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第一節 変貌する国家 5話目

「――では、彼女こそがあの七つの大罪(セブンス・シン)の――」

「そうなります。そして、先程までのジョージさんの様子からして、首都を経由してきたみたいですね」


 テーブルの上には四人分の紅茶。俺の装備も元のタイラントコートに戻り、ラストもいつもの黒のドレスに身を包んだ状態で、俺の隣でその顔を明かして伯爵と相対していた。


『初代剣王の像まで取り壊しやがって……一体どういうことなんだ』

「ボクだって知りませんでしたよ。ベストラード伯爵に事の顛末を聞くまでは」


 ということは、貴族院発祥のやり方か。やはりもう一度徹底的に破壊しつくした方がいいようだな。

 そうやって静かに敵意を燃やしていると、ベストラード伯爵の方もまた、憤りと得体の知れない恐怖心が入り混じったような、複雑な表情を浮かべていた。


「……ベヨシュタットは、狂ってしまった」

「…………」

「全てはあの三代目が王位継承してから、おかしくなったんだ……!」


 その瞬間、ステータスボードからポコン! と音が鳴り、新たなクエストの出現が知らされる。


『失礼……なんだこれは?』

「最近アップデートで追加された、“パラドックスクエスト”ってやつですよ」

『そう言えばつい最近深夜にアップデートするから全員寝とけって話があったな。もしかしてそれのことか』


 パラドックスクエスト――ゲームの舞台でもある暗黒大陸レヴォの、空白の百年間の歴史を追体験できるクエストだ。要するに前作と今作とで百年経っていて、その間の設定補完も兼ねているのだろう。


『それで? このベストラード公がクエスト持ちだったって訳か?』

「そうなりますね。ボクの時もクエストとは別に普通にこのまま会話の流れもあって一応話をしてくれますが、恐らくこのクエストを受けた方がより深く理解に繋がるかと思われます」


 伯爵の方は俺達がゲームの話を始めたので、身内で難しい話でも始めたのかといった様子でこちらの顔色を窺っている。だがこの場は一旦このまま伯爵に話を続けてもらった方がいいだろう。


「ああ、すいません。ちょっと先に確認しておきたいことがあったので、話を遮ってしまい申し訳ありません」

「いやいや、貴方達にとってもこの話は中々受け取りづらいだろうと思う。特に百年前、初代剣王とともに暗黒大陸を統一した名高きギルドの貴方達にとって、この話は信じたくないものだと思う……だがこれは確かに貴族院で耳にした話であり、目にした真実なのだ――」



          ◆ ◆ ◆



「――ではまた、チェーザムへの領地転換の際にお会いいたしましょう」

「改めて言わせて貰えないか。わざわざ私の元まで赴いてくれたことに感謝すると」


 おおよそ現在の国の内情を耳にすることができたが、正直に言うと俺はいまだに信じることができなかった。


「…………」

「ジョージ殿にも重ね重ねになるがお礼を。この度はチェーザム侵攻戦での活躍には、貴殿らのギルドの活躍がなければ成り立たなかった」

『依頼さえあれば、またいつでも』

「ありがとう。それではまた」


 屋敷の門を通り過ぎ、しばらくの間は屋敷から離れるようにして無言で歩く。そうして誰からも尾行されていないことを確認しつつ、俺は例のクエストについてシロさんに話題を振る。


『……どこでクエストを受けるんだ?』

「ステータスボードのヒントを見る限りでは、屋敷内の鏡から過去の世界に飛べるようですね」

『つまり夜中に忍び込むと?』

「そうなりますね。となると、やはり彼女の力をお借りする必要がありますね」


 そう言ってシロさんはラストの方をちらりと見やるが、当の本人はというと何故貴様の命令を聞く必要があると言わんばかりにピリピリとした雰囲気を出している。


「フン、そうやすやすと請け負うと思うな」

『頼んだぞ、ラスト』

「はい! 主様の為なら!」


 その身の変わりようにやれやれ、といった様子でシロさんは首を振っているが、事実俺の言うことしか聞かないんだからしょうがないでしょ。

 ……まあ、簡単に他の奴の話を聞くラストってのも想像し辛いし、この状況に慣れてしまった今では想像したくもないが。


「ではしばらくの間は時間潰しに周辺の野生生物でも狩りに行きますか」

『そうだな。やることもないし、素材と経験値稼ぎでもしておくか――』



          ◆ ◆ ◆



 ――そうして深夜、誰もが寝静まっているこの時間帯。屋敷周辺にはまともな灯りもなく、屋内も明かりがついていない。


「今のうちに向かいましょうか」

『そうだな。ラスト、【遮断領域ステルスフィールド】を頼む』

「承知しました」


 この技は完全に姿を消すスキルという訳ではなく、領域内にいる人間を存在しないものと誤認識させるスキル。要するに道端の石ころひとつひとつにわざわざ意識を割かないがごとく、俺達が何をしようがそこに意識が向けられない。そういったスキルだ。

 そうして俺たち三人は正面から門を飛び越えて中へと入り、玄関へと向かう。


『……しまった。鍵開けスキルとか誰も持ってない――』


 バキッ、という音とともにシロさんが力づくでドアノブを破壊する音が聞こえる。


「おやおや、随分と脆くなっていたみたいですね」

「いや今あんた思いっきりねじ切って壊しやがっただろ」

「フン、あの程度なら私でもできますわ」

「やらなくていいから」


 まったく、これだから筋力評価S以上の脳筋は……。

 そうして屋敷内に足を踏み入れ、鏡のある部屋を探していると――


『……ここは――』

「恐らく娘さんの部屋ですね」


 なんか急に犯罪臭がしてきたぞ――と、さておき、すやすやと寝息を立てているベッドからは距離を取りつつ、普段であれば身だしなみを整えるために使っているのであろう大きな鏡の前へと俺達は立つ。


『……ここでどうしろと?』

「そうですね……ここでクエストを開いてもらってもいいですか?」


 シロさんに言われるがまま、ステータスボードを呼び出す。するとクエストの欄が点滅しており、開くと今回新たに出てきたパラドックスクエストのクエスト名がほんのりと光っている。


「現在の突入予定のプレイヤーや戦術魔物(TM)の名前が出ていますね」

『俺とシロさん、それにラストも行けるのか。ならば連れて行こう』

「細かくは分かりませんが、ご一緒できるのは嬉しく思います!」


 そうしてクエスト受注を済ませると、突如として鏡の向こう側に映る景色が渦巻いてゆき、怪しげな穴となって広がっていく。


「この中に入る感じでしょうか?」

『そうだろうな。いくぞ、ラスト』

「はい! 主様!」


 先に入っていったシロさんの後を追うように、俺はラストの手を取って渦の中へと入りこんでいく――




 ――その先にある“真実”を、死に物狂いで持ち帰るために。






 〔――パラドックスクエスト、『新たな宗派』の受注を受け付けました。舞台となる40年前の事象空間を再現開始します――〕

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