第二節 久しく見ぬもの 2話目
「顔色、悪い?」
『気にするな……』
「顔、てかてか……?」
「あら? そんなことないわ」
メチャクチャ艶々している癖によく言えたものだな。
とまあ翌日になって朝食を一階のレストランで取っているわけだが、ある意味では昨日よりも疲れが溜まっている気がする。
「ハァ……」
「おや? やはり現状は溜息が出る程厳しいものでしょうか?」
『いや、まあ……そういうことにしておいてくれ』
ベーコンに目玉焼き、そして恐らく朝早くから仕込んでおいた焼きたてパンにと、朝食はここ最近では一番理想的なものを食べることができている。
「……うん、うまい」
「でしょう? ゲーム内とは思えないですよね」
「ああ、そうだな。前作も確かこんな感じだったか……」
ヘッドギアにつながれているだけでこうもリアリティのある食感と味を感じられているという事実を前に、俺とエニシはゲーム内であることを半分忘れてかけて食事を楽しんでしまっていた。
「もぐもぐ……おかわり」
そしてチェイスはというと最初の量では足りなかったようで、店主から新たにパンを二きれ貰っては黙々と頬張っている。
『それで、今日は確か“殲滅し引き裂く剱”の残りのメンバーと会わせてくれるんだっけか?』
「そうなりますね。おっと、失礼」
どうやらメッセージが飛んできたようで、エニシは席を外してステータスボードを開いている。
音響石による通信範囲にも限界がある。そのような時にゲーム内のステータスボードにあるメッセージ機能を使うことで連絡を取ることができる。
しかしこれにはわかりやすい長所と短所がある。長所はどんなに遠くの距離だろうとメッセージ一つで連絡を取ることができる点。
短所は三つ。一つめは一人一人を相手にしかメッセージを送れないという点。これに対して音響石ならば持っている人間複数に同時に音声として連絡を取ることができる。おそらく敢えて利便性を削っているのだろう、そうしなければ音響石など誰も使わない上、かつてマシンバラの奴らが使っていた通信機も意味をなくしてしまう。
そして二つめはプレイヤーにしか連絡が取れないという点。つまり遠方にいるNPCと連絡を取るためには、別の手段を考える必要があるということ。ここでも音響石や通信機が活きてくる。
最後に三つめ、盗聴スキルないし暗号解読スキルを持つ人間に内容を読み取られる可能性が常に存在すること。ただしこれはあくまで能動的にスキルを使われた場合にのみ内容を盗まれるだけで、常に垂れ流しで情報を奪われるわけではない。
よって現場では音響石を使われることが多く、こういった個別の連絡においてはメッセージを使うことの方が多い。
『メッセージ……ということは、他のプレイヤーか』
食事を取りながらもどのような情報を持ってくるのかを待っていると、エニシは慌てた様子でステータスボードを取り消して振り返る。
「皆さんできれば急いで朝食を取り終えて準備をしてください! 予定していた局地戦が思ったよりも激化しているようで、手の空いている“殲滅し引き裂く剱”のメンバーも集結するように指示が下りました!」
『一体誰からの指示だ? メッセージということは同じプレイヤーの筈。しかも状況からして隠し立てしている様な状況じゃないだろう?』
“殲滅し引き裂く剱”を取り仕切れるプレイヤーなど元メンバーの六人の可能性が高く、そして同時にその六人以外を、俺は認めない。
俺は少し威圧感を伴ってエニシを問い詰めると、もはやサプライズなどという余裕は無いと諦めた様子でメッセージを送ってきた相手の名前を呟く。
「……♯FFFFFF、といえば分かりますよね」
「なっ!? やっぱりそうか!?」
十年ぶりに聞く名前。カラーコードでいうと白色を意味する名前。
「……やっぱりシロさんこっちの世界に来ていたのか!?」
興奮のあまりキーボードなど忘れてしまっているが、それよりも朝食など途中でやめて急いで合流しないと。
「急ぐぞ。シロさんがいるならそれなりの戦地の筈だ」
「ではワイバーンを……って、借りるだけのお金がありませんでした」
そもそもワイバーンなんて借りられるようになったのか? 以前は騎兵だったプレイヤーが死に物狂いでワイバーンの巣から卵を取るくらいの代物だったはず。
「さてどうしましょう。移動するにしてもここからゴドルナ鉱山までは馬でも五日はかかるはずですし、列車は恐らく途中でレールを潰されてる可能性の方が高いでしょうし……」
エニシが眼鏡をかけ直しながら悩んでいると、表の通りの方から大声で召集の声が響き渡る。
「緊急緊急ーっ!! ゴドルナ鉱山の紛争が防衛戦へと発展したよー! 我こそはと思う人は噴水広場までー! 纏めて即時転送するってよー!!」
まさに渡りに船。これならば戦場に即刻向かうことができる。
「急ぎましょう。私はここで他の連絡の中継役を担いますが、貴方達には是非参加を!」
エニシに促されるまま席を立つが、ここで一つふと疑問が思い浮かぶ。
『しかし冷静に考えてみれば、“殲滅し引き裂く剱”という身分は大丈夫なのか? 初代剣王派として何か不利益とかは無いのか?』
「その辺はある意味ご安心を、というべきでしょうか。この百年もの間にギルドとしての力は充分削がれているとみられているようでして。むしろ反動で爪弾きにされるくらいに――」
「もういいから、いこう」
エニシの言葉を遮って、チェイスは俺の手を引っ張って広場へと走っていく。
「……まあ、日陰者に近い扱いですよ」
『……成る程な』
ではまず今回の戦で、“殲滅し引き裂く剱”復活の狼煙を上げさせて貰おうか。
◆ ◆ ◆
「――うーん、やはりヌルゲーになってしまいますね」
木々も生えない黒色の鉱山群。そのうちの一つに、身の丈程ある大剣を軽々しく肩にトントンと置きながら、まるでイージーモードの無双ゲームをやっているかのような退屈さを感じさせる男が一人、数多の死体の先に立っている。
「な、なんだあの男は!? 純白の大楯に煌めく剣、引継ぎ組でもあんなの見たこと無いぞ!?」
「あの男は一体!? ……あぁー!! あいつは――」
――この世界で一番最初にレベルマックスに到達しやがった廃人、シロじゃねぇか!?
次回よりようやく本格的に戦闘開始です。(´・ω・`)<大変お待たせしました
 




