第三節 王の懐刀 3話目
常に冬空に覆われているこの地方ゆえか、窓から差す光も弱々しく、また屋内の灯りも薄暗く、本来ならば荘厳な装飾がなされているであろう壁もわずかながらに照らされているばかりで、朝であるというのに廊下のほとんどは暗闇に隠れている。
「…………」
「ふしゅるぅぁ……こうして一歩一歩歩くごとに、貴様の首を落とす断頭台に近づいているのを感じるぞ……」
「いい加減にせんかガイデオン、いつまで敵対行動を取り続けている」
「ハッ! 一番この場所に長く身を置いている割には、何も分かっておらんなゼバルベルゥ……大いなる主はお戯れとして彼奴らを生かしているだけにすぎん! 一目見るなり我に処刑の許可を下さるに決まっておるわ!」
この集団における一番後ろ――常にこちらの死角を取り、隙あらば殺さんと殺意をみなぎらせているこの男は、よっぽど俺とラストが異端者として処刑対象になることを望んでいるようだ。
「……主様」
『分かっている。お前も気を散らすな』
後ろの大男以外は極端に敵対的ではないものの、ジェイコブを追い込んだ実力も踏まえてか、こちらへの警戒自体は怠っていない様子。
……少なく見積もったとしても、実力的には二代目刀王と同格、下手すれば上か。それが周りに七人囲まれたとあっては、こちらとしても一切の気は抜けない。
そんな中で俺のすぐ目の前を歩いているアイゼが、ここまで好き勝手に言っているガイデオンに対して後ろを振り向くことなく皮肉の混じった言葉を漏らす。
「大いなる主にはご寛大な御心がありますことを、ガイデオンはお忘れなのでしょう。何せ彼は、唯一大いなる主に異論を唱える“勇気”ある者なのですから」
「随分な口を叩くじゃねぇかアイゼェ……もてなし役をこなしたことで、異端者に情でも湧いたかぁ?」
「それはそれ、これはこれ、と私はその辺りは割り切れます。血気盛んな貴方と違って」
「ぐぅ……生意気な女め……」
そうこうしている内に謁見の間に続く扉の前に到着したようで、先頭を歩いていたヨハンが俺達の方を振り返る。
「ここから先、大いなる主が訪問者であるお前たちをお待ちしている。決して粗相のないように」
『子供のお使いじゃないんだ。最低限の礼儀は弁えている』
「……だと良いがな」
しかしながらこの場にシロさんがいたら間違いなく首を横に振っただろうし、俺もこう言いながらも下手にへりくだるようなことをするつもりはさらさらない。
念押しの会話も終わって天を仰ぐように見上げるほどの巨大な扉が開かれると、僅かな灯りに照らされた薄暗い空間がそこに広がる。ヨハン達聖剣七人衆は謁見の間のそれぞれの持ち場へとつく為か、先に中へと姿を消していく。
「言っておくが、我はいつでも貴様の首を狙っているぞ」
『その時になって飛んでいった首がどっちのものなのか、楽しみだな』
「クハハッ、確かに楽しみだ……!」
そうして最後にガイデオンまでもが部屋の奥へと進み、そして膝をつく。
つまりはそこにいるということなのだろう、こいつ等の言う“大いなる主”とやらが。導王という名のこの地を統べる王が。
「…………」
『……いくぞ、ラスト』
「はっ!」
奥まで続く真っ黒なカーペットの上を、俺とラストは静かに歩みを進める。一歩一歩と進んでいくたびに、途中の柱に灯りがともされ、空間に光が広がりだす。
「……あいつが導王――なッ!?」
――不敵にも脚を交差させながら玉座に座していたのは、まさしく若かりし頃の――前作で生き抜いてきた“俺”だった。




