第二節 アイゼ 4話目
……どうも寝付けない。
「ふみゅ……むふふ……」
「すぅ……すぅ……」
一体どんな夢を見ているのか知らないがにやにや顔のアイゼと、こうして静かにしていることで改めて絶世の美女だと認識されてくれるラストの寝顔を交互に見て、俺は最後に天井を見上げる。
「……一体何を考えているんだ」
占いというもので俺がここに来ることを知っていて、それでいて向こうも会いに来るのを待っている。導王の目的は何なんだ。
「もしかして、既にベヨシュタットの内情を把握しているとでもいうのか?」
だとしたら話は早いかもしれないが、裏を返すとそれを知っていて色々とふっかけてくる可能性もある。
「夜中の三時か……まだ二時間しか寝ていないな……ん?」
気のせいか、アイゼの身体が透けてきているような……いや、そんなことはないか。
「……なんにせよ、まだ時間もあるし寝ておくか」
寝不足のまま導王と相対するのも、あまり良くはないだろうしな。
◆ ◆ ◆
「……よく寝た」
本当によく寝た。というか女性二人に囲まれて、しかもラストもいる状況で何事もなく眠れたのは今回が初めてじゃないか?
「……二人はまだ寝ていて――ッ!?」
俺は寝起きの自分の目を疑った。隣にいるはずのアイゼの姿が無く、代わりにあるのは抜き身のブロードソード一本だけ。
それにしても随分と凝った装飾がなされた剣だ。白銀の剣身に、フラーの部分にはバラの花を象った紋様が彫られていて、恐らくこれもまたユニーク武器――
「――そんなことを考えている状況じゃない! 俺達じゃなくて使者の方を狙っていた奴がいたのか!」
そう思って何か手掛かりでもないかと、残されたブロードソードの柄に手を伸ばした瞬間――
「きゃあっ!?」
「……えっ?」
俺が柄だと思って手を伸ばして掴んだのは、それまで存在していなかった筈のアイゼの手首だった。
「……どういうことだ?」
「び、びっくりしました……」
「ハッ!? 主様!」
ラストが起きると同時に手を引っ込めることで何事もなかったかのように装ってみるも、当然ながら疑いは晴れず――
「……分かっています、主様。そこの盛りの入った雌犬に手を出されそうになったのですね」
「い、いや、そういうのは何もなくてだな――」
「やはりこの場で殺す! 貴様だけは最初から危険だと私は思っていたのだッ!!」
そうして俺の目の前で猛毒の棘が生成され、そのままラストがアイゼの心臓に向けて振り下ろそうとしたその時――
「――ハァッ!」
「ッ!」
アイゼの手に握られていたのは、見覚えのあるブロードソード。俺がさっき柄を握ろうとしていたあの剣だった。仮に抜剣が済んでいたとしても、ラストを相手にこの速さで対応できる辺り、実は相当の実力の持ち主であったことが今の一撃で推測できる。
「……残念ですが、今回は私の方が被害者です。ジョージ様がいきなり私の手首を握ってきたのですから、びっくりして声を挙げただけです」
「いったいどんな経緯があって主様が貴様の手首を握る必要があるというんだ。下手な言い訳は更なる苦痛を呼ぶだけだと知れ」
アイゼの実力に感心したいところだが、とにかくこの状況を解消しないことには、下手したらソーサクラフ中を巻き込んだ戦争へと発展しかねない。
『待て、ラスト! アイゼの言っていることは本当だ! 俺が寝ぼけて手首を掴んだせいで、びっくりさせてしまったんだ!』
「なっ……どうして、私の手を握ってくれなかったのですか……」
『寝ぼけていたんだからしょうがないし、俺もこれ以上言い訳はできない。アイゼにもすまない。俺がもうちょっと気を張っていれば、このようなことにはならなかった』
「なぁんだ、そうだったんですね。私こそ、びっくりして大声をあげてしまいました」
俺が悪いという形でなんとかその場は収まったが、結局のところ一つの疑問が解決しないまま残ってしまう。
――俺が握ろうとしていたのは、確実にあの剣の柄だった。そしてそれまでアイゼの姿など、その場には一切無かったはずだ。
しかし事実は俺がアイゼの手首を握ってしまい、大きな誤解を生む結果となってしまっている。
「……やっぱり俺が寝ぼけていただけなのか?」
こんな事になるくらいなら、多少ごねてもツインベッドの部屋にしてもらえばよかったなどと、今更になって後悔したのだった。




