第二節 アイゼ 3話目
「おいしかったぁー! やっぱり首都ではここが一番ですね!」
『それよりよかったのか? 支払い誰もしていないが』
「大いなる主のお客人なので、お店の支払いなんて気にする必要ありませんよ!」
つまり後で国が支払いなりするという訳か。
『そうか……なら、改めて話を戻そう』
「へ?」
『何も夜中に飯を食ってハイ解散って訳じゃないだろ?』
「あっ、そうでした! 宿の方も取ってありますので――」
『そうじゃない』
そのまま宿屋まで連れて行こうとするアイゼの言葉を遮って、俺は今度こそ本題へと入ろうとした。
『導王がこうして俺達が来るのを待っていたというんだ。目的はなんだ』
「……それは……その……」
それまで元気よく流暢に喋っていたアイゼの口が、途端に重くなる。
「……私、他の方々と違ってあまり賢い方ではないので、どう伝えればよろしいのか分からないのですが……ただ、大いなる主との謁見は明日行うとのことで、今日はとにかくもてなせと――」
『分かった。それ以上言わなくていい』
「ですが――」
『理由は十分わかった。それ以上喋るな』
つまりこいつは下っ端か。あまり情報も渡されず、ただ次の日に俺を導王へと引き渡すだけの役割ということか。
だとしたら、下手に色々と聞き出す必要もないし、聞き出せる情報もこれ以上は無いだろう。今以上の探りを入れた結果、彼女に不利益を被らせる可能性もある。
『宿屋に案内しろ。今日はもう寝る』
「必ず同じ部屋にしなさい。私は主様の妻として同じ部屋で眠るのだから」
別室にして欲しい――と声が出かかったが、流石に他国でラストを一人きりにするのも怖い部分がある。そう思って俺は何も言わずに、ラストの要望のまま、部屋を一室だけ借りることにした――
◆ ◆ ◆
――筈だったが。
『なんでお前までいるんだ』
「そうよ! 私と主様が愛を育む場所に、どうして駄犬がいるのかしら!?」
いやお前はお前で色々とツッコミどころがあるんだが。それとアイゼも何を考えてツインじゃなくてダブルベッドの部屋を取ったんだ。
もはやどこからツッコミを入れればいいのかといった状況だが、一番は何故アイゼまでもが宿屋の同じ部屋に居座っており、扉の前でまるで守衛のように立っているのかということだ。
「私は明日の謁見まで無事にお客人を送り届けるよう命ぜられたので、こうして寝室の護衛をと思っているのですが……」
「生憎だけど、私も主様もそれなりに腕が立つの。貴様の護衛など不要よ」
確かに俺もここで油断するほど馬鹿じゃない。何かあればすぐに戦えるようにと、脇差をベッド近くに既に隠している。
「そうなのですか? でしたら、私も休息をとってもよいとのことですか?」
護衛をする必要が無いと理解したアイゼは、堂々と休息宣言を取ると共に、女二人で俺を挟むような形にして同じベッドに入り込んできて――って何を考えているんだ!?
『違うだろ!? 普通に別室を取って休めよ!』
「そうは言われましても、お連れの方が一部屋でよろしいと言っていたので――」
「それは私と主様の部屋が、ってことだ! 貴様は他の部屋で一人寂しく壁を向いて寝ていろ!!」
「えぇー……でももう眠いですし、ここのベッドも三人寝られるサイズの大きなものなので……ふぁぁ……このまま寝ますね……」
布団に入るなり即刻寝息を立て始めるあたり、やりたい放題かこいつは。
「一体何なんだ……」
「やはりここで始末するべきでは……!」
『こうなったら俺が床で寝るか……』
「それは一番駄目です主様! どうか私の傍によってお眠りください!」
それはそれで俺が眠れなくなるから駄目だ。
『仕方ない……だったらここは素直にベッドで寝ておくか』
「それは……私はまだこの駄犬がいることに納得できていないのですが……」
『仕方ないだろ。今更起こせるようなものでもないし、そもそも到着したのが深夜だ。眠くなるのも当然だ』
どちらに寝返りを打っても地獄の状況で、俺は睡魔に抗うこともなく、天井を向いて静かに目を閉じたのだった。




