第三節 曲者ぞろい 6話目
異空間を介した移動を終えると、そこには日が沈んで通りも静かになりつつある首都ベヨシュタットの光景が広がっている。
『今日のところは俺が紹介する宿屋で休め』
「えぇっ、宿まで!? って、本当にいいんですか?」
『ああ。料金なら俺が出しておく』
流石にここまで旨い話だと警戒心が勝るのか、急に俺と距離を取って話をし始める。
「あ、あのー、もしかして何か他のことを企んでいたりします?」
『ああ。だが悪い話ではない』
ここで下手に隠し事をしても何のメリットも無い。文字通り悪い話ではないものを隠す必要も無く、俺はマルタに対して考えていた案を提示する。
『実は以前からお前をギルド専属の商人として招き入れようと考えているところだ』
「と、言いますと……?」
『要するに行商人を辞めて、ギルドのバックアップのもとで商店をやってみないかということだ。勿論資金はこっちが出す』
こうすればこのマルタという少女にこの先振り回される可能性も減る上、高品質のアイテムを安定して供給できる。開拓ゲーではないが、こうして冒険する際に安定して高品質の消耗品を手に入れられるかどうかは今後の行動範囲や期限に影響してくる。
「百年経とうがこの世界では元々ある商店にはあまり期待はできないからな……」
「そ、そんなにおいしい話が……うぐぐ……でっ、でもお断りしますっ!」
『何か問題でも?』
どうやら彼女は彼女なりの信念というものがあるようで、一人前の行商人になるまでは旅を続けると約束をしているらしい。
「おばあ様との約束があるのでとっても嬉しいお話なんですけれど、お断りします」
『いい話だと思ったんだが』
ここで下手に押し切ろうにも俺に交渉スキルなんてものはない。
……武力で無理矢理脅しつけるのは今すぐにでも可能だが。
『まあいい。折角だから休んでいけ。どうせこの場所でしばらく商売を続けるんだろう?』
「はい! 黒侍さんもまたよろしければお買い求め頂ければ幸いです!」
マルタを例のレストランまで連れて行くと、俺はそのままレストランの奥へと進み、地下の隠し扉へと手をかける。
「主様? お休みにならないのですか?」
『ああ。ボリスとアリサにあの男を任せっきりにしていたからな。様子を伺いにいくだけだ』
あの男、名前はなんだったっけか? まあいい。ギルドの幹部なら死ぬことは無いだろう。回復薬も余分に持たせたし。
それとボリス達と合流したエニシからメッセージがきているようだが、何やら話がこじれているようで、俺が直接話をした方がよさそうだ。
『どうやら俺が半殺しにした相手が少々面倒な相手のようだ』
あの男自体が貴族院に直接通じているようで、そこで何やらひと悶着あっているようだ。
――“殲滅し引き裂く剱”を貴族のお遊び剣劇に付き合わせているつもりはなかったんだがな。
「……この辺か?」
ユンガーという男、今度こそ俺が相手をしてやらなければならないかと思いながら、俺は愛用している黒刀の鞘をもって天井を柄で叩く。
「……ここだな」
まず先に俺がでて、その後でラストの手を引き上げると、初日と同じ月に照らされた城内庭園が俺達を迎える。
『さて、客室に向かう為にはどっちからだったか――ッ!?』
――咄嗟の判断。ほんの僅かだったが気配を感じた俺は、気配に合わせて抜刀した刀を置いた。
「ッ! こいつは――」
刃が空を斬り迫りくる気配も音も聞こえず、黒刀から突然伝わってきたのは同じ刀が打ち込まれる衝撃。この斬撃が飛んできたという結果だけが来る感覚、俺はある意味誰よりもよく知っている。
「……盗人にしては随分と勘が良いな。どこから入ってきた?」
『どこからでもいいだろ。貴様には関係ない』
身体をねじらせながら強引に鍔迫り合いを押し返し、その間際の視界の端に捉えることができたのは――サイドに纏められた青の長髪だった。
突然向けられた刃にラストは無言さながらに怒りを露わにして死の棘を構えている。だが俺はそれを片手で静止し、そして改めて敵の方を見やる。
濁りの無い澄んだ瞳。そしてキョウと同様、ゴタゴタした鎧ではなく動物の皮をなめして作った身軽な軽装。ある意味過去の俺がただの侍として身に着けていた時の軽装装備が、そのまま侍の標準的な装備として受け継がれているということか。
そしてその抜刀法――
『――ようやく敵対した相手の気持ちが理解できた』
俺のように極端に器用さのステータスを上げていれば、抜刀そして斬撃スピードを限りなくゼロにまで近づけることができる。
しかし完全なゼロにはならない。抜刀と同時に切断が終わっているなど、いくらステータスを上げていようが不可能。それを可能にするのが“刀王”を冠する侍、あるいは武士だけが使用できる特殊な抜刀法――
――抜刀法・神滅式。
「主様退いてください!! ここは私が!!」
『まだ大丈夫だ。対処法が無い訳じゃない』
置き技である空間断裂による斬撃の相殺をもってすれば、対応できなくもない。だがこの目の前の“現”刀王にはどこまで通用するか……?
相手の刀身が見られなかったのが少し痛いが、この国で俺に刀を用いた剣術で――一対一で勝てると思うな。
「不可思議な板で喋る男……まるでベヨシュタットのお伽噺にあった男と同じだな」
『お伽噺かどうかは、今から分かるだろうよ』
どうやら相手は俺のことをまだ半信半疑のようだが……まあいい。俺の方は百パーセント断言できる。
――こいつが“二代目”刀王だ、と。