第六節 息つく暇 5話目 The Void Struggle
「はっはっは! このプレサス田中、勇者の名に懸けて一切の手を抜かないことを誓おう」
「兎を狩るのにも全力を出すような方ですか。否定はしませんが同調もしませんね」
「はっは! 別に“物”からの同意など必要ないわ!!」
頭上から振り下ろされる剣に対して、アイゼは両手で握りしめたブロードソードで迎え撃つ。
「くぅっ……!」
「はっはっは! そぉらいくぞ!!」
愚直なまでに剣を極めることで到達できる職業――勇者。攻撃、防御、ともに一線級の練度に練り上げられたそれは、アイゼにとっては苛烈な攻撃となっていた。
振り下ろし、横切り、突き、切り上げ――いずれもスキルを使用していないただの通常攻撃だが、アイゼでは受けるので精いっぱいといった様子に思える。
「……やはり俺が前に出るべきだったか――」
一人呟いた、その時だった。
「――ハァッ!」
「ぐぁっ!?」
いつでも戦いに参加できるように残心を発動していたお陰で、今の一瞬でアイゼが何をやってのけたのか、それを目にすることができた。
敵の剣を払いのけ、流れるように逆袈裟斬りを仕掛ける。攻防一体のこのスキルの名を俺は知っている。
――受け流し。片手剣全般が使うことができる基本スキル。しかし使えるのはあくまで人間であって、彼女のような剣自体がこの技を知っていることには驚きを隠せない。
「はっは、やるなっ!」
「おやおや、まさか道具にしてやられるとは。まだまだ詰めが甘いのでは? 田中さん」
「そう言うなモリオンヌ! ……しかしこれは益々もって気に入ったぞ!」
田中は再び剣を構え、そしてまっすぐと切っ先をアイゼの方へと向ける。
「お前を手に入れたあかつきには、この俺のお気に入りの“武器”としてこき使ってやる!」
「生憎、貴方のような人とは相容れない性格なのでお断りさせていただきます」
「あらあら、意外とお似合いの可能性もあるんじゃないかしら?」
ラストとしてはライバルが減ることへのメリットの方が大きいのかもしれないが、導王との約束もある手前、そして彼女を“道具”としてしか見ない俺にとってはその発言は許せるものではない。
「くっ……」
「心配しなくても大丈夫ですよ、ジョージ様。私は最初からこの戦いに真っ向から勝つつもりはありませんから」
「はっはっは! では大人しく負けを認めては――」
「当然ながら、負けを認めるつもりもありません」
アイゼは剣を構えたまま、まっすぐに田中の姿を捉え続け、そしてジェイコブはモリオンヌの乱入が無いように目を光らせている。
モリオンヌの方も乱入を仕掛けた場合のリスクを考えてるようで、乱入までには至っていない様子。
「本当であれば、さっさと田中さんの加勢をして終わらせたいところですが、そうなれば貴方まで出張ってくることになるでしょうね」
『当然だ。こっちはあくまで一介の剣士として一騎打ちを見届けているだけであって、乱戦ともなれば容赦はしない』
「ハァ……どうして剣士とやらは皆、無駄にフェアプレー精神が強いのでしょうか」
そうこうしている内にも再び剣戟が繰り広げられ、辺りには鍔競り合いによる風圧の余波が飛び、そして素早い脚捌きによって地面の雪が蹴散らされていく。
「はっは! ならばこちらも一つ技をくらわせてやろう! ソードバンカーッ!!」
柄による打撃により怯ませた後の、セットで繰り出される手首をひねっての振り下ろし。
最初の打撃によって権を握る手を緩められたアイゼの頭上に、剣が振り下ろされる――
「――チェエイリャァアゥッ!!」
しかし実際に振り下ろされたのは、俺にとって見覚えのある両手剣だった。
「ぐはぁっ!?」
一体どこから飛んできたというのか。両手剣と一緒に空から降ってきたのは、怒りを露わにするガイデオンだった。
「我らに手を出すとはいい度胸してるじゃねぇか異端者共!! こちとら最近お預けを喰らってばっかりなんだ、てめぇらをブチ殺すことで憂さ晴らしさせて貰おうじゃねぇか!!」
「来てくれると信じていましたよ、ガイデオン」
そしていつの間にかサーカスの見張りからこちらへと向かっていたのか、曲剣を片手にケファロがその場に姿を現している。
「おーおー、派手にやられてんじゃねぇのジュデスのダンナ」
「情けない姿をお見せしましたね……申し訳ない」
「なーに、大いなる主から魔力を頂ければ治るでしょそんな傷」
その場は既に二対五。一人一人がそれぞれ実力者ぞろいの中、この数的不利は相手にとって痛手となる。
「まったく、貴方がNGワードを口走るから、検索に引っかかったではありませんか」
「すまなかった、ここまで手が回るのが早いとは思わなくてな」
「まったく……貴方を虚空機関に誘ったラ=グースさんの気が知れませんね」
『待て! 虚空機関だと!?』
「あー、そういえばお伝えしていませんでしたね。心配せずとも、キリエさんにはよろしくお伝えしておきますよ」
そうしてモリオンヌは数歩下がって足元に隠されていた魔法陣を起動させると、そのまま姿を一瞬にして消してしまう。
続いて田中も魔法陣が仕掛けてあるであろう場所の一歩手前まで走りこむと、同じように捨て台詞を吐いて消えていく。
「今回はミスをしたが、次こそは必ず手に入れてやる! 待っていろアイゼ!」
「はぁ、貴方に名前を覚えてもらいたくはないのですが」
しかし転送魔法となれば、導王による阻害膜に引っかかるはず。ラストの見立てでも相当な遮断レベルの代物を、あのような罠みたいな設置魔法で――
「――そうか! 都市内部での転送トラップなら阻害されない!」
「主様! 奴らの気配を探知しましたが、都市の反対側に――」
「我から逃れられるとでも思ったかァッ!!」
ラストの言葉を耳にするなり、ガイデオンは両手剣を反対の方角に向かって大きく振りかぶって投げ飛ばし、そして自身の肉体を消し去り、空高く飛んでいく両手剣のそばへと再び姿を現す。
「あーあ、ガイデオンのおっさん、自身の秘密をそう簡単に敵に見せちゃってまあ」
「その点は問題ない……というより、既に逃亡した二人と、そこの初代刀王には俺達の正体が知られてしまっている」
「そりゃどういう経緯で知られることになったのさ」
そんなことより遠くで土煙と地鳴りが鳴り響いているが、それに関しては誰かツッコまなくてもいいのか?
『……ガイデオンを一人にしておいていいのか?』
「心配しなくても、あのおっさんは俺達聖剣七人衆の中でも一番強えから大丈夫だろ」
『そんな最強の剣であるお前達を、相手は武器として回収することを目論んでいたんだが……』
「ガイデオンならご心配なく。嘘偽りなく、私達の中ではリーダーのヨハンさんと並んで頭一つ飛びぬけた強さをお持ちですから」
「逆に言うと、ガイデオンで勝てぬのなら、俺達が行ったところで足手まといなだけということだ」
アイゼやジェイコブまでもがその実力を認めているようで、このように追う気配を見せない。
まあ、俺としてもあれだけ喧嘩を売ってきた相手なのだから、あんな輩にやられるくらいなら俺と相対するなんて寝ぼけた話になってしまうか。
「地烈崩壊斬!! 重爆閃撃!! マキシマムブレイバァアアア!!」
……遠くでとんでもないレベルの叫び声と、先ほどとは比にならない土煙や地響きが巻き起こっているようだが、確かに何も気にしないでおくとしよう。




