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第一節 百年ぶりの再会 1話目

 ――真っ暗な部屋に、青白い光が浮かび上がる。


「さて、まだ動くか……?」

 あれからもちょくちょく他のVRゲームはやっているものの、今所持しているのは少しばかり旧式のVRヘッドギア。しかし当時最高クラスの品質のものを買っているため、今のゲームでもスムーズに起動、動作ができる。一応念のため対応しているかバージョン確認もしたが、スペック的には問題もない。

 体験版もつい先程ダウンロードを済ませた。後はヘッドギアをかぶり、椅子に深く腰をかけて起動するだけ。


「…………」


 ヘッドギアを身に着け、首に負担がかからないよう専用のゲーミングチェアに腰を下ろす。

 そして俺は、首の近くにあるギアのスイッチへと手を伸ばした――




 ――視界に最初にでかでかと現れたのは、このゲームを開発した企業のロゴマーク。そこからはオープニングよろしく、百年前に起きた六ヶ国間の戦争の歴史が若き少年の声で語られることになる。


 ――かつて暗黒大陸と呼ばれていた巨大大陸、レヴォ。そこでは六つの国がそれぞれ統治を行い、拳王けんおう剣王けんおう銃王じゅうおう導王どうおう械王かいおう暗王あんおうと、六人の王によって互いの侵攻が繰り返される、戦乱の時代が続いていた。

 かつての冒険者たちはいずれかの国に仕え一人の戦士として他の国の征服に赴き、天下統一の為に、あるいは己が欲望の為に、一人の人間として戦乱の時代を生き抜いた。

 二年間にも渡る大戦争は、後に超大規模戦争グラウンド・ウォーと呼ばれる大戦争の末、剣王が治める国、ベヨシュタットの勝利によって世界は統治され、世界に恒久の平穏がもたらされる――




 ――筈だった。


「……ん?」


 そこから先は続編であるこのVRMMOゲーム、『リベリオンワールド』による新たな歴史が、俺もよく知っているとある少年(NPC)の語りとともに、視界に映し出されていく――


「――そこから先はミーが説明するヨ」

「なっ!?」


 俺は思わず身構えた。ゲームシステムを司る全ての支配者であり、運営の化身、そして“前開発者の化身”とも呼べる存在が、目の前に姿を現わしたからだ。


「ミーの名前はシステマ。このゲーム世界の案内役であり、そして――」


 ――この世界(ゲーム)における神のうちの一人ともいえる存在。前開発者が投獄された今、目の前にいるのはただの設定された人工知能(AI)でしかないはず。だが俺はその姿を前にして、無意識に身体をこわばらせている。


超大規模戦争グラウンド・ウォーから丁度百年。世界は再び戦乱の世に逆戻りしようとしていた。引き金を引いたのは六つの国の内の一つ、旧キャストライン領出身の男によって、暗黒大陸レヴォは再び六つの国へと分裂することになった」

 武闘派の集いでもあった国、デューカーの血を色濃く受け継ぐ国、ナックベア。

 暗殺を得意とし、世界に裏から干渉していたワノクニの生業を引き継ぐ国、アシャドール。

 常に中立を装いながらも策を張り巡らせてきたブラックアートの後を追う国、ソーサクラフ。

 中世を舞台にしておきながら文明レベルが数世代先んじていたマシンバラの超技術力オーパーツを密かに盗み独立した国、テクニカ。

 かの大戦争を勝ち抜き、依然としてその名をとどろかせる国、ベヨシュタット。


 そして――


「――かつてマシンバラと手を組み、銃火器の扱いに長け、最も戦争を好んでいた奇特な国家、キャストラインは一人の男を中心にその形を変え……リベレーターと名乗る武装国家へと世代を飛び越えて変化していった」

「……成程」


 どうやらあの世界は再び、戦乱の世になりつつあるということらしい。それも俺がかつて直接戦って潰したはずの、キャストラインの残党の手によって。


「面白いことになってきたな……」


 とはいえ相変わらずこの目の前の少年システマは戦争を題材にしたゲームには似合わない案内しかせず、俺の方も退屈にオープニング映像を眺めているしかない。


「早く体験版本編に移って欲しいんだが……」


 そうやって愚痴を漏らしたことがAI相手にも伝わったのか、丁度といったタイミングで無駄な解説が省かれ、アバターの登録画面へと場面が転換される。


「まずはIDの登録のために、ユーの顔を登録して顔認証に使わせて貰うネ!」


 普通ならここで少しばかり個人情報などを考慮して躊躇するだろうが、過去作をやっていた俺にとってはそんなことよりも早く世界に飛び込みたいという気持ちの方が先に来ている。

