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第二節 新たな派閥 3話目 Fanatic Hunter

 ――どうやらここは派閥の中でも末端の集まりのようで、大階段の下でたむろしているその他有力貴族からも相手にされていない様子。紛れるにしてもちょうどいいだろう。

 そうして俺は改めて大階段の方を見やると、既にシロさんはビトレイヤと接触を済ませているようで、何やら会話を重ねている様子。


「……ん? 『どうした』」


 暫くしていると、俺の腕を絡め取っているラストの腕がこわばっているのか、力が込められていることに気がつく。


『何かあったか?』

「分かりません……ただ、どうしてなのか、嫌な予感がしているのです……」

『嫌な予感……まさか、オラクルか!?』


 とっさにドア近くの部屋の隅を陣取り、誰の視線も届かないよう、後ろに隠すようにしてラストを避難させる。


『……この中にいたのか?』

「いえ、ただ……感じるのです。あれが近づいているのが」


 まずいな……まともな武装もない今、真っ向から立ち向かえるほどの力が俺にはない。


『できる限り俺の後ろに身を隠せ。あれが相手だとしても、絶対にお前は守ってやる』

「っ……主様……!」


 背中の服を掴んでいるからか、オラクルの存在の恐怖に身を震わせているのが分かる。彼女にとっての恐怖の正体を俺は知っている。絶対に姿を晒してやるわけにはいかない。

 そうしているとシロさんの方も話を切り上げたのか、最後に頭を下げて大階段を下りてくるのが見える。


「早く気づいてくれ……!」


 オラクル出現の可能性を考えた今、最低限のクリア条件を満たして早くこの場を去りたいところ。

 そういう祈りが通じたのか、シロさんは俺達が後ろの方に移動しているのに気がついたようで、足早にこちらへと向かってくる。


「なるほど、どうやら貴方達も勘が働いたようですね」

『勘、というよりラストが感じ取ったらしい』

「どうやらその勘は当たりのようです。この後、あの男がオラクルを召喚します」

「なんだと!?」


 そんな滅茶苦茶なことがあってたまるか!


『急いでここから離脱するぞ!』

「待ってください!」

『待ったもクソもないだろ! ラストの命がかかっているんだぞ!』

「分かっていますとも。ですがもう一人、この騒ぎから逃しておくべき人物がいるのです」


 そうしてシロさんが人ごみへと戻り、そして半ば無理やりに手を取って引っ張ってきた人物が――


「ちょっと、何をするのですか!」

「しっ! あまり大きな声を出さないでください!」

「大きな声を出さないって、貴方が無理やり引っ張ったから――」

『――アギレウス・ベストラードか』

「そういうことです……っと!」

「ごっ!」


 そうしてシロさんは後方が目立っていないのをいいことに、素早い手刀でアギレウスを気絶させる。


「……あららー、どうやら飲みすぎたようなので、少し夜風に当ててきますねー」

「無理があるだろ……」


 そうしてアギレウスの腕を肩に回しながら、大広間から出ていくシロさん。続いて出てくるようにとこちらに目配せをすると、同じ要領で震えるラストの肩を抱き寄せ、外に出ようとした。

 ――その時だった。


「では今宵我々の信仰の証明であり、この神刃派をその大いなる加護で守ってくれる者――オラクルをこの場に招き入れましょう!!」


 恐らく声の主はビトレイヤなのだろう、その大きな声でこの場にオラクルが召喚されることを宣言する。


「っ、まずい!」


 一瞬振り返れば、先程まで自分たちのいたダンスホールあたりの床が輝いているのが目に入る。その瞬間に先にラストを外へと出すために前へと押しやり、俺自身の体でラストの姿を捉えられないように隠していく。


「っ、走れラスト!」

「待ってください、怖くて、足が思うように――」

「チッ!」


 急いで両腕でラストを抱きかかえ、扉の左右に広がる廊下を交互に見やる。そして左の方の廊下を同じようにアギレウスを肩に担いで走り出すシロさんを見つけると、俺もまた急いで後を追う。


「シロさん!」

「その声はジョージさんですか!」

「ああ! 確かにやばいヤツを召喚してやがった!」

「それは困りましたねー! 恐らくこの後の展開的を予想ですが、アギレウス公から元々聞いていた話によれば、魔族や亜人種と繋がりのある貴族はその場で吊し上げをくらって殺されていったそうですよ!」

