第二節 新たな派閥 1話目
『――どこだ、ここは?』
「どうやら貴族の社交界の場といったところでしょうか? 見てください、装備も全部変わっています」
渦の終点――視界が明けたその先にあったのは、かつてベヨシュタットのどこかで開かれていたのであろう、舞踏会の会場。細かい曲の題目までは知らないが、ワルツでも流れているのだろうか、それに合わせて踊る男女の姿も目にすることができる。
そしてシロさんの服装もいつも身に着けていた真っ白なセイクリッドコートではなく、同じ白色を基調とした貴族がよく身に着けているロングコートにズボン、そして内側にワンポイントとして黒のベストを着た姿になっている。
そして俺の方もシロさんと基本的な服装デザインであるものの、元々黒のタイラントコートを身に着けたことを反映してか、黒を基調とした色合いのものをいつの間にか装備していた。
「っ、ラストは!?」
「ここにいます、主様」
よかった――って、お前は服装が変わっていないな。元々ドレスだしこの場にも合うからか?
ひとまず全員が無事でいることの確認を終えることができたが、その間にシロさんは元々の装備がどうなっているかなど、ステータスボードを開いて確認をし、そして少々困った様子でこちらの方を見ている。
「これは少々困りましたね……」
『どうしたんです?』
「装備が全部持ち込めていません」
「えっ!? ……そういえば俺もねぇな」
自分のステータスボードを開いて所持品欄を確認したが、武器防具はおろかポーションの一つもなく、代わりに貴族が持っているような装飾品や扇といったどうでもいいものを持たされている。
『ラスト!』
「はい!」
『武器の一部はお前に預けておいた筈だ。取り出せないか?』
「承知しました……あら?」
どうやらラストの召喚魔法も使えないようで、つまりほとんど丸腰の状態でのクエスト開始となっている様子。
『一体どうすればいいんだよ……戦いになった時に俺もシロさんも役に立たないぞ』
「戦術魔物として彼女を連れてきたのは正解でしたね」
「フンッ、私を便利なものか何かと勘違いするなよ」
まあ実際便利なのは間違いないが、確かに今のシロさんの言い方には少々棘がある。
『今のは確かにシロさんの言い方が悪い』
「おっと、それは失礼しました」
『ラストも、いざという時には俺達“二人”を守ってくれよ』
「主様は勿論ですが、もう一人の方は考えておきます」
そうしてシロさんと俺はしがない貴族の息子として、ラストはこの舞踏会における俺とのダンスの相手役として、それとなく貴族達の輪の中へと入っていく。
「はぁ、こうして主様と腕を組んで堂々と歩けるなんて……」
『そうした方が目立たないからな』
片手で宙に浮くキーボードを打って言葉を発しても怪しまれないところから、この場の全員がNPCだというのは分かる。確かにプレイヤーが介入できない百年間に何があったのか、追体験できるクエストという訳だ。
「はぁぁ、なんともお美しい魔族の女性なのだ……」
「彼女を連れている男の方が羨ましい……」
……この時はまだ、亜人の迫害などなかったようだ。恐らくは初代剣王や俺達の想いがまだ繋がっていた時代なのだろう。ラストに対しての反応も前作で見かけたような、絶世の美女に釘付けといった様子の貴族が多い。
「フフフフ……みな主様に釘付けみたい」
『どう考えてもお前だろ』
「まあ! 主様までそう見てくださっているのですね!」
『……そうだな』
事実として暴走さえしなければ(していてもだが)手放したくない存在ではあるのだから、認めなければいけない。
「でしたら主様、帰ってからは――」
『ユズハの稽古が優先だ』
「……主様のいけずぅ」
適当にラストの相手をしている傍ら、俺はこのような状況でどうすればクエストクリアになるのかを推測していた。
「何かしらの条件をクリアすればクエストクリアなのか? それとも追体験なのだから、ムービー感覚でこの一連の出来事を見送ればクリア扱いなのか……?」
それにしてもシロさんはいつの間にかどこに行ったのか。姿が見えなくなっている。貴族の人ごみにでも紛れたか?
