第一節 道のり 5話目
「ちゅぅー……ぷはっ」
「……フンッ!」
非常に気まずい。胃が痛い。まさかの身体的バッドステータスがこんなことでつくとは夢にも思わなかった。
俺の隣には本来の魔物としての覇気と殺気を身に纏ってピリピリとしているラストが、そして向かいにはそんなことなどつゆ知らずとばかりに俺の許可も無く勝手に車内販売のジュースを飲んでいるチェイスの姿が。
強盗を片付けてからはというとすぐに列車の方は動き出してはくれたが、ここの間は相変わらずこわばった緊張感を生み続けている。
『……とりあえず二人とも落ち着いたらどうだ?』
「主様! こんな小娘と浮気をするおつもりですか!? 私とは何だったのですか!?」
『いや、だからそもそも考え方の時点で間違ってるんだが』
「違うよ。ジョージさま、チェイスの胸、触って喜んでた」
『ちょっと口を閉じていろお前は……!』
口を開く度に問題発言しかしないこの少女、どうやらギルドから与えられた任務の帰還途中のようで、客車の最後尾ですやすやと眠っていたところを強盗の襲撃に気がつき、そして屋上に這い出てきたというのだという。
「そもそもなんですか! こんなのが“殲滅し引き裂く剱”を名乗っているというのが私は信じられません!」
『そこには俺も同感だが、話を聞く限り彼女は今の“殲滅し引き裂く剱”の一人であることには間違いない』
少なくとも昔のギルドならこの程度の使い手、門前払いレベルでしかないが……逆に考えるとそれだけ切羽詰まっているとでもいうことか? ギルドが残っている以上、活躍してきた歴史も踏まえて考えたとして今の剣王からの扱いはどうなっているんだ?
『俺もいろいろ言いたい部分はあるが、兎にも角にもお前には不満しかないだろうが、こいつもまたギルドの一員ということだ。仲良くしろとは言わんが喧嘩は止めろ』
「くっ……主様がそう言うのであれば」
『お前もだ、チェイス。これ以上ラストの前で挑発するようなことがあるなら、俺はお前を“殲滅し引き裂く剱”とは認めない。ラストは俺にとってもギルドにとっても、大切な一員であることに違いはないからな』
「……分かった」
さて、俺の感覚がおかしくないのであれば、これだけの速さなら日が完全に落ちる前に首都に到着できるはず。
『……日が暮れてきたな』
既に夕焼けが窓の外から垣間見える。そして赤く染まる緑の草原や家、徐々にではあるが住民が多く住んでいそうな集落も見えてくる。
強固な外壁をくぐれば俺たちの目の前に、懐かしき街の風景が広がっていく。
『帰ってきたんだな……』
「ええ。私達が住んでいた街――」
――首都、ベヨシュタットに。
「とうちゃーく」
徐々にスピードが落ちていき、停車すると同時に汽笛が鳴る。そして列車の扉から、多くの人々が各々目的をもって降りていっている。
到着するなり何やら急いでいるのか、チェイスはさっさと列車を降りようと姿を消す。俺とラストはというと人がある程度ではらってから、ゆっくりと席を立って列車から降りていく。
『……前はこんなものなどなかったよな』
「ええ、ありませんでした」
流石は首都の駅とでもいうべきか、列車はレンガ造りの建物の中で停車しており、日が落ちて夜になるとともにぼんやりとした明かりが辺りに建物に灯されている。
魔法の明かりによって照らされた石畳の上に足を降ろせば、遂に首都ベヨシュタットへと降り立つことになる。
「遂に、この場所へ……」
『感慨深いものがあるが、やはり百年経てば色々と変わるか』
駅を一歩出れば、そこは首都ベヨシュタットの中心街にある自慢の噴水市場が広がっている。相変わらずレンガや石造り、木造の家が殆どで文明レベルとしてはあまり変化が無いように思えるが、道行く人々の雰囲気は百年前とは大きく違って見える。
前作まではベヨシュタットだと剣を使う職業の人間が多かった筈だが、今見えるだけでも魔法をメインとする魔道士や狙撃を得意とする狙撃部隊、更にはこの中世の町並みを主とするベヨシュタットには似合わない整備士といった、前作における各国が得意としていた職業の人間が集っている様子。
『確かに一度はこの大陸を支配していた国だったようだな』
「ええ……そのようで」
俺もラストも懐かしさのあまり周りを見渡し立ち尽くすばかりだが、先に降りていたはずのチェイスが、この場所からいち早く離れようと俺の袖を掴んでいる。
『どうした?』
「いこう」
『何故?』
「いいから、いこう」
何かしらの理由でもあるのだろうか、チェイスは人の多い表通りではなく、できる限り人の少ない裏通りを選び、人の目を避けるように早歩きで先へと進む。
『一体どうしたんだ? 何かあったのか?』
「それは彼女が“殲滅し引き裂く剱”だからですよ」
「ッ!!」
より一層治安の悪そうな区画へと足を踏み入れた途端、背後からかけられる声。俺は振り向きざまに即座に抜刀し切っ先を向けたが、そこに立っているのは眼鏡をかけたボサボサ髪の優男ただ一人。
『……何の用だ貴様』
「そ、その前に剣を降ろして貰えますか? こっちもそんな状況だと喋りづらいもので」
改めてその風貌を観察したところ、見たところよくてレベル20低度といった感じか。確かに敵対するにも値しない。
言われたとおりに刀を納めると、眼鏡の男はほっとした様子で胸をなで下ろす。
「はぁー、怖かった。まったくもう、このギルドにいると命が幾つあっても足りません」
『……お前も“殲滅し引き裂く剱”の一人か』
俺の問いに対して、男はにこりと営業スマイルに近い笑みを浮かべてこういった。
「はい。私の名前はエニシ。“殲滅し引き裂く剱”見習いの人間です」




