第一節 百年ぶりの再会 2話目 A Servant I Remain
「一瞬で死滅させてやろう……【刺突心崩塵】!!」
空間から呼び出される数多の棘が、辺り一面に襲い掛かる。その一発一発が通常ならば即死級の威力を持ち、かつ生き残ったとしても解毒不可の猛毒によるスリップダメージで残り少ない体力を削られる。つまりは当たった時点で即死か、遅れて死ぬかの差でしかないというとてつもない技を初撃から撃ってきたことになる。
「チッ! 初手がこれとはかなりキレてるみたいだな」
この圧倒的な破壊力を持つ技こそ、俺が重用していた戦術魔物、ラストの得意とする代表的な技であり、ほかの凡百な戦術魔物とは一線を画す理由の一つでもある。
「抜刀法・参式! 裂牙烈風!!」
技に余計な感想など持つ余裕などない。俺は居合いの要領で右手を構え、腰元の刀を引き抜いて幾重にも重なる斬撃を前方へと繰り出す。そのひと太刀ひと太刀が棘を打ち落とし、辺りに猛毒をばらまいていく。
「くっ!」
『どうした? これだけ散らばっているなら【死刻塵顛陣】でも撃ってみたらどうだ?』
ひとまず初撃を凌いだところでまだ衰えていないと感じた俺は、手に刀を握ったまま空いた片手でキーボードを叩いて挑発をする。こっちとしては相手のペースを乱し、繰り出す技を制御するつもりだ。
「いいだろう……ならば望み通り、早急に死ぬがいい!!」
そうだ。それでいい。そうでなくては困る。
「キレてる場合の次の行動パターンはどうだったか……十年前のことだから中々思い出せないのが辛いものだな」
刺さっていた棘がボフッと音をたてて破裂し、周囲に猛毒の灰をまき散らす。これを吸い込んでしまえばしまうほど、猛毒の状態異常が悪化していくのも分かっている。
「ッ!」
とっさに袖で口元を覆って吸わないように気をつけつつも、俺は余った右手に構えている刀を納刀しなおすと、そして再び抜刀しながら斬撃を飛ばす。
抜刀法・弐式――絶空。本来ならば斬撃を飛ばすという遠距離職も真っ青な技であるが、今回は斬撃時の風圧で灰を吹き飛ばすことでの対処として使っている。しかしやはり俺の自慢の魔物とでもいうべきか、完全に払うこともできずに毒状態にかかってしまっている。
『本来なら専用のマスクを開発するのがセオリーなんだが……まあ、この程度なら時間稼ぎ程度にはなるだろう』
「おのれぇええええぇっ!! だったらこれを受けてみよ!!」
俺の言うことがよほど悔しかったのか、ラストはそれまでにない程の魔力を両手に蓄えると、それをまるで天に掲げるかのように真っ直ぐに両腕を上へと伸ばして混ぜ合わせ始める。
『おいおい、【絶対的死滅】はもう少しダメージを負ってからのフェーズの筈だろ』
過去作とは違う、予想外の行動に俺は冷や汗をかいた。しかし同時にこれは攻撃のチャンスでもある。
【絶対的死滅】はこのゲームにおけるかなりのぶっ壊れ魔法。敵味方問わず当たってしまうところから俺が技の封印を命令していた唯一の呪文で、逆にいえば決まりさえすれば問答無用で範囲内全員即死という無慈悲極まりない技。
その代わりに発動までにそれなりの詠唱時間と隙を晒すこととなり、事実俺の目の前で両手を上に掲げ続け、こうして隙を晒し続けている。
『詠唱時間と【空間歪曲】の残り時間が……解除と同時に発動か……!』
流石は俺が見込んでいた戦術魔物。文字通り戦術に長けているとしかいいようがない。
「……ふっ、俺も随分と鈍ったもんだ」
本当ならこういう時のための仕込みもできていたのだろうが、あのラストが相手ならば、俺もある意味本望といえるだろうか。
「今の俺の姿をあいつ等が見たら、諦めるのが早いって怒っただろうな」
自虐的な感情を持つほどに、現実世界で心が達観してしまうような悪い成長を遂げた自分自身に、苦々しい笑みがこぼれる。しかしながら、いずれにしても元々複数人でレベルも三桁いっているような人間が念入りに準備するのが前提のこの相手、しかも俺自身が実力を認める相手。そもそも一人で相手をするのが無茶というもの。
「……こうなったら刺し違えるか、あるいは一発勝負で俺が先行して【空間歪曲】ごと叩き斬るかだが……」
自分にとっての長年使役してきた相棒に、本気で刃を向けるというのはあまりにも残酷すぎる。
