“初代”刀王。ジョージ様なのよ」
怒りがあったとはいえ戦いを大人しく見ていたのは、俺が勝利することに絶対的な信頼を置いているからなのだろう。それまで静かに見守っていたラストが、今度は得意げになって胸元に手を当て、鼻高々と語りだす。
『それにしてもよく大人しくできたな』
「本来ならばこの頭も悪そうなクソ女に対して地獄すら生ぬるいほどの苦痛と絶望に沈めるところでしたが、私は主様の勝利を信じていましたので」
信じていた割には言葉の端々が怖いんだが。
「初代刀王……! お伽噺では無かったのか!?」
『二代目がこんなものだと俺自身が復帰した方が相当にマシじゃないか? どうも今の国王辺りが適当に決めた位にしか思えないんだが』
「っ……返す言葉も、ありません……」
さて、どうして二代目刀王がこんなところを歩き回っているのか、益々気になるところだが――
『――いい加減降りてこい。そこからのぞき見ているのは分かっているんだ』
目的地でもある客室――その窓から覗き込んでいた一つの影が窓から降り立ち、そして俺の前にうやうやしく膝をついて頭を垂れる。
『やはり貴様だったか』
「とんだご無礼をお許しください、初代刀王」
予想通り、俺に二代目をけしかけてきたのはユンガーで正解だったようだ。
「そのお姿、伝説に聞いていた初代刀王のお姿そのままで、お噂も耳にしていました。しかしながら本物を目の前にしていたというのにその実力に疑いの目を一瞬でも向けてしまったという大変な無礼をお許しください。無論このユンガー・ディ=アルケン=ハインツヘルフォンに罰を与えるというのであれば、いかようなものも受けましょう」
『なるほどな。半信半疑ゆえに二代目をけしかけ、本物かどうかを確かめたということか』
シロさんといいこいつといい、俺ってどんだけ疑り深い人物になっているんだ?
「まさか我が心の師とする人物を疑ってしまうとは……このユンガー、まさに一生の不覚」
「賊が入ってくると聞いていたはずが、まさかこのようなお方と刃を交えていたとは……光栄ではあるものの、複雑としか言い様がありません……」
二代目刀王の方はというと、まさか本物の初代刀王と立ち会うなどとは微塵も思っていなかったようで、先代より遙かに後れを取ってしまっていることに恥じ入っている様子。
そんなこんなだが俺の方も二代目の登場だったり疑われたりとこれだけの情報量、頭の整理が追いついていないが。
『まず二代目刀王、お前の名前は?』
「私の名はティスタ・ハンハード。長年空位にあった二代目刀王の座を、現国王より授かっている」
顔つきからして侍として純粋に武道の道を進むだけの、悪意の無い真っ直ぐな女性だとうかがえる。しかし本当にそれだけの特徴で、見る限り、そして刃を交えた限りでは特段この女が刀王にふさわしいとは思えない。今の剣王は一体どんな考えでこいつを据えたんだ?
