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第一節 道のり 6話目

『そうか、お前がエニシか。ボリスから捕まった、と言えばいいのか?』

「そういうことですね。ようこそ、百年後のベヨシュタットへ。といっても、私もつい最近来たばかりなのであまり先住民面はできませんが」


 となるとこいつは体験版組、引き継ぎはしていなさそうなところから新規組と言ったところか?


「はい。実はとある先輩から面白いから一緒にやりましょうと言われて、初ゲームなのですが……まさか閉じ込められるとは思いませんでしたねぇ」


 アハハー、と笑っているが随分と余裕があるな。


『ちなみにその先輩とは誰だ? その口調だと相手は前作もやっていそうだが』

「いえ、ここで喋っても面白くないと思いますので、向こうに着いてから実際にお会いした方が早いかと」


 どうやらそいつは俺の知り合いでもありそうだが……まあいい。先を急いだ方が良さそうだ。


「ええ。この辺は治安が良いとは言えませんから」


 首都ベヨシュタットであれど、路地裏ともなれば治安も雰囲気もあまり良いものではない。いまだに衣服の着替えを済ませられていないラストの方を見てどこで買った奴隷なのかという会話も飛び出しているが、俺はそんな輩に渡すつもりはないと、あえてラストの腰を抱き寄せて一緒に歩き出す。


「主様……?」

『急ぐぞ』

「……はい」


 ここぞとばかりに寄りかかって満足げにしているラストだったが、以前の俺の忠告通りにそれ以上は何も――と思いきや、チェイスに向かってさりげなくどや顔をするな。


「……ずるい。チェイスも」


 そんな様子を見て嫉妬か何かは知らないが、空いた方の腕にしがみつくようにチェイスは寄り添い、そしてラストの方をじっと見つめている。

 ……頼むから俺を挟んでにらみ合わないでくれ。あとキーボード打てなくなって喋れなくなるから地味に困るんだが。


「おやおや、チェイスさんに随分と懐かれているようですね。私なんていまだにパシリ扱いなのに」


 苦笑しているが助ける様子が一切見えないところがイラッとするのは俺だけか? 少なくともチェイスくらいは引き剥がす手伝いをしてくれても良いと思うんだが。

 ……ラストは絶対離れない。俺から手を回したのもあるし、何よりチェイスと張り合っているからな。


「さて……こちらです」


 そうして誘われたのは路地裏の隠れ家的なレストラン。食事を交えた会話こそが懐柔の秘訣でもあるのは現実でもこちらでも同じかもしれないが、入る前に少なくとも両腕を自由にしておきたい。


「……二人とも離してくれ」

「えっ、あ、主様! 申し訳ございません!」

「ご、ごめんなさい……」


 こっちに来てから俺が相手に対してキーボードではなく初めてまともに口を開いたことに、ラストは驚いて目を丸くした。確かに十年前はひと言も喋ることができない引きこもりだったが、十年も社会の荒波にもまれれば少しくらいは喋って会話することぐらいできる。


『キーボードが使えないんだ、喋るくらいはする』


 流石のラストも衝撃を受けたようで、そのおかげで両手も空いてキーボードを呼び出して会話の続きができている。

 しかしラストは十年前と違って俺が変な魔法板(キーボード)を使わずに喋れるのだと知って、何やらもじもじとしながら媚びるような視線を向けている。


「主様の声……あの、愛してると言っていただけますか……?」

「…………」


 ……それは無理だ。


『……悪い。ちょっとそれは無理だ』

「えぇっ!?」


 流石にキーボードがあるならあると会話時に頼ってしまっている身として、己の口から愛の言葉をささやくなんてハードルが高すぎる。


『勘違いするな。単にまだそんなことを言える程の度胸が無いだけだ。お前のことは、一番大切に思っている』


 それに、いつかは言うかもしれないし(言えないかもしれないが)。


「――っ! ではこのラスト、何時でも愛の言葉をお待ちしていますので……」


 少なくとも三十年近く生きていて童貞の俺からそう簡単に引き出せる言葉では無いとだけ言っておこう。心の中で。

 ……あ、違ったか。ラストから十年前に一度だけ無理矢理――あれはゲーム内だからノーカンか? いや、今現在進行形でゲーム内の世界だからどうなんだ?


「くすくす、どうやら聞いたとおり、本当に仲がよろしいようですね」

「仲が良い? フンッ、そんな言葉では言い表せないようなもっと深い関係よ」


 うーん、否定も肯定もできない。


「ふふふふ……さて、レストランはあくまで通過点です。こちらへどうぞ」

『店の輩は知っているのか?』

「ええ。あそこにいるマスターと我々のギルドは通じています。正しくは、ギルドより上の地位の者との仲介という形ですが」


 なるほどな。昔と変わらないのであれば、剣王、またはそれに近しい地位を持つ人間の元か。

 ――あるいは落ちぶれた結果、議院を構成するどこかの貴族に引き取られたか。

 レストランの奥の扉へと進み、そこからさらに地下の隠し扉を通り、レストラン内の地下通路を歩き続ける。


『……この通路、見覚えがあるぞ』


 もし俺の予想通りとすれば、かなり歩くことになりそうだが。


「それで? 私と主様をいつまで歩かせるつもりだ?」

「すいません、もう少しなんです」


 狭い道をしばらく歩き続けたラストの苛立ちも募ってきたところで、エニシはこの辺だと天井を叩き始める。


「……ここですね。よいしょっと!」


 どうやら普段は土か何かで埋めてあるようで、天井にある扉を開けると、隙間から砂や土がボロボロと落ちてくる。


「さ、後に続いてください」


 安全確認の為に先に出たエニシが周囲の確認を終えたところで、地上に出た俺達がいるのはまさかの巨大な庭園の中心――ん?


『ここは、やはり――』

「そうです。今となってはこちらの方が正規ルートになっているみたいです。とはいっても、城壁外まで伸ばすのはここ百年でやってきたことだそうですけど」


 初代剣王の密かな趣味でもあった、ベヨシュタット城内にある巨大庭園。今でも脈々と受け継がれているであろうそれは、百年前と比べると少し手入れが行き届いておらず荒れているようにも思える。

 そして庭園のその下に隠されている隠し道。かつていざというときに助けられた、あの隠し道。


『やはり隠し通路を通っていたのか』

「はい。そして今からお会いするのがこのベヨシュタット城を治める剣王の跡継ぎ、第二王子――」


 ――第“二”王子?


「そこから先は私が話をしましょう」


 堅い信念を持っているような、背筋が伸びるような声。そして恐らくは他の人間に怪しまれぬよう、礼装ではなく普段着を身に纏う青年。


『……成る程、確かに初代剣王の面影があるようにも見える』

「そう言っていただけるのは光栄です。初代刀王」


 芯の通った真っ直ぐな瞳。そしてパリッとしたショートヘア。金髪というよりも少し黄土色が混じったような髪色は、まさに初代剣王の遺伝とも言える。


「私の名はクラディウス・ベヨシュタット。初代剣王であるバスタード・ベヨシュタットのひ孫にあたる人間であり、そして――」


 ――このベヨシュタットの、第二王子であります。

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