第八節 王の証明 4話目 Lofty Is The Crown
「ああ……それでいい」
一騎討ちをするのだから、情など捨てろ。目の前に立っているのはお前が信じていた王の敵だ。
「抜刀法・死式――」
縮地による急接近、そして二つの刀で模るは巨大な鋏。
「――断切鋏ッ!」
「っ!?」
幸か不幸か、俺の両横薙ぎはそのまま空を切り、一切の斬撃の感触が手元に伝わっていない。
「……どうやら一瞬だけ顕現を解いたということでいいのか?」
「そうしなければ、私の刃と柄は今頃バラバラに切り離されていたでしょうね」
初手に首を刎ねる――一瞬でも相手がためらいの気持ちを持っていたのなら、苦痛を与えることなく一瞬で決着をつけられる技を選択したつもりだった。だが回避したということは、ためらいが無いとみなしていいということ。
――とはいえ、これは俺自身に対する最後の確認でもあった。短い期間とはいえ、あれだけ親しい間柄となったアイゼを、導王が愛していた剣達のうち一人を、この手で始末をつける覚悟があるかのかどうかという意味での確認が、この一撃にはこめられていた。
「……できれば、今の一撃が俺の迷いではないことを祈るしかないか」
一切の手心は加えていない。抜刀法は死式のまま、大殺界は解いていない。ならばアイゼがその実力でもって今の一撃を避けたと納得するしかない。
「……いくぞッ!!」
「はい!」
そうして真っ向から刃を交えて、互いに死闘を覚悟した戦いが始まっていく。
「疾ィッ!」
「はぁっ!!」
ガイデオンでは対応できなかった高速の連撃が、アイゼの前では全くの互角の剣戟となっていく。
流石は一騎討ちを仕掛けてくるだけはある――というよりも、対一における戦闘では恐らくガイデオンを超えているようにも思える。
「っ、ガイデオンが頭一つ抜けていると言っていたが、俺からすればお前の方が強く感じるぞ!」
「覚悟を決めた乙女というのは、いつだって強いんですッ!!」
珍しくもラストが相手の言葉に深く頷いているような気がしなくもないが、まあ鋼の意志を持つ者は強いと相場は決まっているのは俺でも分かる。
迷いのない真っ直ぐな剣筋が、俺に向かい来る。それら全てを両手の刀で次々といなすが、アイゼが剣を振るうスピードはさらに速くなっていく――
「っ、やるじゃねぇか! 本当にお前が最強じゃないのか!?」
「私の剣はあくまで最速を誇る剣。あくまで一芸に過ぎません!」
「だったらもっと速く、更に先へ――ッ!!」
仮にその場に観衆がいたとして、一体どこまで見届けることができただろうか。戦いの場は次々と移り変わり、斬撃の跡が次々と通り魔的につけられていく。
「くっ、羽々斬のせいでTPがそろそろ切れるか……!」
「もう少し……あと一撃で、貴方に届くッ!!」
正直ここまでのスピードについてきたこと自体、驚きが隠せない。神滅式ではないにしろ、限りなくゼロ秒に近い斬撃の嵐に、アイゼはきっちりとついてきている。
「ハッ、平和ボケしてる二代目刀王に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ……! だが――」
もうすぐ薬の時間切れも近い。そして技を出すためのTPも尽きそうだ。次の一撃を考えて大殺界を解除させた俺は刀を二つともを納刀し、羽々斬による次の一撃に意識を集中させる。
「抜刀法・終式――」
――壟断落!
相手の振り下ろしに合わせて自身を回転させつつ、逆に相手を袈裟掛けに斬っていくカウンター技を繰り出し、俺はその場を終わらせようとした。
「甘いです!!」
しかしアイゼにもまた、同じようなカウンター技が存在していた。
こちらの上からの攻撃に対して振り下ろす剣をとどめ、剣筋を変化させ弾くように受け流し。そして今度こそ、反撃が向かってくる。
――だがもう一度、俺は最後のTPを消費して最速のカウンターで差し返す。
「抜刀法・肆式――鬼哭刺突刃ッ!!」
「なっ!? きゃあぁっ!」
無意識下で行われる、ジェイコブを軽く凌駕するスピードの刺突攻撃。しかしこれは死式ではなく四式。結果、刀はアイゼの身体を貫くも、止めを刺すまでには至っていない。
突いた勢いでそのままアイゼの体を吹き飛ばすと、アイゼはそのまま力が抜けるかのように、壁に沿って崩れるように尻もちをついた。
「ハァ……ハァ……ようやく決着か……」
「はぁっ……くっ……止めを……!」
「拾った命だ……黙って、寝てろ……」
そうして俺はフラフラになりながらもアイゼの手から離れた剣を手に取り、そして戦いの間にいつの間にか取れていたであろう鞘も拾って、静かに剣を納める。
「はぁっ……はぁっ……結局……敵わ、なかった、な……悔しい……なぁ……」
悔し涙を浮かべながらも、アイゼは戦いに納得がいったのか、清々しいといった様子の笑顔を見せる。そうして剣を納めるのとほぼ同時に、アイゼの体もまた消えていく。恐らくはそのまま気を失ったのか、実体を留められずに眠ったのだろう。
「――主様!!」
「……おぅ、ラストか……」
この時俺はもはやキーボードを出す気すら回っていなかったようで、そのままラストと普通に会話を交わしている。
「ようやく、決着がついたのですね!」
「ああ……そしてこいつは、俺が連れていく」
そうして俺は剣を背中に背負った状態で王城へと向かおうとしたが、ラストは血相を変えて猛反対し始める。
「なっ! いけません主様!! そのようにして背負うなど、あの雌犬に無防備に背中を見せるようなものです!!」
「分かっている。だがこいつは不意打ちをかますような、そんな無粋な真似をしないだろうよ」
「っ……ですが――」
「そうは言っても、お前も薄々分かっているだろ? アイゼがそんなことをするような女に、お前は見えたのか?」
俺の問いに対して焦燥する心を完全に消し切れてはいないものの、ラストは認めるかのように、そして敬意を示すかのように、最後には彼女の名を呼んで肯定する。
「……いえ、アイゼという剣にはそのような真似はできないと考えられます」
「お前もそう思うのなら、大丈夫だ」
そうして俺は道すがら補給の為に次々と回復用の薬のふたを開けながら、疑いを晴らすべく王城のある方へと足を進めていった。