第五節 それぞれに示された道 1話目
「それにしても暇だな……」
動画撮影も長引いてきたのか、無駄話も多くなってきたことから、俺とラストは席を外してギルド内をうろついていた。
「早く終わって、主様と動画を撮りたいのに……」
『あの調子だと三十分くらいの長尺の動画になりそうだ。気長に待とう』
ラストはというと、イマミマイが持っているハンドサイズのカメラがずっと気になっているようで、こうして頻りに気にしている様子。
「……ひとまずユズハの様子でも見に行くか」
稽古場で行っているということになっている筈だが、本当にちゃんとできているのか気になるところ。
「ここから中庭に抜けられるな」
この建物では中庭をそのまま稽古場として活用していて、そこに向かうには目の前の扉を開ければいいのだが――
『……何か聞こえるな』
「ユズハも含めて四人。うち三人が何やら言い合いをしているようです」
おかしいな。俺が頼んだのはキョウだけの筈だが。
首をかしげながらも扉を開け、中庭へと足を進めていると――
「だから! 彼女には私のような正統派剣術を学ばせるべきなんだ!」
「フン、何が正統派だ。サーベルと幻術を交えた小手先の技術ばかりじゃないか」
「そういうカイも、俺からすればちまちましたナイフ投げでつまらんがな!!」
「んだとこの筋肉バカ!」
「……何やってるんだあいつら」
キョウだけの筈が、いつの間にかユンガーとカイまでユズハの剣術指南についているようで、今見たところだと学ばせるべき剣術の方向性で喧嘩をしているように見える。
「えぇーと……あっ、パパ!」
『何やってるんだお前ら』
「先代刀王様! これはお見苦しい所を!!」
「聞いてくれ大将! こいつら侍のことバカにしてるんだぞ!!」
「侍のことなどバカにしていない! 貴様をバカにしているんだ! キョウ・リクガミ!」
相変わらず犬猿の仲のキョウとカイはさておき、ユンガーまでこういったことに口出ししてくるイメージは無かったが、意外とこだわりでもあるのか?
『一体何の話だ?』
「それが、どうやらあたしが練習する時にこの人達がたまたま先に稽古場にいたみたいで、そこから――」
「先代が戦争孤児を保護しており、剣術を教えたいという話をキョウが漏らしていたので、私が正統派である騎士の道を歩ませようと――」
「いや、彼女は魔法にも興味を示していたんです。ここは俺が先達の魔法剣士として指南を――」
「だーから!! 俺も! 大将も! 侍だろうが!! 最初から道は決まってるんだよ!!」
『いや別に無理に侍を選ばせる必要もないが……』
――こうしていると、ふと昔のことを思い出す。あの時も確か、俺とシロさんとキリエで、どれが一番強い職業なのか、ちょっとした喧嘩になったっけか。
結局その時は模擬戦で決着をつけることになって、確か記憶だとシロさんが勝ったんだと覚えている。実際のところ、いまだにあれはレベル差の問題だと俺は思っているが。
「……フッ」
「あっ! 大将何笑ってんだよ! 侍として大事な話だと思うが!!」
「そうじゃない。恐らくはあまりにも俺達が下らない争いをしているから――」
『いや、違うんだ。過去に俺達も、そうやって喧嘩したことを思い出してな。少し懐かしいと思ったんだ』
そしてこのギルドから去った者に対して、寂しさも感じていたところだが。
さて、結局のところ選ぶのは俺じゃなく、最終決定権はユズハにある。問題は彼女が何をしたいのかだが――
『お前が選ぶ道だ。お前が選べ、ユズハ……ユズハ?』
「そうそう。そうやって構えるといい感じ……べりーぐっど」
「おお! こんな面白い武器も使うことができるのか!?」
何故か俺達そっちのけで盛り上がっているユズハの方を見ると、そこでは既にユズハに対して木製の大鎌を模した武器を持たせているチェイスの姿が。
「おまっ、何抜け駆けしているんだチェイス!!」