「俺が死ぬか、あいつが死ぬか……」
前作と同じなのだとすれば、プレイヤー側が死んだ時のペナルティを俺は知っている。
レベルのリセット、そして記憶のリセット。つまりはこのゲームを始めてやる時と同じ状態に身も心も戻されることになる。蓄積された攻略知識や、ゲーム内での思い出すらも消し去ってしまうという意味では、キャラロストよりも悪辣なものだ。
「まあ、ラストを俺が手にかけるよりは万倍もマシか」
俺か彼女かなら、この世界で百年間も孤独を味あわせてきたであろう俺の方が消えさるべきだ。
「……リセットがかかってもまた、俺はお前に会えるだろうか」
過去作で培ってきたデータなどどうでもいい。だがラストのことは、彼女と歩んできた戦いの記憶だけは、消え去るには惜しすぎる。
「だが、お互いに記憶に無くなったとしても、またいつか巡り会えるだろう」
その時にはまた、リベンジになるだろうから――
「――ん?」
打つ手無しの俺は死を覚悟した。フードを目深にかぶり直し、せめて最後の表情など見せることなく消え去ろうとした。だがいつの間にか周囲を包む爆発的な魔力の奔流が消え、ラストの両手の上に錬成されつつあった魔方陣が消え去り、それどころかだらりと両腕を下ろしている。
「……一体何が――」
「まさか、本当に……主様なのですか……?」
気がつけば宙に浮かんでいたはずのラストはその両足を地面につけ、そしてフラフラと頼りなさげにこちらの方へと歩いてきていた。
「まさか……本当に……?」
土壇場で気づいてくれたことに、俺の心臓の鼓動が早くなる。思わず声が上ずってしまいそうになった俺は、誤魔化すようにキーボードで言葉をつづっていく。
『……そうだ。俺だ、ラスト。十歳年をとったせいか、昔とだいぶ変わってしまったが、こうしてお前の前にまた立つことができている』
徐々に徐々に、しかし確実にラストは俺の元へと近づいてくる。それは敵対者としてではなく、俺の戦術魔物として。俺に仕えてきたあの幻魔・ラストとして。
「主様ぁ!!」
「うおっ!?」
基礎ステータスはどの人間よりも上回る存在から飛びつかれ、俺はその場に倒れてしまう。だがラストは構わず一緒になって倒れかかり、そして俺を強く抱きしめてきた。
「会いたかった……ずっと、会いたかったんですよ……!」
『……すまない』
前作の別れの際、互いに二度と会うことなどないと覚悟していた。しかしいざ再会をすれば、自然と俺もまたラストを強く抱きしめかえしている。
『思い出してくれたんだな……』
「信じられなかった……百年もの間、主様の遺品だけを見つめて、ずっと……恋い焦がれて……」
『ああ。だがこうしてまた、再会することができた』
正直なところ、本当にここでの死は覚悟をしていた。システマもそれを踏まえて俺をこんなところに送り込み、初っ端から絶望を与えるのが目的だったに違いない。
しかし結果として、俺はこの世界でいち早く他のプレイヤーを上回る戦力を手に入れ、そして俺自身も刀を含む長物を扱うにあたって最強の職業、武士というステータスを引き継いでいる。
『無間もある。タイラントコートもある。俺はまた、この世界で戦えるんだ』
身に着けた装備の感触が、俺の身体にそれまで現実世界では味わえなかった興奮が満ちあふれ、そしてまた新たな冒険の旅に出られることに心が躍る。
『俺はまた、どこかの国かギルドに属して旅をするだろう。そしてまた幾つもの戦いを重ね、再び大陸の統一を目指す。……お前もついて来てくれるか?』
再び二人で戦える。その言葉だけで目の前のパートナーは潤んだ目を輝かせて笑みをこぼしている。
「いうまでもありません! このラスト、最期まで主様と添い遂げるつもりです!!」
――ここに再び、かつて世界に名を轟かせた“元”刀王と幻魔の二人旅が始まったのだった。
過去作での噂:過去作ではあのコートを身につけた侍は、他の国からの評価として「冷酷にして理知的、そして戦闘面ではあまりにも残酷すぎる」と言われるほどに危険視されていた。
それはなぜか? その理由は、普段彼がフランクにキーボードで発言している内容のあて先が、身内にだけにしかあてられていないからである。