「そしてこれが私の愛刀、紫電だ」
先程からもみていたが、抜刀の度に刀身に文字通り紫色に帯電をしている。付呪いらずの刀のようだ。
『貸してみろ』
「勿論。できれば初代の得物も見せて頂きたい」
『いいだろう』
俺は黒刀・無間と引き換えに紫電を受け取り、改めて刀身をまじまじと見つめる。
レアリティレベル95……これは新規に追加された刀か。属性持ちの武器の中では素の属性値は高いようだが、俺の黒刀の純粋な物理攻撃力には及ばない。
『十分だ。礼を言う』
「いえ、こちらこそ……このような重みのある刀、始めて手にしましたから」
まるで国宝級のものに触れるかのように慎重に刀を返すティスタだが、まだレアリティの高い装備が控えにあるからそこまで丁重に扱う必要は無いと考えてしまうのは間違いだろうか。
『それで? ティスタは俺たちと同じギルドに所属か?』
「いえ、私はギルドに所属しておらず、単独で活動しています。とはいえ主に貴族の護衛がメインの仕事ですが」
王を名乗るものが貴族の番犬かよ……第二王子のストップが無かったなら今すぐにでも国王ぶった斬りに行くレベルなんだが。
「はぁ……」
「主様、溜息をされる程悩まれているのですね」
『ああ。本当に、今すぐにでも叩き潰しに行きたいところだ』
支度を済ませてすぐにでも三代目剣王の天下をひっくり返してやりたいところだが……まだだ、まだ我慢しろ俺。
『ひとまず元気ならいい。今日のところは引き上げる』
深呼吸をし、精神を整える。一時の感情に任せて刃をふるうのは得策ではない。潰すには用意周到に、確実に。一片の復活の可能性すら残してはいけない。
『……ん? シロさんからだ』
もう夜も更けてきたというのに、熱心な人だ。そう思いながら俺はメッセージを開く。
するとそこに書かれていたのは、夜中に進軍を行う怪しい一団を発見したとの知らせ。狙いとしてウィンセント領の可能性があるという。
『おいおい、宣戦布告したのかよちゃんと』
前作とは違って攻め込む土地を宣言しなくとも一度交戦状態に陥っている国同士ならば好き勝手に攻め込んでもいいということか? 随分とルールとしてはアバウトなものに変わったな。
『まあいい。この戦争の奇襲を知っているのは俺達だけ。ならば俺達だけで対処できれば一気にギルドの名を売ることができる』
「ならば今すぐにでも向かいましょう。このユンガーに汚名返上の機会をお与えください」
『わかった。なら向かう前にお前はできる限り他の幹部やギルドメンバーに声をかけて現地に集めろ。俺とラストはシロさんの元に先に向かう』
「承知しました」
夜遅くだが、このチャンスを逃す術は無い。それにまだまだ試したい技がたくさんある。
『ウィンセント領は確か……』
「私の【転送】を使えば即座にでも」
『ユンガーが引き連れるであろう援軍は……馬ならば一週間といったところか。【転送】を使えるやつがいたとしても、まずは人をかき集めるところからだと考えるとちょっと時間が必要だな……』
俺とシロさんだけで無双ゲーしてもいいんだが、それだとただのプレイヤーの名声を上げるだけ。あくまでギルドの名声を上げるのが今回の目的であり、俺達の活躍がメインの目的じゃない。
『グズグズしていてもしょうがない。先に向かうぞ』
「はい!」
「待ってくれ! 私も連れて行ってくれ!」
「はぁぁああああああん?」
メチャクチャ不機嫌そうだなラスト。いや確かに俺もまさかティスタがついてくるとは思っていなかったわけだが。
「私だって手が空いているし、力になれる。だから初代、いや、師匠の元で戦いを観察したいんだ」
『別に構わないが……』
いつの間に師匠になったんだ俺は。
「ダメです主様! こいつは今の国王の手先のようなもの! みすみす手の内を見せる必要はありません!」
「別に私はお前には頼んでいない! 私が頼み込んでいるのは師匠だけだ!」
あーあー、互いに張り合うな胸をぎゅうぎゅうに押し付けあうな。アラサーの目には刺激が強すぎる。
『いいからさっさと行くぞ! ティスタもついてくるのは勝手だが自分の身は自分で守れ』
「元より承知の上。さあ、初めて戦地に向かうが頑張るぞ!」
「『ああ』……ってちょっと待て!?」
実戦初めてってどんな奴を刀王にしてんだよ!?
◆ ◆ ◆
「――ふふふふふ、ウィンセントに強襲を仕掛ければ、ベヨシュタット侵攻の拠点ができあがる。これで我々の目的もまた一つ達成に近づく!」
「あにきー、腹減った。飯は?」
「メシ、クレ……」
「お前らさっき喰ったばっかりだろうが! 全く、試作品とはいえ随分とわがままなホムンクルス達ができてしまったものだ」
ある程度人も揃ってきたので再び開戦です。本格的な開戦です。また、もう少しで大きな区切りも持ってくる予定ですが、応援や評価等頂ければ幸いです。