第八節 王の証明 2話目
「重爆閃撃ァ!!」
「抜刀法・弐式――双絶空!!」
振り下ろしの斬撃に続く爆撃、それらを二つの斬撃波で打ち消し合う。俺とガイデオンの戦いはもはや、周りを気にするようなものではなくなっていた。
「くっ、流石は聖剣七人衆最強格と呼ばれた剣だと言っておこうか……!」
「貴様ァ……何故そこまでに強くありながら、何故そこまでに真っ直ぐな太刀筋でありながら、何故我らが大いなる主を殺したァッ!!」
どうやら俺との戦いを通しての結果、その戦い方が殺しの現場からの想像とはかけ離れていたようで、本当に俺が殺したのかどうかそれ自体ついての疑いは持ってくれている様子。
「だから、俺は殺していない! 俺はずっと宿屋にいたぞ!」
「だったらなぜ、大いなる主に刀傷がつけられているのだ!!」
「っ!? 刀傷だと……!?」
ガイデオンは意思を持った剣、つまりは自分自身――剣のことについて誰よりも知っている。そのガイデオンが刀傷といったのだから、そこを疑うつもりはない。
問題はなぜ刀傷がついていたのか、だ。そんなものがついていれば、当然犯人は侍もしくは武士の職業を修めたプレイヤーが真っ先にやり玉に挙げられる。
つまり相手は最初からソーサクラフに唯一ともいえる武士の俺に、罪を擦り付けることを目的としていることが推測される。
「だったらその傷を見せてみろ! 俺がやってないという証拠を――」
「そんなものなど最初から存在せぬわ!! この国で唯一刀を持つ貴様だけが、あの傷をつけられる!! それだけで証拠は十分だッ!!」
これ以上は会話の余地などないと、怒りに任せた連撃が襲い掛かる。一撃一撃をまともに刃で受けることなどせずに、俺はひたすらに回避に徹する。
「ぐぅうぬ! まともに刃を交えることをやめてちょこまかと逃げおって!!」
「まともに受けたらまたふっ飛ばされちまうだろ!」
「ああそうだ!! 貴様は吹き飛ばされて、壁に貼り付けにされるのが相応しいわ!!」
そうして再びの大振りの一撃。下から打ち上げるようなフルスイングが、俺の眼前に迫ってくる。
「ぐっ、ああっ!」
回避は不可能。となれば力負けは承知の上で刀を使って一撃を受け、そして自ら敢えて後ろの方へと飛ばされていく。
そうして飛ばされた先――背後にある壁の方へと体をひねって向きを変え、俺は壁にぶつかる前に刀で切り刻み、壁を脆く崩れやすいものと変えていく――
「――ぐはぁっ!」
宣言通りの直撃で磔になることは避けられたが、ここまで戦ってきた中でも指折りの相手なのは言うまでもない。
「……というより、下手なプレイヤーよりもNPCの方が強いのが、このゲームなんだよな……」
プレイヤーを相手としたメタ戦術は使えないものの、流石はシステマが設計したAIといったところ。
――だが、負けるわけにはいかない。こんな理不尽な押し付けに屈するわけにはいかない。
そうして俺は民家から外へと姿を現し、それまで手に持っていた 羽々斬を納刀し、控えておいた籠鶴瓶を抜刀する。
「血の盟約――大殺界」
「ぬぅっ!?」
そうして貫いた手から血を吸わせ、一気に己を強化する。禍々しく赤黒いオーラが、俺の身体を包み込む。
試合ではなく仕合、否――最悪の場合、殺し合いに至るまでを決意した両の眼に、青い残光が宿りだす。
流石にガイデオンも異変に勘づいたのか、俺の纏う気配が変わったことで、攻撃の手を止めている。
「悪いがここから先は、あまり手加減ができなくなっていくぞ」
「ハッ! 既にズタボロの状態で、手加減がどうのと言っていられる状況ではあるまい」
「それはこれを見てから……判断してみろッ!!」
抜刀法・死式――釼獄舞闘練劇ッ!!
「ぐぬぅっ!?」
パワーで負けているのであれば、スピードはどうだ? 俺との剣戟に、ついてこられるか!?
