第九節 そして、とある剣に捧ぐ―― Glass Castle
「どこに消えた……!」
完全にその場から姿を消したモリオンヌ。そして危険を察知した俺は、即座にラストに対して【空間歪曲】を命じる。
「自分の身を最優先に守れ、ラスト!」
「しかし主様!」
「俺なら何とかする! まずは自分の身を守れ!!」
そうして俺とラスト、そしてゼバルベルが辺りを警戒する中で、最初に攻撃を受けたのが――
「ぐっ!?」
「ひとまず貴方から先に戦闘不能になっていただきましょう」
「ゼバルベル!」
導王の時と同様に、背後からの一撃。しかしそれらは残心を使ってしても直前まで察知することができない。
「血の盟約――大殺界ッ!!」
俺は即座に籠鶴瓶の方に刀を差し替え、大殺界を発動する。そして二本目でありなおかつ最後の一本でもある紅龍の秘薬を素早く飲み干し、二刀流でモリオンヌを迎え撃つ構えをとる。
しかし一向にして敵の姿を探知することができず、いくら辺りを見回したところで、負傷し倒れるヨハンとゼバルベル、そして同じように探知魔法を駆使するが敵を捉えられずに焦燥するラストの姿しか見当たらない。
「……クソッ! 大殺界でも見えないか!」
こうなったら俺にも【空間歪曲】を張るべきだろうが、そうなればラストのTPの消費量も増えてしまい、下手すれば時間切れで共倒れの可能性も出てくる。
「幻魔すらも惑わす不可視の魔法……フッ、やはり“七つの大罪”はもはや型落ちの戦術魔物でしかありませんね」
「なんだと……!」
恐らくはこちらを煽ることで短絡的な行動をとらせることが目的だろうが、それにしても癇に障ることを言ってくるじゃないか。
「所詮は貴方達“殲滅し引き裂く剱”というギルドは、過去の遺物でしかないということですよ」
「……何が言いたい」
何もない空間、しかしモリオンヌの声だけは辺りに響き渡る。
「キリエさんも最初は貴方達のギルドに入るつもりだったそうですよ。それこそ過去の繋がりから、自然とそうなるのが当たり前ですから」
モリオンヌの話によれば、キリエは正式サービス開始時にこの世界へと入りこんだらしく、恐らく先にいるであろう俺達の下に合流することを考えていたらしい。
しかしそこから一体どうして、まったく別のギルドに所属し、俺達と敵対する道を選ぶことになったのか。
「そこからどうやったらキリエが俺達の敵になるっていうんだ」
「敵になった、というよりは貴方達のギルドの面々がそう思っているだけで、我々は最初から貴方達のギルドのことなど眼中にありませんよ。……まあ、個人的な感情という点で、キリエさん“だけ”は貴方にだけは特別な感情を抱いているようですが」
「俺のことはどうでもいい。俺達のギルドが眼中にないとは、どういうことだ」
「簡単な話です」
そこからモリオンヌはあっさりと一言で、俺達のギルドが今どの立ち位置にいるのかを教えてくれた。
「――もはや貴方達のギルドは、この世界における戦いの最前線から遥か遠のいた位置にいるということです」
「……なるほどな」
特段、大袈裟に驚くようなことではなかった。確かに今のベヨシュタットの中心にいるのは、かつて前作で没落していた筈のソードリンクス。そして逆に前作で全盛期だった殲滅し引き裂く剱は、もはや見る影もない。
それが百年経ったというシステム的な時間経過の結果だったとしても、キリエにとってはその結果こそが全て。かつて最前線で戦っていた誇り高きギルドの衰えきった姿など、見たくはなかったのだろう。
「そして貴方に引導を渡すという意味で、ギルドを解散にまで追い込むことを考えているようです」
「かつて世話になったギルドを勝手に思いやった挙句潰しにかかるとは、相変わらず無駄にお節介な奴だ」
「キリエさんといたしましては、無駄な延命措置をせずに安楽死を選ばせるという意味に近いと思っている様ですがね」
ククク、と不敵に笑い声だけを残すモリオンヌだったが、俺にとっては単に不愉快なものでしかない。
「俺としては心配しなくともすぐに最前線にまた立って見せてやるから、首を洗って待っていろって伝えて欲しいところだが」
「ククッ、確かにそのようですね。その為にもここの導王に書状を渡し、そして同じものを拳王、械王へと渡すことで、独立を目指しているようですから」
「なっ!? 何故貴様がそれを知っている!?」
「言ったでしょう? “占い”という言葉でぼかされた“探知魔法”、あれ、私も使うことが可能でしてね」
それは俺達にとって、最悪の展開だった。これまで秘密裏にしてきたはずのことが、全て敵に筒抜けだったという間抜けぶり。
