第五節 王の器、人の器、道具の器 2話目
『――まさか最後の世界統治後の権限を寄こせとでもいうつもりか?』
「いやいや、そこまで大それた話をするほど私は愚かではない」
苦笑を浮かべる導王だったが、どこまでその言葉を信用していいものやら。刀王のようにプレイヤーへの称号として与えられるものではなく、本来のゲーム内の役割としての王を目の前の存在は担っている。
国を治める王であれば、大なり小なり野望を持っていて当然。そしてそれは勿論、大陸全土を一つの国に纏めるという世界統治に絡んだ野望に違いない。そう思っての最初の発言だと思っていたが、どうやら違うと言いたいようだ。
「……極論、この国の民さえ残るのであれば、どこの国が天下を取ろうと構わないと私は思っている」
「なっ――」
――それは事実上、この大陸統一を目的とした争いから手を引くという宣言に近いものだった。
「だからそうだな……君達がもし大陸を統一するとなった際には、国を残せとは言わないまでも、この地に自治権を持たせて欲しいっていうのが一つ目の条件かな」
『一つ目、だと……まだ他にあるのか』
「呑めないのなら、このまま踵を返して帰るのも結構だよ。その際には、我々ソーサクラフとの間には何もなかったということになるが」
『呑めないとは言っていない。俺が気になっているのは、今のが一つ目という点だ』
このまま二つ、三つとなれば、流石に持ち帰って検討していく必要がある――というより、自治権の段階で俺の裁量を超えている気がするが、それでもまずは全容を明かしておきたい。
『二つ目はなんだ?』
「その話に入る前に……少し世間話でもしようか」
『できれば手短にしたいところだが』
「まあまあ、この話を聞いたうえでの二つ目の条件を提示したいところなんだ」
つまりは前置きが必須の条件ということか。
『いいだろう。話を聞こうか』
「ではまず始めに……君は先程の二人の会話をどう思った?」
『二人……ラストとガイデオンか』
「そうだ。確か彼らはこう言い合っていたね。自分の事を意思もなくただひたすらに遂行する道具と取るか、時には主に意見を述べることもある意思のある従者として取るか」
自由意志の介在――それは俺自身がこの世界の住人に対しての考え方と奇しくも重なるものがある。
「さて、君ならどう思う?」
『……深く考えるまでもない。ラストは魔族であって、一人の女性でもある。意思をもって動き、考え、そして時には俺を困らせることもある』
「ふむ」
『だがそれら全てを、俺はあって当然のことだと考えている。この世界一人一人が自由に考え、そして自由に選択する意思を持つ権利がある。無論、それは従者としてもだ』
「なるほど。確かに彼女を従えられるだけの度量と器量が君にはあるといえる」
返す言葉になるだろうが、導王はどのように考えているのか。俺は逆に質問を投げかける。
『そちらとしてはどう考えている? ガイデオンの言い分を聞く限りでは、道具として扱っていると取られかねないが』
「……問題はそこなんだよ」
導王は困ったような表情を浮かべて、そして語り始める。
「君のところにはアイゼを出迎えとして送り、そして一晩過ごしてもらったが……ここまでを踏まえて何か違和感がなかったかい?」
『違和感……』
そう言われてみれば、いくつか心当たりがある。
『……大きく、二つの違和感があるな』
「そうか。では聞かせてもらおうか」
『一つ目だが、確かにアイゼもまたガイデオンのように自身を道具として扱い、あまつさえ出迎え人として俺を引き留めるためなら、自ら命を絶つとまで言い出していたことがあった』
「ほう! それは私のあずかり知らぬところでとんでもないことを言っていたものだ。アイゼは時折自己犠牲を平然としようとする部分があるからね。私からも後で言っておこう」
『問題はその後だ。さっきも言った通り、俺は道具としてラストを見ているつもりは無いし、それは他者に仕えている者に対しても同意見だ』
俺は当時の状況を改めて説明し、アイゼの判断を認めることがそのままアイゼの事を引き留める道具になると俺自身が認めることになるとして、自刃行為を止めさせたことを伝えた。
「なるほどね。確かに話の筋は通っている」
『そうしてラストに転送魔法で転送している時の事だった。アイゼ自身が意識してつぶやいたのか、無意識に感情を漏らしたのかは知らないが、ラストのように自由にふるまっている様子を見て、「羨ましい」と言葉を漏らしていた』
「……そうか」
俺の違和感が、そのままその通りといった様子で導王を深く頷かせた。
『もし本当にあんたが道具として取り扱っているのであれば、彼女の言葉はある意味聞き捨てならない。だがあんたの様子を伺っている限り、実情はそうじゃないと見受けられる』
もし本当に導王自身が道具として見てきているのなら、そもそもこのような話を始めないはず。そしてその通りといった様子で、導王は更に俺から話を聞きだそうと促す。
「その通りだよ、初代刀王。そして、もう一つの違和感はなんだい?」
『これは俺の勘違いかもしれないが……今朝方、寝室にアイゼの姿が見えずに、背負っていたブロードソードだけが残されていた。最初は首都圏内で誘拐事件にでもあったのかと思って、手掛かりとなるブロードソードに手を伸ばしたんだが――』
「――その実、存在していなかった筈のアイゼの手でも握ったのかい?」
「っ!? 『何故分かった!?』」
寝ぼけた俺の勘違いと思っていたことが、その実この問答の手掛かりの一つとなっていたらしい。そうして二つの違和感を伝えた俺は、それに対する導王の答えを待つことに。
「それは実に不思議な体験をしたと思う。だけどその理由はとても簡単に説明できる」
導王はそうして、恐らくはこの国の誰にも語ったことが無かったであろう、聖剣七人衆に秘められた大きな秘密を俺に打ち明け始める。
「アイゼを含めて、私が聖剣七人衆として呼んでいるものの正体とは――」
――全員が“意志を持って生まれた剣”。君たちが言うところの、知性を持った武器の集団という訳さ。