「ぐっ、がはっ、ぎぃいっ!!」
それまで無傷だったガイデオンの肉体に、切り傷がつき始める。防御として使っていた両手剣もまた同様に、少しずつではあるが刃がかけ始めている。
「ぐぅううっ……おのれェッ!!!」
ガイデオンの反撃により一旦は回避をするものの、連撃はまたしても再開される。
そうして常人であればとっくに抹消に至っているであろう攻撃を何度も受け、もはやこれ以上受けてしまえば剣が折れるだろうといったところで、俺は刀を振るう手を止める。
「……もう十分だ」
「ぐっ……! き、貴様、敵に情けを――」
「情けも何も、俺は導王を敵だと思ったことは無いし、お前達にしてもそうだ」
そうして俺は刀を納め、その場に背を向け去っていく。
「ジェイコブにも伝えておけ。俺は俺なりのやり方で無実を証明して見せる、と」
「ぐぅう……たとえそれが、我らと何度も相対する道であってもか……!」
「…………」
俺は言葉を返さない。仮に口にしたところで、今のままでは何も変わらない。何も変えられない。それはお互いに分かっているつもりだ。
しかしガイデオンは更に俺を問い詰めるように、バランスを崩しながらも立ち続け、俺との距離を詰めていく。
「たとえそれが、この国の民全てを敵に回すとしてもかッ!! 貴様がいくら証明をしたところで、この怒りをどこに向ければ――」
「それ以上の言葉は必要ありません、ガイデオン」
「ッ!?」
「…………」
その場に凛とした声が響き渡る。そして俺はその声はここ数日、ソーサクラフに滞在してきた中で一番耳にしている声でもある。
「……お前も戦うつもりか」
「……本当は貴方だと思えない。思いたくない…………でも、あの傷は貴方しかつけられない。刀を持ち、初代刀王を名乗るものでなければ、かの大いなる主に傷跡などつけることなど、できるはずもない!!」
声のする方を振り向けば、最後の決意を目の前で決めようとする一人の剣の姿がある。
「この場は私に任せて、撤退をしてください。ガイデオン」
アイゼはそうしてガイデオンの側に立ち、俺との対立する立場を明確に示す。
「ぐっ、そのような恥を晒してたまるか!! 俺はこの身が打ち砕けようとも、お前がいるのであれば、せめて盾となって――」
「邪魔をしないでこの場を去ってくださいと言っているのです、ガイデオン! 私はこの人を相手に、王を守る剣として“一騎討ち”を申し出ているのです!!」
「ッ!」
一騎討ち――その言葉の重みを、知らぬ剣士など存在しない。
かつてのベヨシュタットですら、領地内でのプレイヤー間の無意味な争いはご法度となっていた。しかしその法規をも超えての覚悟を示すという意味で、この言葉の下での戦いは唯一許されていた。
「……お前にその覚悟はあるのか」
「…………」
「一騎討ち……ここはベヨシュタットとは違う国ではあるが、剣士としてその共通する意味を理解しているのか」
「……貴方を迎え入れ、もてなしたのは私です。ならばせめて貴方を送り出すのもまた私の役目」
「……ならば敬意を表す意味も込めて、俺本来の全力で戦かわせてもらう。そして今度こそ本当に……手加減はできないぞ」
そうして俺はステータスボードから一本の秘薬を取り出し、瓶に口をつけて中身を口へと運んでいく。
「……こいつは紅龍の秘薬。使用者の筋力を短時間三倍にする薬だ」
そうして本来であれば一振りしか持てないところを、反対側に納めていた羽々斬も抜刀して見せることで、過去作の強敵に対してのみ見せてきた流派の構えをとる。
「――四鬼噛二刀流。俺達のような弱い人間という種族が、一度に四体の大鬼を相手取るために編み出した、攻防一体の構えだ」
脱力しきってはいるが、刀を握る手の力はしっかりと入っている。そして刀の切っ先を前に向けた姿はまるで鬼の下顎に生える大きな牙のようにも見えるところから、大口を開けた鬼のようだとも比喩されているらしい。
「……改めて名乗らせてもらおう。“無礼奴”露払い役、ジョージ……押し通るッ!!」
俺の名乗りに呼応するように、アイゼの方も鞘から美しき剣を抜き取り、俺の方へと切っ先をまっすぐに向ける。
「聖剣七人衆、“希望”のアイゼ。この国の未来の為に、そして私自身の決着の為に、貴方を倒します!!」