第一節 道のり 7話目
「――初代剣王は貴方達“殲滅し引き裂く剱”に常に助けられていたとお聞きしています」
『世辞なんていい。単刀直入に本題に入ろうか』
流石に夜にもなれば使用人も訪問や身の回りの世話を控えるだろう。そしてそのような時間帯をわざわざ見繕っての会合ということは、俺達の扱いもそういうものということがうかがえる。
「申し訳ありません、本来ならば温かい紅茶の一杯程でも用意しておくべきなのですが――」
『そこらも含めて、大方俺達の扱いがどうなっているかも予想がつく。この百年の間で、一体この国に何があった?』
招かれた小さな客室にある明かりも僅かに俺達の周りを照らすだけで基本的に薄暗く、窓から差し込む月光が第二王子の苦悩の表情を照らしているばかり。
真夜中の会合、それが今の俺達の現状を如実に表していることは間違いないだろう。
そんな中で第二王子であるクラディウスは、重々しくその口を開き、現状を語り始める。
「……実は今の剣王である三代目剣王は、初代の直系ではありません。二代目剣王が跡継ぎに悩んだ時に養子としてとっていた男が、今の三代目の剣王を名乗っているのです」
そのまま養子に乗っ取られたような形か。随分と特殊な話だ。
『それで直系のお前は爪弾きにされているということか? ……待て、そもそもお前の父親が何故三代目につけなかった?』
ゲーム内の出来事でありながら、無神経な問いかけだったと少し悔いた。クラディウスは俺の質問を聞いてしばらく何かをグッと我慢するように下唇を噛んだ後、声を震わせて答えを返す。
「……私の父は今の剣王から狂人として扱われ、自殺しました」
『……それは自覚があってか? それとも言われ続けてか?』
「父は元々狂ってなどいません。今の剣王に、罠にはめられたのです」
狂っている――適当に理由を挙げて決めつける方は楽だが、言われた方のショックは計り知れない。ましてやそれが一人二人ではなく、大勢から指をさされながらとあってしまっては、まさに気が狂うことに違いない。
俺だって卑屈になっていた時もあった。ずっと周りからあいつは喋らない、無口で何を考えているか分からないと言われたことがある。結局は何も言い返さずそのまま放置して過ごしてきた結果特にそれ以上は何も無かったが、それでも自分の心の内が大きく乱れていたのは覚えている。
「私の父はなにもおかしくはなかった。ただ剣王が旗印として立ててきたものを受け継ごうとしていただけだったんです」
「…………」
「結局のところ多くの人々が父の元を離れましたが、父が自殺をしたとの知らせが出回った時には、流石に直系が命を絶ったということで国民も不安定になっていました。それを考慮してのことでしょうが、私まで死に追いやられることはなく、ただ第二王子として直系の血を引く者として、今もこの城に何とか残ることができています。ですが、それも何時までのことになるのか……」
俺はふと立ち上がり、窓の外を見やる。下をのぞくとそこには、初代剣王が大切に手入れをしてきた庭園が――今となっては荒れた庭園が広がっている。
『……初代剣王が何故あの庭園をつくったのか、その理由も知らない者が上に立っているということか』
「……ええ、そうですね」
『……お前達からすれば百年前になることだが、俺はあの庭園を手入れしている理由を剣王に聞いたことがある』
「初代の逸話、ですか?」
『返ってきた答えはこうだった』
――“俺達は殺伐とした世界に身を置いている。そんな中でも道に咲いている花は、人々に踏まれようが斬られようがたくましく育っている。俺はそんな逞しい国に、国民になってほしいという意味も込めて、こいつ等を育てているんだ。”
『あの庭同様、庭園を蔑ろにしているような人間が、ベヨシュタットの玉座に座っているとはな』
「今の剣王を支持しているのは貴族院です。三代目は自身が就任したあかつきに、国民議会を排除すると言ってのけましたから」
成る程。それで今の貴族傾倒の国政が敷かれているということか。
「……百年前にあれだけいたぶってやったのに、まだ躾が足りていなかったようだな――」
俺は事態を理解すると、そのまま客室を立ち去ろうと背を向ける。
「あの、どちらへ?」
『別に、今から本物の“狂人”が元老院と偽りの王を叩き斬ってもいいかと思ってな』
「っ!? 何を考えているのです!? 今そんなことをしたら――」
『分かっている。冗談だ』
――半分は、本気だがな。
『ひとまず今日のところは戻って休ませて貰う。明日また詳しく話を聞こう』
ここまで連続しての移動が重なった挙げ句、腹も減ってしまっている。いったん休憩を入れても罰は当たらない筈。
「でしたら、私の息がかかっている宿屋でお休みください」
『宿屋?』
「あのレストラン、二階が宿屋」
チェイスもそう言って立ち上がるということは、どうやらあそこが今の“殲滅し引き裂く剱”の拠点ということになるのか。
『はっ、昔は城内の円卓がある大部屋が俺達に割り当てられた部屋だというのに……まあいいだろう』
かつて“殲滅し引き裂く剱”の原型ともなるギルドを設立した時も確か、どこかのしがないレストランにたむろしていたことだしな。
「では明日、改めてお会いしましょう」
「その時は私も準備しておかなければなりませんね」
『何をだ?』
言葉に引っかかりを感じた俺はエニシに問いかけるが、エニシは相変わらず笑みを崩さぬままに答えを返す。
「いえ、どうせなら今の“殲滅し引き裂く剱”も見て頂ければと、ボリスさんから伝言を預かっていますので」




