第二節 新たな派閥 4話目
「――おっと!」
危ない危ない。俺が先に渦から出たのはいいが、頭上からラストが落ちてきていたので、とっさに抱きかかえられてよかった。
「大丈夫か?」
「は、はい……」
「もう気配はしないな?」
「はい、消え去りました……」
ひとまずラストを下ろして、空中にまだ浮かんでいる渦の方を見やる。少ししてから、渦の中から貴族服のままのシロさんがそのまま降りてきた。
「――一応無事に後始末も済んだはずです」
『これでよかったのか?』
「ええ。洗脳を受けさせず、なおかつスパイとして残る選択肢を与えてきましたから」
つまり本来の歴史である俺達が存在しなかったルートでは洗脳を受けていたものが、IFルートということで、洗脳されることなく自ら真実を見極めるためのスパイ活動として残るという選択肢を取らせたということか。
「どうもこのパラドックスという名前に引っかかりがありましてね。もしかしたらほんの少しだけ、結果は同じでもその道中くらいは捻じ曲げられるのではないかと思ったのですよ」
『それで後はアギレウス公の明日の反応を見るべきかってところか?』
「いえ、そこまで見る必要はないでしょう。洗脳されていたにしろ、スパイになっていたにしろ、ここに来て領地替えを志願し、ベヨシュタットから離れるという結果が変わることはないでしょうから」
現時点ではなく、これから先の戦いの歴史で変わっていく感じか? それともあくまでIFはIFということか?
「……ん?」
そういえばシロさんの装備もそうだが、俺の装備も貴族服のまま――というか、刀もそのまま持って帰ってくることができている。
『……もしかして隠された分岐条件でクリアしたら物資持って帰れるとか?』
「うーん、そういうことでしょうか?」
ということは、これからもパラドックスクエストを受ける際、いい装備を持ち帰りたければ歴史を分岐させて辿っていけってことか?
『……ひとまずは解散ってところか?』
「そうですね。今日のアギレウス公の話や、クエストの中身について、落ち着いて考えを纏めたいところですから」
『そうだな。折角だしレリアンまでラストに送って貰おうか?』
「お願いできますか?」
「え、ええ……」
気持ち的に衰弱しているのか、ラストの返事が弱弱しい。まあ、気持ちは分かる。今回は俺もホラーゲーをやらされている気分だったし。
「では、お先に失礼します」
『お疲れ様でした』
【転送】によってシロさんの姿が消えていくのを見送り、そして俺達もまた家のあるクエッタ村へと飛ぶ準備を始める。
「…………」
「……ラスト」
「はい、どうしましたか?」
【転送】の魔法陣によって足元が照らされていく中、俺はいまだ脅えが抜けていないラストをぎゅっと抱き寄せる。
「何度でも言うが、俺がお前を守るからな」
「っ……あっ……ありがとうございます、あるじ、さまぁ……」
そのままラストを抱きしめたまま、俺は転送魔法の光に包まれていった――