「因みに我々が検索にかけていたキーワードも、この際サービスでお教えしてあげましょう」
「…………」
そうしてモリオンヌが次に言った一言は、耳を疑う一言だった。
「――テオリ=カイス、ですよ」
「っ!? ……まさか――」
「ええ、そのまさかです。我らのギルドは、ベヨシュタットを裏から操る男、テオリ=カイスの下で働く裏家業ギルドですよ」
一つ訂正するべきことがある。先ほど最悪の展開と言っていたが、まだ上回るものがあったようだ。
モリオンヌ達の正体――それはまさかのベヨシュタットを操る黒幕たる男の手下。それが虚空機関というギルドのポジション。つまり俺達は百年前に守り抜いてきたベヨシュタットという国を、ソードリンクス、そして虚空機関という二つの敵対ギルドに丸ごと奪われてしまっていたということになる。
「遅かれ早かれ、どうあがこうと貴方達のギルドは潰されることになるのですよ」
「……なんてことだ……」
刀を握っていた手から、力が抜けていく。カランカラン、と籠鶴瓶をその場に落としてしまったが、それよりも俺は目の前に突きつけられた現実に打ちひしがれてしまって力が入らない。
こちらとしては少し不利なだけの、ギルド同士の勝負となっているつもりだった。しかし勝敗は既に決していて、全ては手のひらの上で踊っていたに過ぎない。
そうして戦いの意思を折られた俺は、両膝から地面へと力なく崩れ落ちていく――
「――主様!?」
そうして無防備となった俺の背中に向けて、短剣が振り下ろされようとしている。ラストが先んじて気づき、【空間歪曲】を張ろうとしてくれていたが、それも間に合っていない――
「せめて一撃のもとで死に絶えなさい――ッ!?」
ドスッ! という致命的な突き刺す衝撃が――こない。無防備なままに振り返ると、そこに立っていたのは、両手を広げ、モリオンヌとジュデスによる一撃を身を挺して受けるアイゼの姿が。
「ぐっ……がはっ!」
短剣は腹部に深々と刺さっており、血が出ない代わりにそこから白い靄のような何かが漏れ出ている。
「くっくっく、大人しく背負われていれば無駄な負傷なく済んだものを……馬鹿な女だ、下手に割って入ったことで、魔力が漏れ出ていっているぞ」
モリオンヌが引き抜いた短剣から、ジュデスの声だけが聞こえてくる。
「ほう、魔力が漏れ出るとどうなるのですか? ジュデス」
「簡単なことです、モリモリモリオンヌ様。貴方方で言うところの血液が漏れ出ているのと同じ、いずれは失血死をするようなものでございます」
「っ、馬鹿野郎!! なんで俺をかばった!?」
ジュデスの言葉でハッとした俺は、わき腹を抑えて倒れようとするアイゼを抱き抱える。
「あはは……私の方が、守っちゃいましたね……げほっ、ごほっ!」
「クソッ! なんでこんなことに!!」
――”なんでこんなことに?” そんなの分かっている。まだ何も始まっていないというのに、この世界の現実を突きつけられて、一人で勝手に絶望していた俺のせいだ。
俺はモリオンヌがまだいるにもかかわらず、真っ先に傷口の手当てをしようとステータスボードを開こうとした。
しかしアイゼはその開こうとする手を握り、俺に対してまるで最期の言葉でも告げるかのように、真っ直ぐに目と目を合わせて見つめてくる。
「……お願いです、聞いてください」
「おいおいおいそんな死ぬ前の遺言みたいなもんを聞く気はないぞこっちは!! 俺は――」
「お願いです!!」
最後の力を振り絞って、アイゼは俺の腕を強く掴む。そして俺自身に腹をくくるようにと、かつて王の名を冠した者に戦う決意を促そうと願い事を告げる。
「お願いです……大いなる主を……導王様の、敵を……とってください……っ……」
「ああ、分かっている! だから消えようとするな!! 頼むから死ぬんじゃない!!」
しかし俺の願いは叶うことなく、アイゼは今度こそ眠りにつくかのように、光の粒の集まりが散らばっていくように、俺の手から零れ落ちて消えていく。
「…………ッ!!」
「残念だったな、“元”刀王。アイゼは消えた」
「ふむ、面白そうだったので放置して見ましたが……何ともありがちな話ですね。全くもって下らない」
ジュデスは嘲り、そしてモリオンヌは斬り捨てるような言葉を吐いて再び消えていく。
そして俺の心を再度折ろうとしているのか、言葉を並べ始める。
「結局のところ、今のだってそうですよ! 貴方がもっと強ければ、貴方達のギルドがもっと上位に立っていれば、このような悲劇は起きなかったのです! 全ては貴方が――」
「ああ、そうだな。俺が弱いのが悪い」
モリオンヌの言葉を遮るように、俺は台詞を重ねる。落としていた籠鶴瓶を拾い上げて立ち上がり、大殺界は再度発動させる。
