第六節 息つく暇 3話目
広場を後にして再び首都を歩き回っていると、徐々にであるがベヨシュタットにいたときにも覚えがあるような、人通りも少なく日当たりも少ない、いわゆる治安が悪い区域へと足を踏み入れていく。
『てっきりマドレアにはこのような治安の悪そうな場所は無いと思っていたが』
「ここは敢えて残している。何故ならこの国で何か画策しようとする者がいたとしたら、こういった場所に集まるからな」
「まるで汚い場所に集まるゴキブリのような習性ね」
ラストの言う通り、確かに裏で暗躍しようとする者ほど、こういった治安の悪い場所を根城にしがちだ。
その理由も簡単で、治安維持の為に表立って目を光らせているような連中の目が、こういったところまでは行き届きにくいからだ。
『敢えて残していると言ったな。ということはここを見張る奴らが――』
「おやおや、ジェイコブ殿にアイゼ殿。奇遇ですなぁこんなところで」
光の差さない裏路地の物陰から、男の声が聞こえてくる。振り返ってみると、そこには見るからに不健康そうな、やせ細った男が一人。そしてその顔には見覚えがある。
『……確かジュデスだったか』
「その通りですよ、お客人」
『なるほど。ここを見張っているということか』
「おっと、あまり大きな声で喋らないようお願いします。これでもいくつかめぼしい輩のもとに顔を出しているので」
結局のところ、どこの国も悪いことを考える奴らがいる。門戸を大きく開いているソーサクラフもまた、その例に漏れずということか。
「最近ですと亜人種の人身売買だとかその手の輩が増えてきていましてね。首都でも神隠しのように人が姿を消している事があるのですよ」
「その連中との接触はできたのか?」
「いや、それがですねジェイコブ、相手は中々のやり手のようでしてね。このジュデスを以てして尻尾を掴めぬ状況で」
『ならば俺がその手伝いをしてやろう』
「なっ、主様!? どういう風の吹き回しで!?」
亜人種の人身売買――そのようなものを見過ごしたとあっては、エルフ族の隠れ里の連中に、リーニャ達に顔向けなんてできないだろう。
『目星は付いているのか?』
「付いてはいるのですが、どうもこちらが後を追おうとするなり、文字通り姿を消すのです」
『【転送】の可能性は?』
「それにしては明らかに転送までの時間が早すぎるのです。まさに本人含めて神隠しといったようで」
ふむ……まさか【転送】の上位互換になる魔法でも追加されたのか? もしそうだとするなら、事態は相当に面倒なことになっていくぞ。
「…………」
……一つだけ策があるにはあるが、これは正直提案したくはない。
その内容とは、ラストを囮にするやり方だ。連れ去らわれた先でラストに俺を逆に召還する魔法を唱えさせることで内部侵入を仕掛ける方法だが、このマドレアのように外部からの転移や召喚魔法を阻害するものが準備されていたとしたら、これは単にラストを敵に取られただけという無意味な結果を意味する。
『……面倒なことになってるな』
「おっしゃる通り、問題解決に至るにはまだ相手の手の内が明かせていない状況でございます」
『ひとまず目星がついていると言っていたな? そいつの外見とか教えてもらえないか?』
「そうですね、そいつらは二人組で動いているようでして、片方が――」
「それ以上の情報提供は必要ありませんよ」
「っ、誰だ!!」
ジェイコブが振り向いた先――そこにいたのはまさに二人組の男だった。片方はスーツ姿に身を包み、メガネをかけた理知的な男。片方は騎士の鎧にアフロが乗っかっているという珍妙なスタイルの男。
『……どういう集まりだお前ら』
「キーボードによる会話入力……となると、例の初代刀王ですか」
スーツ姿の男が俺のキーボードに注目し、俺の過去の異名を口に出している。つまり、こいつらは前作プレイヤーということか。
『俺の事を知っているようだな』
「勿論、お噂はかねがね」
「それでどうする気だ、モリオンヌ。俺達の狙いはそれ以外の三人だろ」
「そうですね……ここはひとつ、交渉と参りたいところですね」
そうしてモリオンヌと呼ばれた男は一歩前に出ると、胸に手を当てて礼儀正しくお辞儀をする。
「改めまして。私の名前はモリモリモリオンヌと申します」
「モリモリ……」
「モリオンヌ……」
別に元はといえばこのゲームはMMOなんだし、ネタネームをつけてもおかしくはないが……大抵は真面目な名前のプレイヤーばかりだったからか、不意を突かれた気分になってしまう。
そうしてラストと俺とで相手の名前を口にしたところで、モリオンヌは俺達に対して敵意が無いことを示すと同時に、ある提案を投げかける。
「我々といたしましては、貴方と敵対するつもりはありません。ただその他の三人に御用がありまして」
『用だと……?』
「はい。どうやら風の噂によると――」
――そちらの三人がレアなインテリジェンス・ウェポンだという話を聞きましてね。