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第五節 それぞれに示された道 2話目

「折角だから一つ賭けをしなぁい?」

『賭けだと?』


 急な賭け事の提案に、俺は眉を顰める。


『当初の目的は騎兵ランサーの魅力を伝えることだっただろ』

「その為にも本気で取り組んで欲しいのよねぇ」


 元々からベスが相手なら本気でやるつもりだし、やらないと負けるんだが。


「んーとねぇ、私が勝ったらぁ……」


 ずずい、とベスは顔を近づけてくる。そして耳元でこうささやいた。


「――一週間、私の家で泊まって貰うわぁ。しかもその間は好き放題、何をされても文句なし、ねっ?」

「はぁ!? 一体何を――」

「何を自ら死へと歩み寄っているのだこの羽虫がぁっ!!」


 どうやらひそひそ話のつもりが、ラストの耳には聞こえていたようで、怒りをあらわにしてこちらに向かってくる――というか、俺関連だけ地獄耳過ぎないか?


「私という存在がいるということを知っておきながら、主様をそのようなことに――」

「あらぁ、だったらジョージが勝ったら――」


 今度はラストに向かってひそひそ話。というか、俺は地獄耳じゃないからその内容は聞き取れないけど、きっと俺にとってのメリットは一つもないということが予想できる。


「……いいだろう。約束は守ることだな」

「うふふ、当然じゃなぁい。私と貴方の間柄よぉ?」

「別に、姉妹になったつもりは無いが」


 一体何の会話をしたというんだこの二人は。滅茶苦茶怖いんだけど!?


「……主様ぁ」

「な、なんだ……?」

「絶対、ぜぇーったいに、勝ってくださいねぇ」


 その笑みの浮かべ方は絶対不穏な何かしか思いつかない。というかこれ、勝っても負けても俺が酷い目に会うだけの模擬戦じゃないか!?


