第三節 王の懐刀 1話目
マドレアの大通りから王城へと向かう唯一の道。それがこの大きな石橋なのだという。
「……一応念の為にお伝えしておきますが、ここから先は敵対的行動を慎んでくださいね」
それまでのにこやかな雰囲気とは打って変わって、ようやく元の聖騎士としての威厳も踏まえた言葉が並び始める。顔つきもどこか機械的なものとなり、アイゼのそれまで活き活きとしていた表情が全て消え去っている。
『……具体的にはどこから敵対行動になる』
「下手な探りを入れるのもお止めください……石橋の両脇、ところどころに鎮座しているガーゴイルが見えますよね?」
アイゼが指さすその先――レベル的には100を超えているのだろう、石でできた魔像が、それぞれ槍や斧、剣を手に持って鎮座しているのが見える。
「それにここには他に、導王の“懐刀”もおりますので」
『なるほどな……一国の王に会いに行くのだから、それくらいは当然だろうな』
「そういうことだ。“初代刀王”」
「っ!?」
突然として目の前に現れたのは、サングラスをかけた黒人の男。アイゼと同じように白を基調とした軍服のような服装を身に着けている。そしてその手に持っているのはレイピアで、切っ先を俺の眼前に向けて警告の意味を込めた殺意を飛ばしている。
「例えばこのような状況であろうと、石橋に一歩踏み入れれば抵抗することは許されない。刀を抜けば、即座に防衛機構が起動する」
「おのれ、主様に刃を向けるなど――」
敵意を剝き出しにするラストに対して片手を挙げて制すると、俺は目の前の男との目線を、フードの奥に潜んだ目で真っ直ぐに捕らえる。
『なるほどな……だがここはまだ、石橋の上じゃないだろ――ッ!』
残心からの素早い抜刀法。名刀“千鳥”に隠された追加効果で脅しつけるには、丁度いいシチュエーションだ。
抜刀法・壱式――居合――
「――雷切!!」
千鳥による居合は、雷すら断ち切る抜刀スピードと化す。それは実質的に神滅式と同等のものになる。
「なっ!?」
狙ったのはあくまでレイピアで、それは俺の刀によって弾き飛ばされ、カランカランと音を立てて石造りの床を転がっていく。
『……あまり人を試すような真似はしないことだな』
返す刀で男の喉元へと切っ先を突きつけると、俺に対する男の警戒度は最大限のものとなる。
「っ、やはりこいつは大いなる主の元へと普通に行かせる訳には――」
「やめてください、ジェイコブさん!」
朝とはまた違った緊張感が走る中、静止の声を挙げたのはアイゼだった。
「この方達は私がちゃんと御前まで連れていきます! その為に色々と先に忠告をしただけで――」
「忠告をしただけでこれだけだぞ、アイゼ! 大いなる主はお前に任せるようにヨハンに告げられていたようだが、相手はあの“初代刀王”だぞ!」
「初代って……えぇっ!? 刀王ってことは、ジョージ様って王様だったんですか!?」
『“元”、だ。初代だと言われてるってことは、今は二代目がいるって訳だ』
短期間で随分と調べ上げられているようだが、出来れば無礼奴時代までさかのぼって調べた方がいいぞ。これで謁見予定とかなければ、その腕もろとも斬り飛ばしていたところだからな。
「そんな危険な存在を五体満足で大いなる主の前まで連れていくなど、俺は元より反対だったんだ!」
「でっ、ですが一夜を共にした結果、この方が大いなる主にあだなすとは思えません!」
「なっ!? 一夜を!?」
「過ごしたですってぇ!?」
いやジェイコブとかいう男はともかく、ラストお前はその場にいたから実情を知っているだろ。それにいくらなんでもアイゼの言い方もおかしい。
「それは一体どういうことだ!?」
『……どういうことも何も、単に同じ宿屋で寝ただけだ。多分お前の想像しているようなことは何も起きてない』
「そ、そうなのか……?」
「そうです。一緒のベッドで寝ただけです」
あーもう、頼むからこれ以上喋るな。そこら辺誤解を招かないようにわざとぼやかしていたっていうのに。
「っ、やはり貴様は生かしておけん! アイゼを誑かすような輩など、この場で始末してやる!」
地面に落ちていたレイピアを改めて手に取り、ジェイコブという男は今度こそ俺を殺すつもりでの敵対行動をとり始める。
「“聖剣七人衆”が一人、“知恵”のジェイコブが貴様を始末する!!」
名前の雰囲気からして例の懐刀のグループか。丁度いい、ある程度の実力は知っておいて損ではない。
それに喧嘩をふっかけてきたのは向こうであって、こちらではない。ならば正当防衛も十分に通用する。
『“殲滅し引き裂く剱”、“初代刀王”ジョージ、いざ参る……』
さて、導王お抱えの剣士――この国の剣士のレベルがどれほどのものか、お手並み拝見と行こうか――