 何の迷いもなく顔認証に同意すると、スキャンするための白い横線が、上から下へと顔の表面を伝っていく。

 そしてスキャンが終わったかと思うと――システマの表情が、それまでの少年らしいにこやかな表情から一転して、大人が浮かべるような不敵な笑みへと移り変わっていくのを俺は目の当たりにする。


「……久しぶりだね、ジョージ」

「っ!? 何故わかった!?」


 あれから十年も経つ。多少とはいえ無精ひげも生えるようになったし、なによりも十年もあれば人の輪郭や雰囲気も相当に変わるものだ。

 しかし目の前の少年は見事に、十年来の古き知人であり、かつて敵対していたアバターネームを言い放ったのである。


「残念だけど、過去の膨大なデータを突き合せれば十年後のユーの顔つき位簡単に想定できるヨ。なんてったってミーは世界最高のAIだからネ!」


 俺は驚くとともに、何ということをしてしまったのだという後悔をしてしまった。かつて牢獄へと追いやったはずの存在が、今こうして脱獄して目の前に立っているというのだ。


「お前、まさか――」

「勘違いして貰っては困るけど、ミーを作成した人は相変わらず刑務所内にいるから安心してヨ。これはあくまで、ミーがやってることだから」


 つまりこのAIが独立して考え、行動し、そして俺という個人に向けて喋っているのだというのだ。


「…………」

「おっとごめんごめん、ユーはネット上では中々のコミュ障だから、これがないと長文が喋れないんだったネ」


 皮肉交じりに俺の目の前に出されたのは、ヴァーチャル空間に浮かび上がるキーボード。久方ぶりだが打ち込み方は身体が覚えている。


『……今となってはそこまで使う必要もないが、まああえて使わせて貰うとしよう。それでお前、いや、お前“達”の目的はなんだ。こんなゲーム、一人で開発できる規模を超えているのは馬鹿でもわかる。それで十年もの間何をして、今何をしようとしているんだ』


 十年ぶりだがその考えの読めなさは相変わらずといったところか。しかしまさかとは思うが、この世界ゲームと同様に、制作者の意志を受け継ごうとでもいうのか。


「いやいやー、ミーはあくまでゲームが楽しめれば良いってスタンスで作られたAIだから、そんなよこしまなことは考えていないヨ」


 とはいえど胡散臭いものはうさんくさい。こいつがそう思っていたとしても、コイツのバックについている開発陣が同じことを考えているとは思えない。


『今回のゲーム開発陣はどうやって集めたんだ』

「どうやってって……うーん、なんて言えば良いかな……ちょっと洗脳して集めたって言えば正解かな?」

『洗脳だと!?』

「なーに、ミーとちゃんとお話しして貰うために、ちょっと偽装メールを送った後、市販のヘッドギアをかぶって貰っただけだヨ。脳波の方もちょこっとだけ弄ったくらいで、外した後も普通に人間生活が出来るはずだネ」


 年相応の純粋な笑みだが、話す内容は大魔王も裸足で逃げ出す程の邪悪ぶり。そしてそこから考えられるのは――


『――まさかとは思うが、また俺のようなプレイヤーの脳波もゲームの電磁波と――』

「うん。くっつけたヨ。でも安心して。昔よりも更に安心安全な出力だから、百年浴び続けたとしても寿命で死ねる程度のものだからサ!」


 それはつまり、百年経ってもクリアさせるつもりはないとでも言いたいのか。


『しかし今度は無意味だ。これはあくまで体験版、多くの人間は製品版が出される前に異変に気がつくし、警察も目をつけている。少しでもニュースになれば、誰しもが購入を止めるに決まって――』