「クソッ! だったら俺は真っ先に狙われるな!」


 廊下はひたすらに長く、途中で右に曲がっている。そして曲がった先でもまた、長い廊下は続いていく。


「どこまで走ればいい!」

「そんなのボクの方が聞きたいですよ!」

「……ハッ!」


 何かに気が付いたのか、ラストは肩から身を乗り出して今まで走ってきた道の方を見やる。


「どうした、ラスト!」

「何か、大勢の人がこちらに向かってきてます!」


 オラクル派閥の人間が追ってきているのが、ラストの探知魔法に引っかかったのか。


「例の魔女狩りが始まったんでしょう、恐らくはジョージさんを探している筈です!」

「だったらどうする! このまま廊下を走ったところですぐ見つかるぞ!」

「ひとまず適当な部屋へ避難しましょう!」


 そうしてすぐ近くの部屋の扉を開けようとしたが、鍵がかかっている。


「っ、しょうがないですね!」


 はい、本日二度目のピッキング(物理)。

 焦るあまりドアノブを蹴って破壊しているが、冷静に考えると破壊した時点でそこに隠れていますって示しているようなもの。


「駄目だ! 開いている部屋を探そう!」

「そうですね、名案です!」


 そうして片っ端からドアノブをガチャガチャと開けようとしたが、中々開いている部屋に当たらない。


「っ! この部屋は開いています!」

「そこだ!」


 急いで中へと入り、内側から鍵を閉める。そうしてしばらく息を殺していると、外をドタドタと大勢の何かが通り過ぎていくのを耳にすることができた。


『……俺たちがやってたのはホラーゲーだったっけか?』

「さあ? 先に聞いた話だと、皆オラクルによって洗脳されたのか、狂信的なまでに吊し上げを続けたとのことですから。中には武器を隠し持って抵抗した者もいるそうですが、数の暴力の前には意味がなかったと」


 マジでどこぞのホラーゲーにありがちな村の謎の風習による吊し上げの展開しか想像できないんだが。


『それで、アギレウス公だけ引き離したことで展開がどう変わるんだ?』


 息を整えながら、この後のことについてシロさんに問いかける。

 どの道撤収するにしても、この時代のアギレウスはこの場に残ることになるだろう。本来の時系列であれば、あの洗脳の場にアギレウスは残され、そして長い時間を神刃派に所属し、つい最近オラクルの異様さに目を覚ましたという話だったからな。


「展開はひとまず置いておくとして、撤収ならそこからできそうですよ」

「ん……? 『あれか』」


 シロさんが指し示す方向の先――そこにあったのは、化粧台につけられた大きな鏡。来た時と同様、その鏡の向こう側は渦を巻いている。


『出口があるなら、後は隠し条件だが……』

「そのことについては私がアギレウス公を起こして話をつけますので、ジョージさんは外から何かが来やしないか、見張りをお願いします」

『分かった』


 見張りをやるのはいいが、何か武器でもあればいいんだが……おっ?


「……これはいいものを見つけた」


 この部屋の主は武器を装飾品として扱っているのか、鞘に鳥の群れが装飾された刀が壁掛けに吊るしてあるのを見つけることができた。


「しかもこれ、俺が今持っているどの武器よりもレアリティレベルが高いじゃねぇか」


 ――名刀、“千鳥”。レアリティレベル133。偶然手にしたものだが、これを持って帰ることはできないのか?


「追加効果とかあるのか……?」

「拾った装備を見るのもほどほどにして、見張りをお願いしますよ。……さて、アギレウス公に起きてもらいましょうか」


 そう言ってシロさんは気絶していたアギレウスを起こすが、当然ながら事態を飲み込めずに声を挙げようとした。それを予測してか、シロさんはすぐさま大声を上げられないように手で口をふさぎ、反対の手で人差し指を立てる。


「シーッ、静かにお願いします。でないとボクも貴方も死ぬことになります」

「っ!? …………コクッ」


 静かに首を縦に振ったアギレウスは、シロさんの目をまっすぐ見ている。それはどちらかというと敵対的であり、猜疑的なものだった。


「……神刃派の貴族は現在、とある神の手によって洗脳状態に陥っています」

「っ!? それは一体どういう――」

「シーッ! 静かにお聞きください」


 そこから先はシロさんの話術によるアギレウスの説得だった。


「ボク達は見たんです。あの大広間で、貴族の中でも魔族や亜人種と通じている者が、片っ端からつるし上げられ、殺されていくのを」

「なっ!?」

「ボクの主観ですが、魔族の女性を見ても特に嫌悪的でもなかったところから、貴方は中立派といったところでしょう」

「…………」


 沈黙……ということは、シロさんに見透かされているということか。


「だったとしても、今だけは人間至上主義を語っていた方がいいでしょう。今後の為にも」

「……私は、どうすればいい?」

「どうするも何も、特に何もないかと」


 確かに現状では一人で何か事を動かすことは不可能だろう。吊し上げをくらうのが関の山だ。


「……ただ、強いて言うとするなら、派閥内に留まって、先行きを見届けた方がよろしいかもしれません」

「なんだと……?」

「貴方も薄々分かっているかと思いますが、今日集まっていたのは、それなりに将来有望になる貴族ばかりを集められています」


 というより、シロさんの場合四十年後を知っているから、あの場にいた輩が今の三代目剣王の取り巻きばかりだというのが分かったのだろう。


「貴方もその有望な貴族に混ざるのです」

「混ざるって、どうすれば――」

「その方法は簡単です」


 そういうとシロさんは化粧台の椅子を片手で持ち上げ、部屋の窓へと放り投げた。

 ガシャァン! という大きな音と共に窓が割れ、辺りにガラスの破片が散らばる。


「ちょっ、何やってんだよ!?」

「っ、主様、敵が近づいてきます!」

「とりあえずお二人は先に行って下さい。ボクが最後責任を持って、アギレウス公と話をつけてそちらに向かいますから」


 そこまで言うのなら、仕方ない。


『向こうで待っているからな!』

「主様、急ぎましょう!」


 ラストが俺の手を取り、鏡の中の渦へと飛び込む。


「では最後に、ボク達は貴方を人質に取ったが、邪魔だと思ってこの場に置いて窓から逃げ出しましたとさ」


 そうしてシロさんがカーテンを破ってアギレウス公を縛っているところを最後の光景として、俺とラストは渦の中を再び通っていくこととなった――

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