「くっそー……ふざけやがって……」

「頑張れパパー!」

「“殲滅し引き裂く剱ブレード・オブ・アニヒレーション”の創始者対決に立ち会えたこと、このユンガーにとっては身に余る光栄であります!」

「ジョージ様もベス様も間近で戦いを見る機会が無かった俺にとって、貴重な学びの場ですね。勉強させてもらいます」

「大将!! 出来れば勝ってくれぇー!! 侍こそが最強ってことを見せつけてやってくれぇ!!」


 どいつもこいつも好き勝手に言いやがって……まったく。


『事前のバフかけはありか?』

「無しに決まってるじゃなぁい」

『だろうな……開始の合図はどうする?』

「どうしようかしらぁ?」

「私がやりましょう」


 そう言ってラストは棘を呼び出すと、それを手に取ってこう言った。


「この毒の棘を今から放り投げますので、それが落ちた瞬間をスタートといたしましょう」

『毒はさておき、その合図でいいだろう』

「おっけぇー」


 そうしてラストは軽く前方へと棘を放り投げる。

 空中をくるくると舞い、そして、カランという地面に落ちる音と共に、棘が弾けたその瞬間――


ィッ!!」

「はぁっ!!」


 およそ木製とは思えない、乾いた甲高い音が響き渡る。それまでの緩かった空気が、一瞬にしてピリついていく。

 初手、逆袈裟による切り上げに対して、振り下ろされる大鎌の刃。最初の鍔競り合いは、互いに反対方向からの斬撃を防ぐ形で始まった。


「そう来ると思っていたさ……お前の性格からして」

「あらぁ? こっちはそれに合わせてジョージが下から斬り上げをしてくるところまで読んでいたけどぉ?」


 とはいえ、鍔競り合いも長くは続けられない。ベスもまた筋力(STR)は俺より上の評価S、評価Aの俺では徐々に力負けするような形で追いやられていく。


「……チッ!」


 振り下ろされる鎌を横に弾いて、続けてこちらから攻め始める。ベスは攻撃に対して円を描くようにして鎌を振り回し、バトンを回す様に小回りを利かせた攻撃で返してくる。


「残心……!」


 集中力を高めろ。僅かな攻撃の殺気を逃すな。ベスの繰り出すいかなる攻撃も、全てしのぎ切るんだ。


「ふぅん、中々やるじゃなぁい?」

「まだまだ、技の一つも出してないだろ?」

「確かにそうね……」


 それまで連続して攻撃を繰り出していたベスが突如として素早いバックステップで距離を取り、地面を這うような低姿勢を伴って大鎌を大きく振りかぶる。


「――三日月抉り(ムーンガウジ)!!」


 そのまま地面を削るように鎌を下から上へと振り上げると、三日月形の巨大な斬撃波が真っ直ぐに俺へと飛んでくる。


「くっ!」


 当然ながら木刀ごときで受けきれるものではなく、回避に徹する。斬撃波はそのまま背後の壁にまで飛んでゆき、巨大な亀裂を残して消えていく。


「……一応聞くが、模擬戦だよな?」

「そうだけどぉ? ま、当たったところで死にはしないでしょぉ?」

「そうかもしれねぇが……っ!」


 続いて再び鎌をくるくると回しながらの突進、そこから闇雲に刈り取るように連続攻撃が繰り出される。


微塵切り(パーティクルカット)!!」


 文字通り相手を微塵切りにする連撃。それら一発一発をいなしてやり過ごしたが、その後の〆の一撃は流石の俺もやり過ぎだと感じざるを得ない。


「――悪魔の収穫(デーモンハーベスト)


 すり抜けざまに相手の首に鎌をひっかけ、そのまま引っこ抜くように首を刈り、斬首を狙うという文字通りの一撃必殺技。それを身内相手に、しかも模擬戦で使うか普通!?


「うおっ!?」


 咄嗟にのけぞるようにして回避をし、そこから縮地で一気に距離を取る。


「縮地って、ずるいー。それってずるよぉ?」

「バックステップで簡単に下がっている奴が何を言っている。それに模擬戦で首根っこ引っこ抜こうとするやつの方がおかしいだろ」


 何とか首が繋がっていることをさすりながら確認し、それから俺は短期決戦の為にある程度自分で縛っていた技を開放する。


「抜刀法・四式――釼獄舞闘練劇けんごくぶとうれんげき!!」

「あらぁ!?」


 今度は俺の方から高速の連続攻撃をしかけ、ベスの体勢を崩すことを狙う。


「また距離を取らせてもらうわよぉ!」

「抜刀法・四式――風刃斬ふうじんざん!!」


 刀を大振りに振っての斬撃波。それは飛距離が伸びれば伸びるほど攻撃範囲、そして破壊力が増していく。


「きゃあ!!」


 斬撃自体には当たらなかったものの、暴風によってベスの体は吹き飛ばされ、そのまましりもちをつくような形で地面に落ちていく。


「――これで終わりだ」


 そのまま額を木刀の先で軽くつつき、模擬戦の終了を宣言する。ギルド内での模擬戦の基本ルールは、一発当てた時点の決着。理由は木製の模造品とはいえ、スキルを交えて使えばそれなりにダメージが通ってしまうからだ。


『ということで俺の勝ち。これで何戦何勝だ?』

「えーと、前作からカウントするなら四十七戦、四勝四十三敗ってところかしらぁ? まったく勝てないから悔しいのよねぇ」


 そう言いながら地味に過去に四勝しているのが怖いから、こっちも本気でやらざるを得ないんだよ。

 冷や汗をかく展開にもなったが、何とか勝つことができた俺は、それまでの緊張が抜けてその場に座り込んでしまう。


「ったく、なんで模擬戦で首飛ばされかねない羽目に会わなきゃいけないんだよ……」

「お姉さんもすごかったけど、パパの方が凄い!」

「確かに、流石は初代刀王です!」


 ギャラリーからも称賛の声が色々と届くが、今の俺にはどうでもいい。


「展開が早すぎて、何の参考にもならなかった……」

「大将すげぇ!! 抜刀法・肆式だけで勝っちまったよ!!」

「……さて、当然ながら主様の勝ちということで、賭けは私の勝ちのようね」


 問題は彼女ラストだ。一体どんな賭けに乗ったというのか。心臓の鼓動がやけに体に響く中、俺は二人のやり取りをじっと見つめる。


「しょうがないわねぇ。はいこれ」

「フン、こんなもので主様の気を引こうなどと……一応聞いておくが、本当に効くのだろうな?」

「効きすぎてひっくり返っちゃうらしいから、容量を守るのよぉ? 一滴でいいんだからぁ」


 そうしてラストの手に渡ったのは、怪しげなショッキングピンクの色をした液体入りの薬瓶。


「こんなもの使う気はないがな、一応だ! 一応聞いただけだ! こんな危ないものを、貴様ごときに使わせるわけにはいかないからな!」


 ……なんか念押しのやり方的に、危ない使い方をしそうな人から、更に危ない使い方をしそうな魔族の手に渡ったようにしか思えないんだが。


「主様ぁ!」

『なんだよ……』

「羽虫から勝ち取ったこの“愛の調味料”で、主様に美味しい料理を作って差し上げますからねぇー!」


 ……しばらくはラストの作った料理には手を出さないでおこう。

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