「…………」
「……そうです! 貴方が悪いのです! 弱い癖に出しゃばって――」
「馬鹿が」
そうして俺は何もないはずの空間に向かって、刀を抜いて横一文字に切り払う。するとその何もなかった筈の空間が、突然出血を始める。
「がはァッ!?」
「いつまで無駄口を叩いているつもりだ。かかってくるならさっさとこい」
幸か不幸か斬撃は浅いもので、魔導士であるモリオンヌは辛うじて生き残っている。
「ばっ、馬鹿な!? 透明化と気配を遮断する魔法、その二つを同時に使っているのだぞ!?」
「それだけの魔法を使っていながら息切れせずに消え続けられるのは凄いことだが、先に言っておくが無駄だ」
「そ、そんなわけがないだろう!? まぐれに決まっている!」
相手からすれば、何故完璧に気配まで断っていたはずの自分の場所がバレたのか、全くもって理解できていないだろう。
――今の一撃は、決してまぐれ当たりというものではない。確かにそこに、モリオンヌがいることは分かっていた。しかしモリオンヌはあり得ないと、あくまでまぐれでしかないとして再び姿を消していく。
「今度こそ貴方を始末する! 【甲式閃光熱波】などではなく、この手で直接刺し殺して差し上げましょう!!」
ここで俺の挑発に乗らずに【甲式閃光熱波】を主軸に戦いを組み立てれば、まだいい勝負はできたかもしれない。だがモリオンヌはここで最悪の選択をしてしまったようだ。
「そうか、まだ認めないか……だったらここまですればいいか?」
そうして俺は籠鶴瓶を納刀し、大殺界を解除する。そして探知スキルとしては下位互換となる残心を使うことで、モリオンヌに対して明確に格下に扱うような真似をした。
「さて……どこからでもこい。だが次は……“確実に殺してやる”」
「っ……!」
俺自身、この世界に入ってから初めて口にする言葉。プレイヤーキルという意味ではなく、現実として込められたのは明確な殺意。
――こいつは俺の逆鱗に触れてしまった。ただ単に抹消するだけでは済まさない。
「……いいでしょう、だったらこちらも、殺すつもりで参ります!!」
そうしてモリオンヌは姿を消したまま、真っ直ぐに俺の方へと突っ込んでくる。しかし俺はそのモリオンヌが向かってくる方向へと正確に体を向け、抜刀法を発動させる。
「っ!? なっ、そんな馬鹿な――」
「抜刀法・肆式――」
何故モリオンヌの位置が探知できるかって? それはな――
――アイゼが僅かに残してくれた魔力の残滓が、ジュデスの刃にこびりついているからだッ!!
「――絶無、蒼天牙ッ!!」
「がっ――」
抜刀法・肆式。決してLPがゼロになることは無い、不殺の技。しかし裏を返すと、苦痛だけを与えられる技となる。
「ごはぁっ!!」
まずはアイゼが受けた痛みと同じものを味わわせる為に、羽々斬でわき腹から逆袈裟に切り上げる。そしてそのまま刃を深々と刺しこんだまま、モリオンヌの体をひっかけて吹き飛ばし、近くの壁へと叩きつける。
「っ、モリモリモリオンヌ様!? 次が――」
「もう動けねぇよ、お前の主は」
LPの残りも1。そしてあらゆる身体的バッドステータスが付いている現状、そこから何ができるというのか。
「抜刀法・肆式――」
――残戒ッ!!
「ぐはぁっ!?」
空間断裂による乱切りによって、モリオンヌの体がバラバラに引き裂かれる。だがあくまでこれも肆式、死に至ることなどできない。
「ぐぎぃあぁあああああっ!!」
「モリモリモリオンヌ様!?」
「ちょっと黙ってろ」
それまで騒いでいた短剣も、刀を突き立てて刃を割ってしまえば、以降は何も聞こえなくなる。
そして次の抜刀法で、全てに決着がつく――
「抜刀法・終式――」
――螺旋楼天斬!!
読んで字のごとく、回転斬りで発生した斬撃は天へと螺旋を描くように辺りを巻き込み、モリオンヌだったものをすべて、はるか空高くへと散らしていった。
「……終わりだ」
「……主様!」
そうして俺なりの復讐を遂げたところで、ラストが駆け寄って抱きついてくる。そこで俺はようやくいつもとは違う、いわゆる死体蹴りのような、オーバーキルをかましてしまったことに気がついてしまう。
「敵討ちのつもりが、怒りで我を忘れてしまっていたようだ……」
「いいえ、そんなことはございません。主様の御気持ち、このラストも同じ思いでございましたから」
冷静になって自分の行ったことを恥じていたが、ラストはそんな俺を慰めるかのように、今度は正面からもう一度抱きしめてこう言ってくれた。
「これであのアイゼという剣の気持ちも、晴れたことでしょう――」
今夜0時に最終話投稿&お知らせの予定です(´・ω・`)。