第一節 探す当て 1話目
『寒くないか? ラスト』
「はい、大丈夫です」
念の為にフード付きの分厚い毛皮のコートを二着用意しておいて正解だった。転送された時点で相当の寒さが襲い掛かり、装備を変えなければ常にデバフによって体力が徐々に削がれ続けていただろう――というか、体感温度からして凍死するレベルの極寒度合いだ。
ラストは着替えなくても耐寒付与の防護魔法があるからと言っていたが、傍目に見て寒そうな格好のままでは可哀そうになってくる。
「せっかく主様と二人きりなのに、こんなに露出の少ない服装を着なければならないなんて……」
『見ていて寒そうという感想しか今は湧かないからやめろ』
ソーサクラフの国境にあるカナイ村付近に飛んだのはいいが、俺が前作で来た時よりも発展しているようで、遠めに見る限りでは村というよりも山間のちょっとした町といった方が正しいように思える。
元のデザインとしてはイギリスあたりの建物だろうか、急角度の三角屋根の上には雪が積もっており、屋内を照らす暖かそうな光が窓から漏れ出ているのが見える。
「昔はもっと細々とした村だった筈だが、大分発展したんだな」
過去にはベリアルロウという恐ろしい狼男の一種によって全滅の危機に追いやられた村でもあるが、今ではこうして平和な様相をしている。流石にその時の住民も俺のことは覚えていないだろうが、俺にとってはこの光景だけで十分満足できた。
「さて今夜はここで一晩過ごすべきかどうか――」
「是非とも、主様と熱い一晩を――」
『よし、一刻も早く首都のマドレアに向かうために乗合の馬車を探そう』
首都近くとはいえ、このような僻地だと駅馬車の本数も少ないようで、話を聞けば次に来るのは夕方の時刻なのだという。
「仕方ない……時間でも潰すか」
「でしたら主様、ここまで見てきた中で気になるものがあるのですが」
馬車の停留所に向かう途中で町の大通りを通り過ぎて行ったが、その中でラストは気になるものを見つけていたらしい。
『だったら行ってみるか』
「よろしいのですか!?」
『勿論だ。特に行く当てもないしな』
そうしてラストに手をひかれるがままについていったその先は、意外にも普通の雑貨屋だった。看板には“モルミンの魔法道具店”と店の名前が掲げられており、店の大窓から中を覗き見ることができるが、大小さまざまな売り物で店内がごちゃついている様子が見える。
『……こういうのが好きなのか?』
「好き、というよりも何といえばいいのでしょうか……」
思えばラストとはこうした雑貨店を回る機会が少なかったし、毎回何かと色々なアクセサリや衣服、そしてちょっとした家の小物を手にとってはじっと見ることも多かった気がする。
……案外普通に女性として可愛いものが好きなところでもあるのだろうか。いつも俺に対して何かと性的に迫ってくるイメージが強すぎるせいか、俺の偏見も凝り固まってしまっていたのだろう……ちょっとだけ反省。
『折角だから中を見ていくか』
「はい!」
そうして吸い込まれるように入店するラストの後を追って、俺も店内へと足を踏み入れる。
「いらっしゃーい。おやおや、魔族のお客さんとは珍しいね」
羽を見るなり一目でラストが魔族だと見抜いた老婆。だが俺の方も、老婆がただの人間ではないことを察することができた。
『鬼婆のあんたが言えた口じゃないだろ』
「ケッケッケ、よく知ってるじゃないか、あんた」
残心を発動してよく見ればすぐにわかる。仮にそうしなくても、血色悪い緑色の肌に、大きな醜い鼻といえば有名な魔女の一種のハグだと知識を持っていればすぐに気が付く。
「っ! 下がってください主様――」
「心配しなくても取って喰いやしないよ。人間を喰うような偏食主義じゃないんでね」
大体ハグといえば人食いのイメージ、特に若い娘や子供を好んで食べると言われているが、どうやら目の前の魔女はそうではないらしい。
「村の皆も、あたしゃがハグだって知っている。それでも置いてもらえているということは、そういうことだ」
『住人を脅している可能性は?』
「脅す? はっは、そんなことがあるもんかい。むしろ周りには感謝してるくらいさ。ほーら、そこにかけてある紙を見るがいい」
言われるがままに壁にかけてある額縁に入った書類の方へと目を向けると、そこにはソーサクラフから住民として住む許可を得たことを示す言葉が並んでいるのが見える。
「つまり、そういうことさ」
『なるほどな。疑って悪かった』
「へっへ、お客さんはまだマシさね。中にはいきなり暴力を振るおうとするやつもいるくらいだからねぇひぇっへっへっ!」
随分と陽気に語るばあさんだが、さりげなくその暴力に対抗できるだけの能力を持っていることがうかがえる。ソーサクラフに認められたのはその人格もあるだろうが、実力からして放っておくわけにもいかないのだろう。
『いきなり斬りかかるような奴は、大抵早とちりなオチが多いだろうな』
「そりゃそうさねひぇっへっへっ!」
どこぞの投げナイフ使いがくしゃみをしている気がするか、それはそれとして、ラストはいつの間にか店内を色々と見回っているようで、それでいて何か探し物をしているようにも見える。
「ひぇっへっへ、お嬢ちゃん、何かお探しかい?」
「っ! ……いえ、ただ見て回っているだけです」
「そうかいそうかい。あたしゃには、あるものを探しているようにも見えるがね」
『あるもの?』
そもそもラストは最初こそ過剰な反応を示していたが、それ以降はここが魔女の店だと踏んだうえで探し物をしている様で、それをハグに見透かされたようだ。
「ひぇっへっへ、まあ、あんたの旦那には知られたくないもんじゃなぁ」
「だっ、旦那ではありません! 主様です!」
自分の旦那だと思われていたことに嬉しく思いながらも、現実としてそれは違うと照れ隠しをしながら否定しているラストを見て、ハグのばあさんはニヤニヤとしている。
「ひぇっへっへ、甘酸っぱいねぇ。若いっていいねぇ」
『悪いが、あまり意地悪しないでもらえるか』
「ひぇっへっへ、怒られちまったよ」
それにしても探しているものとは何なのだろうか。気になってラストに聞きたいところだが、あの様子からして聞いたところで答えるのは気恥ずかしいところもあって渋る可能性もある。
「…………」
「……ない……ない――」
『……一体何を探しているんだ?』
「へっ? ……えぇーと、その――」
『探すのを手伝ってやるから教えろ』
「ひぇっへっへ! それを言うのは、魔族のお嬢ちゃんにとっては恥ずかしいってもんだよ」
『そんなに言い辛いものなのか?』
「そりゃそうさね。さっきから薬品類のところを見ているところから、ハグが若い男を誘う時に使う強烈な媚薬効果のある香水を――」
「黙っていろ羽虫風情が!! それに貴様のような百歳そこらのにわか魔女が、この私をお嬢ちゃんお嬢ちゃんと……この幻魔ラストを舐めるなよ!!」
「ひぇっ!?」
……探すのが急にアホらしくなってきた。というか、そんな婆臭そうな香水つけなくても、ラストからは常にほんのりとほろ甘くていい匂いがする――いや、これを言うとまた暴走しそうだからここは黙ってやり過ごそう。