「ばか三人組。ユズハが置いてきぼりだったから、チェイスが教えてあげてるんだよ」
「なんだと!?」
「……ははははははっ! 『確かにそれがいいかもしれないな!』」
「えぇーっ!? 大将まで!?」
俺自身も思わず笑いが出てしまった。先入観で選択肢から外していたチェイスが、実は一番教えるのに適していたとは予想できなかった。
『さて、どうするユズハ? 長物を扱うなら騎兵になるぞ』
「騎兵……かっこいいな!」
「騎士の派生か……私と同じ勇士の道を選んで欲しかったが、私としてはそれもいいと思いますね」
ユンガーとしては補助でも役に立てると踏んだのか、チェイスの師事をユズハが仰ぐことに反対する様子はないようだ。
逆に最初にお願いしたキョウは相変わらず反対のままのようだが、侍は侍でこれに関われるんだぞ。
「けっ、ユンガーの野郎、今後も関われるからって妥協しやがって!」
『別にお前が関わってはいけないという訳じゃないぞ。侍の知識もつけておけば、薙刀も扱えるようになるからな』
「では、俺は――」
『カイには実戦形式で指導をお願いしたい。ユズハには魔法の知識が全くと言っていいほどないから、いざ対面した時の対処法などを実戦形式で教えるもよし、先に座学で知識を蓄えさせるもよし』
後はこの中で一番“手加減”というものを知っていそうなところからも、カイには実践を任せたいところ。
『別に何が一番優れているとか、そういうことをこの場では求めていない。皆の知識、技術、そして経験を教えてやってくれ。後はユズハがその中から選び取って、吸収すればいい』
「よく分かんないけど、いいとこどりで練習していけばいいんだな!」
『そういうことだ』
そうしてその場が丸く収まり、再びギルドの幹部による練習が始まろうとしたところ――
「あらあらぁ、何か楽しそうなことしてるわねぇ」
『ベス!? お前いつの間に――』
「その子が騎兵に興味を持ったあたりくらいからかしらぁ」
まずい。騎兵として一番手本にしてはいけない人物が候補生を見つけてしまった。
「ユズハちゃんだったかしらぁ? 騎兵に興味があるんですってぇ?」
「そうだけど、おばさん誰?」
ビキッ! と空間にヒビが入ったかのような、血管が切れたような音がする。ラストに至ってはおばさんと言われたことに笑いをこらえきれない様子だが、お前も初対面で同じこと言われたから恐らくユズハのデフォはこれだぞ。
「おばっ……オホン! お姉さん、ね」
「お姉、さん……?」
「そう、“お姉さん”、よぉ?」
「お姉、さん……!」
隠しきれていない圧を察してか、ユズハは無理やり吐かされるようにして、ベスに向かってお姉さんと言葉を繰り返す。
「よくできましたぁー。まあこの件はいったん置いておくとしてぇ、騎兵は楽しいわよぉ。敵を串刺しにしたりとか……あっ、手に持ってるのは大鎌かしらぁ?」
『やめろ、ベス。お前のサブ武器と重なるかもしれないが、ここはギルドのメンバーで教えるようになっている』
「なによぉ、ちょっとぐらい見せてあげてもいいでしょぉ? 騎兵を極めるとどれだけ強くなれるのかってぇ」
そうしてベスはユズハの手から大鎌をもらうと、続いて中庭の壁近くにしまわれていた木刀も手に取り、俺の方へと放り投げる。
「久々にやりましょ? 模擬戦」
『……この後会議もあるんだぞ。手短に済ませないと』
「どうせまだなんか動画撮影とかしているんでしょぉ? それに早く終わらせたいなら負けたらいいじゃなぁい? ユズハちゃんの前だけどぉ?」
こいつ……ちょっと俺を使ってストレス発散しようとしてないか? 八つ当たりだぞ八つ当たり。
だがそれに対して手を抜いて負ける、という選択肢を取るつもりもないが。
『いいだろう。俺も、ちょっとだけだが侍がどれだけ強いのかを改めて見せたくなった』
「抜刀法が使えないけど大丈夫かしらぁ?」
「模擬戦なんだ、元々殺しの技は使わない。肆式だけで十分だ」
「むぅ……後で言い訳しないでねぇ」




