第七節 本当の意味での復帰 2話目
「――私を囮に、ですか……」
『そうだ。少なくとも向こうの内一人は狙いを宣言している。釣り出すのは簡単だ』
「……確かに、そうですけど――」
「アイゼを囮に使うだと!? 貴様、聖剣七人衆を何だと思っている!?」
青筋を立てて怒り狂うガイデオンから二度目の襟首の掴みあげをくらうが、そんなことはどうでもいい。
『だったらどうする? このまま手をこまねいて再び現れるのをじっと待つか? 相手は既に一度失敗しているから用心して仕掛けてくる。多数でいるところに突っ込んでくる筈がない』
「だからといって、わざわざ一人にするというのか!!」
『そこは俺とラストが【遮断領域】で潜んで待ち構えるから安心しろ。仮に逃がしたとしても、まずは外に出る必要があることくらいは分かるだろ?』
ここまでの経験上、やはり導王が張っていた防護魔法を脱出できるほどの転送魔法を敵は会得していないと推測される。
城壁の上まで膜が張られているところから、敵が離脱するには城壁を壊すか、あるいは検問のある出入り口から無理やり抜け出るかの二択しかないといえる。
『そういえば、さっきの奴らには最終的にどうやって逃げられたんだ?』
「……検問の衛兵にも封鎖するよう伝えていたが、奴らは衛兵をなぎ倒してそのまま離脱していった」
『そうか、だったら今度はあんたが衛兵になればいい。あんたから逃げていたということは、敵は少なくともお前とまともに相手ができないと判断されたということだからな』
その後も話を聞いていると検問は三ヶ所あるようだが、それぞれに聖剣七人衆の誰かが立てば、少なくとも追いつくための時間稼ぎができるように思える。抵抗するアイゼを連れていくともなれば、更に足取りを追うのは簡単になる。
加えて今回の逃走で罠として仕掛けられていた転移魔法は相当数消費されたはず。
『やってくるにしても、出来る限り手短に済ませようと画策するだろう。だったら一度その通りにお膳立てしてやればいい。今度はこっちが罠に仕掛ける番だ』
「…………」
『……どうした?』
俺はあくまで今までの考えを切り替えて話を続けているだけだったが、それはアイゼにとってはただただ戸惑いを生むばかりだったようだ。
「いえ……ただ、急な変わり様に混乱しているだけで」
『……確かお前達は、自分達を道具のように見なしていたな』
「ええ……確かにそうですけど」
『だったら今回は道具として囮になれ。余計なことは考えるな。ただ導王の懐刀を狙い輩つ輩を一網打尽とするための事だけを考えろ』
「……っ! ……確かにおっしゃる通りです。分かりました」
この言葉を前にアイゼだけでなく、その場にいた剣達は皆俺に対して違和感を覚えただろう。考えが百八十度変わって道具として扱うことに賛同的で、それは彼ら自身の考え方と同じで良しとするべきなのだろう。
しかしアイゼはどこか否定して欲しかったといったような、残念そうな、寂しそうな表情を浮かべつつも、俺の提案を受け入れたのだった。
◆ ◆ ◆
ジェイコブによる首都の案内も中断となり、現状報告の為に俺達は城へと戻っていく。
緊急を要する事態でもあることから、ガイデオンが城の方へと先程と同様に剣を投げての瞬間移動で先に向かってゆき、その後を俺とラスト、そして少し離れてアイゼが追って行っているところだった。
『ケファロとかいうのとジェイコブはジュデスを連れていくから遅れて向かうって話だったか?』
「そうなっております。我々は負傷した際には、普通の人間とは違った回復手段を取りますので」
そうして後ろの離れたアイゼから答えが返ってくるが、その声色は石橋を前にした時のような、無機質さを感じさせるものだった。
「…………」
「……主様、気を病むことはございません。元々あの者達は、道具として扱われることを是としておりました」
『だが俺までもがそれを肯定してしまったら、それ以外を否定してしまったら……導王に後で怒られるかもな』
あの場ではああ言ったものの、フォローの手段も当然考えてある。【遮断領域】で見守るだけではない、今度は俺もラストも、ありとあらゆる手段を使ってあの二人を追い詰めるつもりだ。
『……ラスト』
「はい」
『用意しておいた紅龍の秘薬を、いつでも俺に渡せるように準備しておいてくれ』
「っ! あの秘薬を使われるつもりですか!?」
かつて従えていた憤怒の紅龍の血から作られる、非常にレアリティの高い薬。その効能はまさに龍の力をその身に宿すがごとく、飲めば短時間筋力が三倍になるという破格の性能を持っている。
しかし代償として暫くの間回復薬を含むポーション系列を体が受け付けなくなる、いわゆる膨大なリキャストタイムが発生するというデメリットが生じる。
『ああ。俺が考えをごり押ししたんだ、最後まで責任を持つつもりでいる。……どんな手を使ってでも、アイゼは俺が守る』
「……っ!」
「ぐっ……ですが、あれはもう手に入るものでは――」
『シロさんのことだ、どうせどこかのタイミングでラースの確保もするだろうさ』
先の事よりも、今に最善の手を尽くす。そうしなければ、抹消されては後悔も何もない。
「今度は逃さない――」
そう固く誓いながら、俺は腰に挿げている刀も千鳥から全力を出すべく手持ちの最強格である羽々斬へと挿げ替える。そして反対側の腰元には新たに、過去に最強であって、そして今でも替えの効かないバフをかけられる妖刀、籠鶴瓶を挿げて装備を整えていく。
「タイラントコート……いずれはこいつも変えるべきだが、しょうがない」
そうして一切手心を加えぬ現在の最高基準の装備へと、俺は次々と切り替えていった。