「はぐれたのは少々まずいかもな……」
「主様!」
「ん?」
ラストが指さすその先――貴族お抱えの演奏団の近くにて、見知らぬ貴族の若い娘と手を取り合って踊るシロさんの姿が。
「……あ、そうか。舞踏会だから踊るのか」
「主様、折角ですから踊りましょう!」
「『そうだな』……って、ええっ!?」
無理無理無理、アラサー会社員にダンスのセンスがあると思うなよ!?
『悪いが俺に踊りは無理だ』
「大丈夫ですよ、主様」
そう言ってラストは俺の手を取って、皆が踊っているダンスホールの方へと微笑みながら誘う。
「私がリードして差し上げますわ」
「お、おう……」
そうして俺はラストの踊りに身を任せるように、両手を取ってそれとなくステップを踏み出す。
「流石は私の主様、上手ですわ」
「そ、そんなことはないと思うぞ……」
現に俺のぎこちなさを陰で失笑している貴族もちらほら見えるくらいだし、そもそもどうして彼女のような美女が冴えない俺を選んでダンスをしているのか、疑問にさえ思っている者もいる。
ひとしきりダンスを終えたところで、俺は気恥ずかしさからか自らラストと手を離し、近くの壁に寄りかかってしまう。
『……もう十分だ』
「主様……?」
『やはり俺に踊りは無理だ』
こういうのって確か女性の場合だとダンスに呼ばれずに壁際に立っているだけの“壁の花”って揶揄されるんだっけか? 男の場合はなんて言われるんだろうな。
「そんなことないです! 私は、主様と踊れるだけで――」
「どうやらお手隙のようですね。よろしければ、私と踊りませんか?」
「いえいえ、私が先ですよ」
「何を言う、私はこの一帯でも有力な貴族だぞ!」
ラストの手が空いたと見るや、声をかけてくる貴族の男たち……まあ、当然といえば当然か。傍目に見れば、それまで独占していたと思わしき男が美女から手を引いたように見えるのだから。
「どうです、次の一曲は私と――」
「次余計な口を開いたら“壁の染み”にしてやるぞ蛆蝿共」
「えっ、あっ……」
例え貴族の社交場であろうと、ラストの立ち位置は変わらない。右手に鋭い毒の棘を携えて、脅しつけるように睨みを利かせる。
「私に近寄るな。羽虫は羽虫と戯れていろ」
『やめろラスト、適当に相手をしておけばいいだろうが』
「適当だろうと何だろうと、私は主様以外とは手を取りたくもありません」
そうして俺と一緒に壁際に立ち、腕を取って寄りかかっている。正直なところ、そこらの奴らに対するメンツよりも俺を取ってくれたのは内心嬉しかった。
「こうなったらダンスなんてもういいです、主様。ただ傍にいるだけで、私は幸せなのですから」
『俺は別にお前を拒絶するつもりは毛頭ない。ただ暴走した時にブレーキをかけているだけだ』
「今までだって、ちょっと肌を触れ合わせようとしただけですのに……」
いやその先までぶっちぎりで突っ走ってただろ今までも。
「ま、いいか……シロさんの方も、ある程度適当に相手してきたみたいだし」
外面もよく愛想もよければ、寄ってたかってくるのも頷ける。だがその内面まで知ってついていく人はその内の何人になるんだろうな。
そうしてシロさんもまた、壁側によって他にダンスをする人達の方へと目線を向けている。
『……何か収穫でもあったか?』
「収穫、というよりもクエストクリアの条件を模索していたところです」
そうしてステータスボードを開くと、そこに示されているのは、“舞踏会を無事にやり過ごせ”という一文が。
『無事にやり過ごす……これから何か事件でも起こるのか?』
「かもしれませんね……それともう一つ隠し条件もあるかもしれません」
『隠し条件?』
気になる言葉に俺が身を乗り出そうとすると――
「お話し中のところ失礼します。お三方にはまだ、ご挨拶が済んでおりませんでしたね」
「ん?」
「失礼、どちら様でしょうか?」
シロさんの問いに挨拶がまだだったと、若い男は礼儀正しく頭を下げて自己紹介を始める。
「お初にお目にかかります。ベストラード家現当主、ヴァンデルン・ベストラードの息子になります、アギレウス・ベストラードと申します。以後、お見知りおきを」
「アギレウス……」
――なるほどな、こいつが隠し条件って訳か。




