第二節 新たな派閥 2話目
「――つまり貴方がたは、遠方からはるばるとやってこられたというのですか?」
「ええ。北にあるシュベルク山の向こうから、遠路ではありますがこうして若い貴族の交流会があると知り、我々三人この場に参加させていただいた次第なのです」
流石はシロさん、とっさのごまかしというか会話術に長けている。
「つまり北の方では魔族との関係もここより更に良好なのですね」
『……まあ、そうなるな』
誰が見たって俺の腕を取ってしっかりと傍によるラストの姿を見ればそう思うわな。
そうして会話をしている相手の名は、アギレウス・ベストラード。俺達のよく知る姿としては中年の紳士姿だが、今は約四十年前の出来事の真っ只中、二十歳手前の好青年といった雰囲気を醸し出している。
「それにしても、今回の集まりの主たる目的である若き貴族派閥の結成、いい派閥ができそうでしょう?」
「派閥か……」
正直いって微塵も興味が無い。貴族の派閥に言いも悪いもない。互いの立場における損得勘定でしか動かない権力抗争に一体何の意味がある。結果、未来ではゴミのような銅像が建っているのだから、確実にここで組まれる派閥は国の役に立つことはないだろう。
「それは興味深いですね」
「でしょう? ルクラ侯爵のご子息であるビトレイヤ公を中心とした、新たなる派閥、“神刃派”の良き記念日となりそうでしょう?」
「ビトレイヤ……?」
俺にとっては全く聞きなれない言葉だったが、シロさんの方は引っ掛かりを覚えた様子。
『……聞いたことがあるのか?』
「ええ。ですが詳細は後ほど…………失礼、ビトレイヤ公は今どちらに?」
「あちらに大階段があるでしょう? そろそろ降りてくる頃合いかと――」
そうして話をしていると、ビトレイヤと呼ばれる侯爵の息子が姿を現す。
――その姿を一目見たときに、俺はすぐにそいつが派閥の中心に立っている人物だと理解することができなかった。
見るからに陰鬱で、人との交わりを拒絶するようなオーラを纏っており、三白眼の下には大きなくまを抱えている。目線の移り変わりも、自分の派閥の広がりを感じているというよりも、自分の派閥にたかりにきた薄汚い何かを見ているような、どこか侮蔑的な視線を送っている。
それを知っていて尚なのか、知らないままなのか、他の若い貴族の子息、子女は彼の登場を大きな拍手でもって迎え入れている。
『……独特なオーラの持ち主だな』
「確かに最初はそう思われるかもしれません。ですが、私もこの場所にいる皆も、彼の慧眼に何度も助けられてきたんですよ」
なんとも胡散臭いものだが、助けられた本人が言うのだからそうなのだろう。恐らく彼が主催であり、そして今話しているのは派閥内でも一番有力な貴族なのだろう。
この場所からだと顔はよく見えない上、すぐにまた上階に引っ込んでしまったから細かく情報収集はできなかったが、今はひとまずあのビトレイヤとかいう男について探りを入れていくことにしよう。
『俺が挨拶に行こうか?』
「いいえ、ボクが行きます」
そんな食い気味に言わないでくださいよシロさん……どんだけ社交性が無いと思われているんだよ俺は。
「念の為、わざわざキーボードを持ってプレイヤーです、と示す必要もないでしょう」
『……それってつまり、あいつはプレイヤーの可能性があるってことか?』
「あるいは過去には本人を模倣したAIとして行動させ、行動結果を現在の本人にメッセージなどで見聞きした情報として伝える、とか」
そこまでやるか……? いや、シロさんがそこまで考えるということは、あり得るということなのだろう。
ビトレイヤという名前にも反応していたところから、現在だとプレイヤーが操作している可能性もある、と。
『それじゃあ任せた』
「はい。それと念の為、ラストと一緒に屋敷の出口近くへと移動しておいた方がよろしいかと」
「気安く名前を呼ぶな。私の名前を呼んでいいのは、先にも後にも主様だけ――」
『はいはい、移動するからこっちにこい』
ラストの手を引っ張るような形で、壁沿いに歩いてこの大広間の出口近くの扉へと身を寄せていった――