「だーから、その辺も既に手を打ってるんだってば」

『何? 一体どうやって――』

「さて、そんなことより」


 裏で行われていた長いローディングも丁度終わったところであろうか。突然として広がる真っ暗な空間のど真ん中に、俺とシステマ、二人だけが対峙している。


「折角だから、データを引き継いでいきなよ」

『なんだと……?』


 ネットゲームで引き継ぎだなどと、馬鹿げた真似だ。一律のスタートラインではなく、前作プレイヤーを遙か先をいかせるなど不平等過ぎる。


『おいおい、流石にそんなことをしたらヌルゲー一直線じゃないか?』

「大丈夫だって。そんなユーでもヌルゲーにならないよう、地位剥奪(リセット)のために百年の時が経過したし、それに――」


 真っ暗な空間が終わったかと思えば、辺りはまだ薄暗いまま、地下へと続く螺旋の奥底のダンジョン最深部へと景色が変わっていく。


「恐らくユーが一番気になっているとあるNPC……その初期配置場所といえば、それなりの難易度で楽しめると思うけドー?」


 いつの間にか俺の服装は最後にログアウトした時と同じ、タイラントコートと呼ばれる真っ黒なフード付きコートを身につけていて、腰元にかつて愛用していた黒刀・無間ムゲンが挿げられた装備セットへと変化している。

 そして――


「――この場所に久しく人間が来る、か。貴様、何者だ」

「っ、おいおい……」


 まじかよ。


『冗談じゃねえぞ』

「冗談……? ハッ! 貴様の方こそ何の冗談だ!!」


 本当に、冗談であって欲しかったと心から思っている。

 そこにいるのは確かに俺が今、一番会いたかった存在。しかしその対応は俺が初めてこの場所に訪れた時と同じ――否、あの時とは違って激憤が表立っている。


「遙か昔に忠誠を誓ったあのお方と同じ背姿で、よくこの幻獄最深層・ミラージュまで来たな!!」


 ――例えるとするなら、暴風。一切の風が吹くはずのない地下奥深くにて、緑の黒髪が強大な風になびくとともに、巨大な一対の蝙蝠に似た翼が大きく広げられる。顔つきは敵対者に向けられるそれと険しいものの、その素顔がとてつもなく愛らしく優雅であることを俺は知っている。

 唯一当時と違うとすれば、昔プレゼントした胸元が大きく開いた服をいまだに大切に継ぎ接ぎのまま着ているせいか、只でさえ肉付きの良い身体が露出しており、俺の情欲を無駄に煽ってくるところぐらいか。

 というよりも何より、またあの胸成長していないか? と真っ先に目についてしまった自分が少しばかり情けない。


「もうすぐ三十になるってのに、性欲だけは無駄にあるってか……」

「っ、何をごちゃごちゃと……貴様に見せる肌などないわ!!」


 小さく悪態をつきつつも、仕方がない。相手としても百年も経ってしまえば普通の人間ならば死んでいると考えるだろうし、この俺自身も十年も年を取ってしまっていて見た目も多少変わったことには間違いない。


『確かに、これは引き継いでおいて正解かもしれないな』


 システマも消えた今、いつの間にか俺の方もまた、無意識に腰元の刀に右手を添えて一戦交える体勢を取ってしまっている。

 その姿を見て尚更に過去の俺を想起してしまったのか、目の前の魔物は激昂して自らの名を名乗りでる。


「あくまで我が主を模倣し、愚弄するか……いいだろう!! 我が名はラスト! 幻界を司る魔性の者なり!!」


 宙に浮かぶ彼女の背後に漆黒の巨大な魔方陣が展開され、ゆっくりと文字列が回転を始める――


「相変わらず初手【空間歪曲エリアルディストーション】はエグいな……」


 続編となって演出が強化されたのか、彼女の周囲に張られた球状の膜が文字通り空間を歪めている。


「いきなり物理攻撃不可……打ち破る方法はあった筈だが、しばらくは回避に徹するか」


 さて、過去の知識と装備でどれだけ喰らいつけるか。あの時は確かもう一人協力者がいたが、今は一人で何とかするしかない。


「戦っている内に思い出して貰う……なんて、都合の良いことが起こるわけないか」


 どうせならば対魔特攻の破魔ノ太刀(ハマノタチ)を装備しておけば良かったかなどと、最後にログアウトした時の自分に対しダメ出しをしながら、俺はフードを深くかぶりなおす。

 そして敵対する相手に向けて久方ぶりの口上をあげるべく、過去これまで手癖で打ち込んできた言葉をキーボードにうちこんでいく。


『――殲滅し引き裂く剱ブレード・オブ・アニヒレーションの一人……“刀王”ジョージ、いざ参る!』

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